価値観に与えられる価値
前回から引き続き見ていただいた方、ここから読み始めた方、いつもありがとうございます(*´ω`*)
この回では、今までちょろっと出てきた傍観者が出てくるのですが、オブザーバーという名前でどこかで出していた気がして名前を与えています。しかし、思いすごしのようでどこにも出てきていないという悲しい事態に気づいてしまいました。ちょっと悲しい(´・ω・`)
次回の更新は来週月曜日12日22時となっております。次回もご覧いただければ幸いです(*´∀`*)
フラーゲルが言及したことは、ネフライトの「その後」である。
「そんなに怖い顔しないで。私が言いたいのは、例えばその守るべきものが死に絶えて、その先よ。貴方は確かに強大な力を持つ母体のうちの一つ……、そして貴方自身も本体に違わず極めて高い戦闘能力を持ち合わせる。その力は貴方の主様のために使われるでしょう。でも、その主様はいつまでも生きているわけではない。一方で、貴方はどうかしら? 貴方も死はあるでしょうが、貴方は通常の生命体とは少し異なる。供給を受ける限りは永遠に生きる可能性があることを考えれば……貴方はこれからどう生きるのかしら?」
フラーゲルは恐ろしいほど淡々とした口調でそういった。気味が悪いくらい冷静な言葉遣いに対して、当のネフライトは複雑な心境だった。
それは、フラーゲルの言葉が恐ろしく的確だったからだ。もし仮に、ネフライト及び本体が「守りたい」と思う者が失われたとき、自分はどのような行動を取るのか、それについて考えることもなくはなく、その「仮」の話がどうにも複雑な気分にだった。
勿論のこと、それについては常に考えていた。けれど、それについての上手な答えが見つからず、強烈な息苦しさを覚えていたのは事実である。そんなときに投げられた問に対して、ネフライトは素直に自らの意見を述べる。
「答えは唯一つ……僕は、僕自身が守るべき者がいなくなれば、消えてなくなる。それだけさ」
「恐怖はないの?」
「ありえないね。僕そのものの存在意義は唯一つさ、自分の欲望を果たすためでもない。彼の存在を守ること、それだけさ」
「……どうして、貴方はそれほどまでに、本体の守るべきものを優先できるのかしら」
その疑問に対して、ネフライトは首を傾げる。
「ねぇ、フラーゲル。君は利益をどうやって使うの?」
「え? え~、そうね、美味しいものを食べたり、自己研鑽のために使ったり、とにかく自分のしたいことのために使ってるわね」
フラーゲルの在り来たりとも言える答えを聞き、ネフライトは大きく首を縦に振り、「それと同じさ」と続ける。
「僕にとっての欲求は、それなんだ。確かに僕は本体とは別の人格意識を持っているけれど、きっと根は同じ……。だから、僕は無意識に本体の願いを受け止めてしまう。病的な愛情だとは分かっているけど、あの人と生きる時間は僕にとって最大の快楽であり、欲求なんだ」
「……エノクっていうのは、本当に頭がおかしいのね」
「君に言われたくないね。裏切りに快楽を覚えるくらいの変人のくせに」
その言葉を聞き、フラーゲルは大きな声で笑い始め、「貴方、本当に理解不能ね」と曰い、不気味に言った。
そして、続けざまに匿名通信機を取り出し、どこかへと連絡をかけ始める。
「取引のときに会ったっきりね、廻様……、いえ、傍観者と言ったほうがいいかしら」
「久しぶりだね、フラーゲル。この電話をかけてきたって言うことは、“取引破棄”、ということかな?」
機械を通した天獄のオーナー、廻の声を聞いたフラーゲルは、「えぇ」と返しながら通信機とともに出したオセロのコマを取り上げ、それを手のひらで握りつぶした。
「ごめんなさいね、やっぱり、“素敵な離島での暮らし”よりも、私は好奇心を満たすことのほうが似合っているようだったわ」
「なるほどね。実に君らしい解だ。次の仕事はぜひ金品で雇わせていただこう。しかし一つ聞かせてほしい、次の雇い主は誰なんだい?」
「それについては、そちらの所属している警備員ってことにしとくわ。あ、それと、今度は純金を用意しておいてほしいわ。紙幣なんて信用出来ないしね」
「面白いことを言うね。客観的な価値なんて、それこそ信用に値しないものじゃないのか?」
「勿論そうよ。でもね? 人の意識で変動する価値より、物質的な価値のほうが、少なくとも信用してあげようと思わない?」
「……一理あるね。さ、君との楽しい会話は、延長料金が掛かりそうだな。俺はこれで失礼する」
フラーゲルは、廻が電話を切るのとほぼ同時に、頑丈な通信機を握り潰し、近くにあったゴミ箱に捨ててネフライトを一瞥する。
「新しい取引よ。ネフライト、私は貴方につくことにする」
「……裏切りはごめんだけど?」
「貴方が私の知的好奇心を満たし続ける限りは、裏切りなんて万に一つもないわね」
「下らない、僕は自分のしたいようにするから」
「私も同じよ、飽きるまで貴方のストーキングをするだけ」
「少年の尻追いかけ回して楽しいのかこのー」
適当なネフライトのいなすと、フラーゲルはその攻防を基盤からひっくり返すようなことをのたまう。
「あら、貴方んとこの指導者みたいな趣味はないわ」
その言葉を聞いてネフライトは再びフラーゲルを怪訝な調子で一瞥した。
なぜなら、フラーゲルがあえて「指導者」という言葉を口にしたからだった。フラーゲルは「第三の組織」にネフライトが所属していることまでは知っているが、流していた情報は「ノア」を頭とする幾つかのエノクで構成されている、位の情報にとどめているはずだ。にもかかわらず、フラーゲルはノアのことを「指導者」という言葉を使った。
普通ならば、「黒幕」や「首謀者」などの言い方をするはずである。それなのにあえてこの言葉を使ったということは、第三の組織におけるノアがどのような立ち位置にあるのかを理解しているということだった。
実際のところ、第三の組織の首謀者はイレースであり、ノアはその具体的な手法を講じるまさに指導者的な立ち位置にある人物だった。だからこそ、カマをかける意味を込めての言葉なのだ。
無論、これがわからないほどネフライトも馬鹿ではなく、こちら側が十分に理解できる程度の言葉遣いをしたことは明白である。
「……まさか、本当に千里眼でも持ってるのかな?」
「ふふ、一応私はこのコミュニティで最高レベルのエージェントよ? なめてもらっちゃ困るわね」
「せめて出処程度は教えてくれると面白いんだけどね」
「それについては企業秘密、程度にしておこうかしら」
「嫌な奴だな!」
あまりにもあどけた調子のフラーゲルに対して、ネフライトはそう吐き捨てる。
それでもフラーゲルは絶対に情報の出自を言うことはしなかった。なぜなら、情報の出どころなど存在しないからだ。
「だって、ただの推理だからよ」
「はい?」
「あのド変態がこの問題の首謀者なら、整合しない点が多すぎる。この計画を立案するためには、内部情報に深く精通する人物の絶対的な協力が不可欠……、でも、あの変人がそこまでの信頼関係を結べるはずがない。少なくとも、コミュニティ内部の人物が依頼として持ちかけないと噛み合わない部分が多すぎる。つまり、本物の首謀者は内部にいて、隠密行動を取らなければならない理由のある人物……、なんとなく一人くらいしかいなさそうだけど?」
「君は探偵か刑事にでもなればいいんじゃないの?」
ほとんど的を射ている推理に悪態をつくように、ネフライトは呆れた口調で呟いた。
勿論、これに対してフラーゲルは同じような話し方で「この妄言を信じるバカがどれほどいるでしょうね」と返した。
これはとても現実的な言葉である。
確かにフラーゲルの推測のおおよそは当たっているものの、これはあくまでも「経験から来る勘」を状況証拠でつなげているだけである。おおよその筋としては通って見えるが、心理的な側面が強いため、相手の状況や敵側の行動を予測して立てているものである。これだけで答えまで導くほどの根拠があるわけがない。
しかし、フラーゲルのエージェントとしての力量を知らしめるには十分すぎる芸当だった。
そこまでを解したネフライトは、特段反論することなく、次の行動に出ることにする。
「……さ、お話はこの程度にして早速仕事しますか」
「あら、ここで待っていたら都合のいいことが起きるんじゃないの?」
もう何度目か先回りされた言葉に、ネフライトは少し気が立ったような表情でフラーゲルを一瞥した後、管理塔-Mに入っていく幾人かの人影に視線をやった。
それは、第三の組織に組み込まれたイリアとアーロン・ベックだった。
「やっと来たか、いこいこ」
「行きましょう~」
「あ、その前に一ついい?」
2人はあるき出しながら、ネフライトは今まで思っていた疑問を尋ねる。
「どうして、この国は自身を利益を優先しているのに、ここまで大きく発展したの? 共有地の悲劇ってのあるじゃん」
「あら、共有地の悲劇は“誰も新しく供給しないから”、そうなるのよ。我々は公共の利益も提供している……少なくとも、この国の多くの魔天がそう判断する程度には、ね」
「……それ、コクヨウだけじゃないの?」
「バレちゃったわね、てへぺろ」
フラーゲルは、いつぞや流行ったような仕草でそう言ったものの、その形相はとてつもない狂気がはらまれていた。
そんなフラーゲルを適当に流したネフライトは、自身の仕事を遂行するために2人の後を追う。