死に映える水面
前回から引き続き見ていただいた方、ここから読み始めた方、いつもありがとうございます(*´ω`*)
このお話を書き始めたときから、誰かに「ジャックポット」って言ってもらいたかったので、ようやくそれが報われてにっこりでした。完成版ではもっと頑張ってカッコよくしていただきたい……(´・ω・`)
次回の更新は今週金曜日19日22時となっております! 次回もご覧いただければ幸いです!
その肉体の変形を見たメアリーは思わず息を呑む。
もはや人型と言っていいのか疑問の思うほど、「化け物じみた存在」となったのだ。
両手足にはまるで花びらのように4つの触手が出現し、筋肉を用いた攻撃に対しての火力アップとあらゆる角度からの攻撃に対処することができる形状になっていた。
背部に広がっているのは、まさにヤマタノオロチと形容して差し支えなさそうなほどの形相で体を揺らしている8本のスポアだった。それらは手足のスポアの数倍の口径を誇り、その全てが凄まじい速さで動いている。
この形式は魔天コミュニティの軍事機関では「トゥール型」と呼ばれるものであり、両手足に攻撃と防御を兼ね備えた触手状のスポアを展開し、主攻撃用に背部のスポアを置くというものだった。
そして、今のカーティスの状況には一切そぐわないものであり、そのスポアの総量は規格外のものと想定される。
これは、現在の魔天コミュニティの原型を作り上げたメルディスとトゥールのうち、特に天才的な格闘センスを持ち合わせるトゥールが行った戦闘スタイルだった。この形式は全方位からの攻撃に対応することができ、かつ主攻撃として重い一撃を十分に与える事ができるという合理性に富んだスタイルだった。
ただし、これを行うためには天才的なセンスが必要だった。スポアは基本的に1つにつき単一の操作が必要になる。それを複数に渡って展開するということは、それだけ同時の操作が必要となる。
スポアは系統によって分類されており、単純な本数によってコントロールの制御がなされるわけではないが、トゥール型の場合は最低でも5系統のスポアコントロールが満足に行えなければまともに扱えない代物だった。
おまけに複数のスポアを制御しなければならないということから、一つ一つのスポアの脆弱性が指摘されている。実際のトゥールは、この脆弱性を自らのエネルギー量によってカバーしていた。その状態のトゥールは、史実に残っている魔天コミュニティの戦士の中では圧倒的とも言われている。
メアリーは、当然これらの情報を知っている。
それでも、目の前の「カーティス」と「イレース」が混在した歪な存在が、最盛期のトゥールを遥かに上回る存在であることを前提に、攻撃を加える。
自らの肉体を極めて鋭利な扇状のナイフに変形させたメアリーは、かすかな隙間をつきカーティスに攻撃を加える。
この攻撃を防いだのは、背部のスポアだった。
これにはさすがのメアリーも驚愕させられる。
なぜなら、すべてのスポアが各々独立した動きをしたからだ。ある一方の攻撃はメアリーの攻撃を恐ろしい精度で防御し、別のスポアは一斉にメアリーに攻撃を行う。
メアリーは、全方位から攻撃を開始できるほどの背部スポアにより体を穿たれそうになりながらも、尋常ではないカーティスの攻撃を一瞬で感知し、5本の別方向から飛んでくるスポアを掻い潜る。
なんとかスポアの攻撃を掻い潜ったように見えたメアリーだったが、その瞬間、5本のスポアによる攻撃がブラフであったことに気づいたが、そのときには既に遅かった。
8本だと勝手に思い込んでいたスポアだったが、一連の攻防の最中、カーティスは余分にスポアを追加していた。おまけにそれは、防御用に用いたスポアに被せるようにして作ったもので、視認することはできないほどだった。
これを感覚と気配によって悟ったメアリーもかなりの技量によって行ったものだったが、それを上回るほどカーティスの技術と勘は高度なものだった。
「ようやく一矢報いることができましたよ。メアリーさん」
カーティスは確かな手応えを持ってそう言った。その直後、完全に体幹を貫いている自らのスポアを引き抜き、メアリーを一瞥する。
グロテスクな大穴が生じたメアリーだったが、その激痛さえも快楽に変えるように、メアリーは大声をあげて笑い出す。
「ふふふ……まさかまさか、これほどまでとは思わなかった」
メアリーは、率直な称賛をカーティスに渡した。
この言葉の意味は字義の通りである。カーティスの力は、メアリーの想定を遥かに上回り、尋常ではないほどの力を今見せつけたのだ。
先の段階でカーティスが行った攻防は、ただ単に「一矢報いた」だけではない。この攻防は、現段階で魔天が行える反応レベルを大きく逸脱していることを意味しており、歴代最強とまで称されていたトゥールすらも不可能であった制御力を持っていたのだ。
「カーティス、僕は君のことを少々見誤っていた……。僕の役割は唯一つ、“君たちの記憶を正常に届けること”だ。だけどね、僕はこういう指示も受けている。“君たちに危害を加えない”、ともね」
つらつらとそう話し続けるメアリーは、全身の皮膚を大きくうねらせながら、右手で円形の何かを投げる。
そして、金切り声とも断末魔とも言える奇怪な音を立てながら凄まじい変形を見せていく。
「これは矛盾することなんだ。君たちに記憶を健全にもとに戻すためには君に危険が生じる。まさに今この状況がそうだ。けれどもけれども、僕はどうしても、君たち2人と戦いたかったんだよねぇ~」
「貴方、何を言ってるんです?」
「だから、小出しにして君を見ることにしたんだ。どれくらい、“戦えるのか”ってね? だけど、君は僕の想像を遥かに超えた。だから、“本気を出しても”、死ぬことはないだろう」
メアリーがそう告げた瞬間、その体が異常な変化を遂げた。
それは、カーティスもイレースも見たこともないような異常なものだった。全身の皮膚が水のように透明になり、皮膚の真下に広がる筋肉のグロテスクな赤色が浮かび上がってくる。
その上、皮膚はいびつに揺らいでいてそれこそ水のような漣をたてているようだった。
これを見たカーティスは、「どうやら今までのは前座だったみたいだな」と苦笑し、この異常な相貌を持つメアリーを凝視しながら、イレースに言う。
「イレース、あのヤバそうなやつ、見たことあるか?」
「見たことあるならもう言ってるでしょーよ」
「お前も肝っ玉がついてきたな」
「バディのお陰かな。でも、どうやらメアリーは、殺す気満々で来ると思う」
イレースの言葉に違わず、メアリーは各関節を異常な回転をさせながら凄まじい速度で動き回り始める。
半液体状の肉体であるにも関わらず、そのスピードは先程までとは比ではなく、床には気持ちの悪い液体が散乱している。およそ、この液体に沿って動いているのだろうが、その速さによってどこを通ったのか全くわからない。
尋常ではないスピードであるが、現行のカーティスの攻撃範囲では室内全体を攻撃することができる状態で、全体をかき混ぜるように攻撃を行う。さながらそれは、ミキサーのようだった。
だが、その攻撃は1秒すら持たずに刃毀れすることになる。
カーティスらは、耳をつんざくほどの勢いで響き渡った金属音に目を向ける。すると、そこには想像を絶する光景が広がっていた。
「ききき……効かない、効かない〜」
カーティスの放った無数の刃は確かにメアリーの皮膚を捉えていたのだが、10本以上ある刃を全て液状の皮膚で受け止めているのだ。恐らくは、液状の皮膚で刃がめり込んだ瞬間、それを硬質化させて受け止めたのだろう。今までしていた行動の応用であるが、これは言うほど簡単なものではない。
この行動をするためには、部分的に液体から硬質化させる必要がある。体に突き刺さった刃が着弾した瞬間、形態を変化させており、それでこちら側の攻撃を受け止めているのは、凄まじい反射神経と力が必要になる。それを一度に披露したことに等しい。
「……アンタ、生粋の戦闘狂だ」
「お褒めの言葉、ありがとう」
メアリーは、その言葉とともに強烈な力で捉えたカーティスを締め上げ、カーティスの姿勢を倒しにかかる。
このままでは完全に引っ張られてしまうことを察したカーティスはすぐさまスポアを解除する。
これを狙ったかのようにメアリーは、スポアが解除された瞬間、今度は体を膨張させるように皮膚を変形させ、まるでアイアンメイデンのように全身から無数の槍を作り出し、ちょうどカーティスらに向かって放たれた槍が一斉に攻撃をしてくる。
一つ一つはさほど強力ではないように見えるが、何よりその本数が凄まじく、カーティスは自らのスポアを使った迎撃は諦め、すぐさま後退しつつ体幹のスポアを基盤に盾を生成する。
「ふたりとも、君たちは間違いなく、この魔天コミュニティで最強だ。誇っていい」
「……どーも」
謎の称賛とともに、全身から飛び出た無数の槍は、何かの蔦のように1本に収束されていく。
それを見たカーティスは、到底今生成できる盾では防ぎ切る事ができないだろうと察した。それどころか、すべての力を盾にして防御したとしても、それを防ぐことは絶対にできないように見える。
規格外という形容では到底足らないほどの攻撃に対して、カーティスは突破されると理解していながら、大量のスポアを前方に出現させ、大きな盾として扱った。
「力比べは大好きだ。僕と君、どちらの全力で吹き飛ぶかな?」
「流石に、生半可な力では壊されることくらいわかりますよ!」
カーティスはそう言いながら、大量に展開した強固な盾に身を潜める。そして、先ほどと同じように両四肢のスポアを展開し、ゆっくりと呼吸を整える。
この動作にも、イレースは静観を貫くと心に決めたらしく、何も言わずにカーティスに行動を委ねていた。
それに対して、カーティスは轟音が響く中イレースに尋ねる。
「何も言わないのか? 失敗すれば死ぬっていうのに」
「バディを信じるよ。君は絶対に、勝つよ」
「……イレース、俺はお前と結婚していい」
「願い下げだよ。君にはもっと素敵な伴侶がいるさ」
イレースの言葉を、カーティスは咀嚼するように黙り込み、ひっそりと盾の向こう側でうねる尋常ではない攻撃に備える。
一方のメアリーは、直径が数メートルに達しうる異次元の槍を形成し、大振りな動作で溜めをしながら攻撃を開始する。
この攻撃はメアリーの中でも最大の火力を持つ攻撃だった。そして、それは容易くカーティスが形成した盾を吹き飛ばす威力を持っていた。
「いっくよー!」
メアリーはその一声により強烈な速度で放たれたスポアにより、美しくカーティスの盾が吹き飛ばされる。
その時だった。カーティスはその攻撃のギリギリまで盾に身を潜めており、その攻撃が着弾する寸前で横転し攻撃を交わしたのだ。
数センチ先で吹き飛んだ盾の断片には目もくれず、カーティスはすぐさまメアリーに対して反撃を開始し、最短で攻撃を行った。
「ジャックポットはこっちだ」
大きく振りかぶって放たれた攻撃はメアリーの背後から行われた。だが、この攻撃すらもメアリーは先程と同様の方法で防ぎ、攻撃を受け止めてしまう。
しかし、この攻撃に対してカーティスは「同じ轍は踏まないさ」と口走りながら、硬質化している皮膚を穿つように鋭利なスポアを突き立てて連続攻撃を行う。
最初の数撃こそは守ることができたものの、何度も攻撃を受けるうちにメアリーの硬質化した肉体は完全に破壊されてしまい、強烈な一撃を食らうことになる。
メアリーは先の攻撃によりエネルギーを使い果たしてしまい、攻撃をモロに受けてしまうものの、すぐに体を臨戦態勢に戻し、先ほどと同じようにアイアンメイデンのように大量の槍を出現させる。
その攻撃は未だ攻撃を続けるカーティスにも無数に刺さるものの、か細い槍ではカーティスに致命傷を負わせるには至らず、完全に殴り合いのような状態になってしまう。
「メアリーさん! もういい加減にくたばって下さい!!」
「君はもうちょっとお淑やかな言葉を覚えなさい~」
冗談みたいな会話をした後、メアリーはアイアンメイデンじみた大量の槍を今度は自分に巻き付け、触手状のスポアが全身を覆うような形状に変化してさらなる攻撃を開始する。
その攻撃はほぼ全方位に鎌状のスポアが攻撃を行い、先ほどとは異なる意味で鉄壁の防御を誇っているようだった。なによりこの攻撃は、全て自動で放たれているらしく、攻撃のスキをついて、こちら側の攻撃を当てる事ができない。
「アンタ本当にゾンビかよ!?」
「プロフェッショナルは数手先を見ておくことが前提さ。君もそうだろう?」
「いい加減にしろって!」
カーティスの怒気のこもった言葉を劈くように、メアリーは四つん這いの姿勢を取り、先程も見た凄まじい動きで這いずり回る。
こうなれば大量の小型の鎌を振り回しながら高速で動き回っているのと動機であり、メアリーの一切意図しない強烈な攻撃に変貌する。
カーティスは異次元のスピードで駆けずり回るメアリーをしっかりと視認しながら、とりあえず前方に迫る大量の鎌を両腕で捌きながらイレースに話しかける。
「イレース! この人の体力は無尽蔵か!?」
「ここまでの体力なんて想定外だって……あの人が一線を退いてからかなり経ってるのに」
「ふざけんな! あの戦闘狂マジでやばいぞ。こっちの攻撃はほとんど数手先まで読んでいる……どう掻い潜る?」
「うーん……なんとなく、殺すことはできなさそうな気がするから、無力化ってどう? もうお互いスタミナ切れって感じがするし」
「具体的に!?」
「それはちょっと」
「使えねー!!」
相談する意味すら感じられない会話をした後、カーティスはすぐさま行動に出てガッチリとメアリーの攻撃を受け止める。
これによりメアリーは完全に動きを止められてしまったものの、受け止められなかった部分のスポアがカーティスに攻撃を行い、先ほどとほぼ同じ状況になってしまう。
取っ組み合いのような状態になりながらも、2人はこれ以上ないほど顔を接近させ、いびつに笑うお互いの顔を見合わせる。
「……メアリーさん、戦いはいつも無益ですよ!?」
「ちっち、残念だけど、戦いは利益をもたらす物さ。だけどね、その後数倍の対価を要求してくる……、それが戦いなのさ」
「その分、戦闘者は一時の興奮を得る、ということですか?」
カーティスの言葉を肯定するように、メアリーは攻防の最中突然自らの肉体を液状にし、最初に行ったカウンター攻撃を仕掛ける。
このカウンターは、カーティスの右掌を貫き、完全に使い物にならない状態にしてしまうが、貫かれた右手でカウンターとなった槍を掴み、そのままメアリーの姿勢を崩すほど勢いよく腕をひねった。
そのまま組み伏せるような姿勢に入った2人だったが、両者ともに体力が限界に近づいているのか、互いに今までのような活力なく、ジリ貧の試合が続く。
「もう……いい加減にしろ!!」
「まだまだ!!」
すっかり泥試合と化したこの状況でも、2人はまだ戦おうとしていた。
その醜い戦いに終止符を打ったのは、意外な人物だった。




