2重螺旋のレイヤー
前回から引き続き見ていただいた方、ここから読み始めた方、いつもありがとうございます(*´ω`*)
なんと、この回で11話目だったようです。つまり10話目があっさりスルーされていたようです……。ですが連載として決めてからは一週間に一度を守れていて一安心です。このまま年内完結を目指して進めていきたいですね(;・∀・)
このお話から、徐々に本筋に入っていくと思うので、技量が問われるところになっていきますね(*´∀`*)
次回の更新は月曜日の20時です! 興味を持たれた方はぜひぜひどうぞ☆(´ε`
区域Bの襲撃がなされた直前、そこから出ていったメルディスは、側近であるミズにとあることを頼んでいた。
そして、それをこなしてきたミズと合流する。
「メルディス様、やはりエノクδが宴に侵入していたようです」
そう言ったミズは、何かの肉片が入ったカプセルをメルディスに渡した。
「やはりそうでしたか。もしかしたら、我々に対する復讐かもしれないですね……」
「どちらにしても、エノクδがトゥールについている可能性が出てきましたね。ですが、そうであるなら、本当に厄介ですよ」
「手は打ってありますよ。確かに我々は軍事力に関しては持ち合わせていないですが、それ以上に”人脈”があるのですよ。付け焼き刃の軍事力を振りかざす奴らには負けません。それに……この世界の更なる躍進のために、礎になってもらう必要があるのです。”彼ら”には」
「私は、貴方の理想に近づきたいと思います。だからこそ、今まで付き添いましたからね」
「そうですね。貴方の事は信頼していますよ。ミズ」
2人はそう言いながら、そそくさと帰路についていく。
***
襲撃後、全員がある程度の平常心が戻るまでおよそ十数分ほどかかった。
ようやくある程度ものを考えることができるようになったのは、残念ながらトラブルに直接的に接していないイレースである。
「とりあえず、プラン通りに3人には家で待機してもらおう。イリアには今回の襲撃についてメルディス様に報告し、レオンの力の解析をしてもらう。僕らはあいつらの情報収集をしよう。伝えて」
イレースの指示をカーティスはいつも通り伝えると、その中でアゲートのみが疑問を呈する。
「すみません、室長。自宅待機とは、研究するなと言うことですか?」
「研究についてはしていいけど、基本的には外界との交流を絶ってお家にいてほしい、と伝えて」
「研究しててもいいけどできるだけ家にいてほしい」
「わかりました。では、私はエノクについての研究を続けますね。イリアさんとは電子メールでの交換はしていいですか?」
アゲートの発言に対してイリアは述べる。
「電子メールでの交換は避けるべきだ。情報交換についてはこちらから指示するタイミングで行おう。かなり不便であるが、危険性を考慮するとそっちのほうがいい」
「わかりました」
「ということで、ベスさんとフー君とアゲート君は気をつけてお家に帰って欲しい」
カーティスがそうまとめると、3人の研究員はそそくさと荷物をまとめて身支度を始める。その中で唯一、アゲートはカーティスに対して先程採取したレオンのカプセルを渡す。
「室長にレオンの力で発現した物質を渡しておきますね」
「え? レオンの力を調べるのはアゲート君じゃないの?」
「いえいえ、私はレオンについて調べるとは言ってないですよ。僕は他のエノク、つまりはダウンフォールを調べたいといったんです。レオンについては室長に調べてもらいたいんですよ」
「どういうこと?」
「エノクαレポートでは、ダウンフォールは名前をつけられ自我を持つことに対して非常に強い愛着があるとのことです。そして、名前をつけられた人に対して特別な感情を持つということは研究されているようです。で、レオンは室長に対してかなり愛着を持っているようですから、室長に調べてほしいんです」
「はぁ……」
「それについては私も同意見だ。その子は相当お前になついているようだから、基本的な世話もお前がするという方針が学術的にもいいだろう」
話がある程度、学術的な性質を帯びて方向が決まると、カーティスはすぐにイレースに一連のことを尋ねる。
「ちょっと意味わからなくなってきたんだけど」
「あとで説明するからその場は同意してくれ」
「わかった。全部引き受けます」
カーティスがそう言うと、レオンはきゃっきゃと笑いながら楽しそうにカーティスの頬をばしばし叩く。
「モテモテだな、カーティス」
イリアがまさかの名前をミスると、アゲートは耳聡くイリアの言葉を反復する。
「カーティス?」
「……誰だカーティスって、モテモテだなイレース」
イリアは誤魔化すようにイレースの名前を出すと、アゲートは怪訝な表情に出し、そのまま玄関へと向かっていく。
「とりあえず、室長もイリアさんもがんばって下さいね。私、帰りますね」
「あ、アゲートさんと同じように私も自宅待機させていただきます」
「俺も同じく待機させてもらいます。皆さん気をつけてください」
3人はそれぞれそう言い残してそそくさと帰っていく。
そして、残ったカーティスとイリア、そしてレオンは、此処から先どのようなふうに動いていいかわからなかった。
そんな中、イリアも行動を開始する。
「とりあえず私もエノクに関して、改めてエノクαレポートを調べる。レオンのコントロールを100%完全にするためには研究は必要だからな。お前たちはさっきアゲートから渡された液体を調べろ。それくらいの設備は生きてるから」
「わかった。イリアさんはどこに行くの?」
「家にある蔵書とか漁るだけだ。お前とは匿名契約の携帯があるから、そっちで連絡し合おう。場所についてはイレースに聞いたらわかる」
イリアは言いたいことだけを言ってそのまま区域Bから出ていく。
取り残されたカーティスは、本日何度目かの用語解説をイレースに尋ねる。
「エノクαレポートってなんだ?」
「25年位前にエノクαがコミュニティと取引に使った研究資料のことだけど、少し説明が長くなる。実は昔、25年前に君が住んでいた旧ザイフシェフトで魔天が誘拐される事件があった。この事件は僕らの中ではザイフシェフト事件と呼ばれていて、エノクβ事件と並んでこのコミュニティで最悪の事件とされている。この事件、誘拐された一人の魔が結局行方不明のまま終わっちゃって、これ以来差別主義的な傾向のある者たちはみんなトゥール派になっていった。そのときに事件解決の糸口となったのが、突如現れたエノクαだった。本来人間が魔天に勝つということはありえないんだけど、彼曰く、DADという技術を用いて魔天そのもののエネルギーを相殺していたらしい。その時、彼は独自でダウンフォールについての研究をしていて、それらの書籍全般を”エノクαレポート”と呼ばれている。話がかなり錯綜して来たけど、元々この話はコミュニティの中でも黒歴史的な立ち位置だから、これについて知っている人はあまりいない。僕らが知っているのはエノクαレポートの中身くらいだからね。今までのダウンフォールに関する記述は、全てエノクαレポートから来ているし」
「なるほど……」
カーティスはあまりにも事件の多さに若干面倒くさい印象を受け、首を傾げながらアゲートから受け取った液体に視線を落とす。
「聞いといて飽きるのやめてほしいな」
「まー、とりあえずはこれ調べるんでしょ? どうやって調べるの?」
「一番の奥の機械にセットすれば調べられる。とりあえずはセットして、そのまま一旦帰ろう。自宅のコンピュータに自動送信されるようにしているから。あ、さっき交戦した分身体の肉片も分析してほしい、同じようにセットして」
それを聞いたカーティスはすぐに機械に液体の入ったカプセルと、分身体の肉片が入ったカプセルをセットし、言われたとおりにスイッチを押す。
すると、分析装置のディスプレイにタイムリミットのように時間が表示される。
「結構時間かかるんだな」
「詳細まで分析するとなると相応の時間はかかるからね。とりあえず僕らは一旦家に帰ろう。ちょっと休んだほうが能率があがるしね。道案内はするから」
「了解。で、レオンはどうするんだ?」
「…………どうしようか」
イレースの困惑するような声に対して、レオンは同じように首を傾げながら指を口に運んでいる。
「まぁ一緒に連れて帰るしかないよな」
「仕方ないか」
「俺が言うのなんだけど、最高機密かつ狙われまくってるのに連れて帰っていいのかこれ」
「ここにおいていくよりはマシでしょう?」
「否めない」
ある程度方針がまとまったとは言え、そのままレオンを連れて外に出ることは危険であると判断した頃合いだった。
先程メルディスがつけると言っていたコクヨウの2人がここに来て到着する。
「イレース、無事?」
最初に声をかけてきたのは、10代程度の美少女だ。美しい栗毛と同じような色彩を持つ眼球を引っさげて、若干けたたましさを感じる笑みを浮かべている。彼女は特に、右腕の部分が先程の襲撃者と同様に変形していて、ちょうど棍棒のような形状をしている。
そのさまは非常にアンバランスである。本来な美しい白い腕が存在しているはずなのに、そこにあるのはごつごつした岩肌のような腕で、いかにも厳つい雰囲気を持っている。
あまりにも違和感のある佇まいをした美少女の後方に、今度は場違いすぎる男の子が大あくびをしている。
カーティスは、あまりの個性の強さに胃もたれを起こしつつ、イレースの指示を待つ。
「女性のほうがフラーゲル、男の子のほうが……新人さんかな」
「あの、俺の代わりに言葉を綴ってくれ頼むから」
これ以上面倒事に巻き込まれてたまるか、カーティスは不意にそう思い、自らの代わりに話してくれと頼む。
すると、イレースは「続けて」と言いながら続ける。
「”フラーゲル、それと、そちらの方は?”」
イレースがそう尋ねると、後方の男の子が元気良さげに挨拶してくる。
「こんにちは! 僕、ネフライトです!」
「”ネフライトさんこんにちは。新しいメンバーなんですか?”」
それに対して答えたのはフラーゲルである。
「こっちはつい最近加入したちびっ子だ。こう見えてもかなりの実力者で、特例で入ってきた稀有なメンバーだから、イレースも知らないだろう。魔の中では最強のスポアの使い手らしい」
「”らしい?”」
「この子とチーム組むの初めてだからね。でも私、こういうちびっ子大好きだから別に問題ないわ」
あまりにも適当すぎる言葉に、カーティスは首を大きく傾げながらイレースに対して「本当に精鋭部隊なのか?」と尋ねる。勿論、イレースは肯定するしかない。
実際、この2人は厳正な試験を超えている人物であることは確かだ。特にフラーゲルは、トゥールについている軍事組織「ハクヨウ」の出身で、その中でも最強と言われた人物である。イレースとは元々接点があったため、特に彼女のことを信頼していた。
「”ははは……フラーゲルらしいですね。とりあえず、僕は一旦この子を連れて家に帰ります。なのでその道中の護衛をお願いします”」
「わかった。ネフライト、ついてくれ。私はこの場を調べさせてもらおう」
フラーゲルのその判断に対して、イレースは難色を示す。
「”フラーゲル、信用していないわけではないけど、彼で大丈夫? 相手の能力はずば抜けている。一人では危険だ”」
そんなイレースに対して、フラーゲルはにやりと笑いながら自信満々に続ける。
「大丈夫だ。ネフライトのスポアは”竜”と形容されるらしい。それだけ異常だ。ということでこの子がついてくれる。そういうことで!」
やや強引すぎるきらいがあるものの、イレースはそれに対して首を縦に振り、それに同意する。フラーゲルが言うのだから、そんな気持ちがあったのだが、それでもイレースはやや不安だった。
そんなイレースらとは対照的なネフライトは、にこやかにフラーゲルに手を振る。
「はーい。フラーゲルも気をつけてね!」
「うん、ネフライトもね~」
「”じゃあ、ネフライトくんお願いしますね”」
「うん! レッツゴー!!」
カーティスらは若干不安になりながらも、楽しそうなネフライトを少し肯定して自宅である寄宿舎に向かい始める。
一方、一人区域Bに残ったフラーゲルは、残ったエノクεことレオンの力を丁寧に観察して自らの見解をメモしていく。
レオンの力は体内エネルギーが体外に出た際に「液体」として出現するようである。これはダウンフォールの力を解明する上で極めて重要な要素であり、それぞれの個体によって異なる物質及び性質を持って表出される。
フラーゲルは現存している4体のダウンフォールの情報を握っている。これはエノクαレポートには存在しない事であり、フラーゲル自身が独自で調べたものも含まれている。
「αは細胞への高い同調作用、βは極めて高い浸潤性と変形、γは不明、δは自由な物質形成、でεは物質の相の変形か。バリエーションに富んでるな」
現在判断するにはかなり早計であるが、ダウンフォールすべてが今までの物理学をぶち壊すようなものばかりであるため、この状況を見て、レオンも例に漏れず異常な力を持っているというが分かっただけで、フラーゲルは満足げである。
あとは、目の前の分析装置の解析が終わるのを待つだけである。
そんな中、フラーゲルの携帯電話に一つの着信が入る。
「もしもし?」
「εは確保できたか?」
「簡単に言わないで。あの子はイレースに相当入れ込んでいるから、引き離せば粉々にされるわよ」
「…………とにかく、宴が独断で行動し始めた以上、お前が要になる。絶対に失敗はするなよ」
「勿論よ。でも、今回のことが終わったら、私はとっとと”素敵な離島”にでも行って優雅に暮らすからね。”トゥール”……」
フラーゲルの言葉を最後に、電話は途切れる。
そして、分析装置が一つのデータ分析を終了したというアラームが鳴り響く。そのデータとは、一番最初にカーティスらを襲撃した分身体の細胞解析である。元々フラーゲルのプランでは、その分析について興味を持っていなかったが、突如出てきた塩基配列に対して驚嘆の声を上げて、ディスプレイに食い入った。
「これ……まさか……エノクδの細胞片?」
その結果は、解析された細胞片が50年ほど前に、メルディスがあまりの強烈な力を危惧して投棄した「エノクδ」であることを示す塩基配列だった。塩基配列ゆえ、今回のトラブルに、もっと言えば宴にエノクδが存在していることを示す確固たる証拠である。
魔天コミュニティにはダウンフォールの情報こそ乏しいが、唯一エノクδについては情報がある程度解析されている。その情報によると、エノクδは魔天の力を均等に出力し、どんな物質すらも作り出す能力を持っているらしい。それを前提にすれば、分身体を単体で作り出すことができるだろう。
エノクδがこの件に関わっているということを確信し、にっこりと笑みを浮かべ、データを自らのストレージにコピーし、そそくさとその場所をあとにする。
***
イレースが暮らしている寄宿舎の近くにあるベンチの腰を掛けていたのは、先程区域Bから離れていたアゲートである。
アゲートは、「R&H著 自然神エネルギーとダウンフォールの親和性」という本を読みながら、電話をかけている。そのさまは恐ろしく冷静だった。
「もしもし、僕だけど、とりあえずレオンの解放することには成功した。次の指示は?」
「あー、”ベリアル”ね、ちょっと待って、潜入組が多すぎて名前がわからなくなってるわ」
「ちょっと、今は”瑪瑙”なはずだけど?」
「アゲートはもう少しだけ、カーティスについててよ。もし彼に危険が迫ったら守ってあげてね」
「……それでいいの? 他にすることは?」
「ないよ。言うまでもないかもしれないけど、彼らを守ることも仕事だからね……ねぇ?」
「わかったから、そっちもよろしくね。”ノア”」




