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不条理なる管理人  作者: 古井雅
第十五章 黙り込む戦火
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血塗れ国家

 前回から引き続き見ていただいた方、ここから読み始めた方、いつもありがとうございます(*´ω`*)

 今回の話は物語の世界設定にかなり絡む部分ですので、あまり話は進みません。こういう扱いに困る部分はこれからも考えものですね。また本日は更新に遅延が起きてしまい申し訳ございませんでした。以後もよろしくおねがいします。

 次回の更新は来週月曜日27日20時となっております。次回もご覧いただければ幸いです(*´∀`*)



 ストラスの戦闘が開始された同刻、ビアーズの書庫に招かれたアイザックは、そのあまりの書物の量に感嘆の声を上げる。


「すごい……これほどの文献、国立図書館にもない……」

「ま、これでも国家の第三者機関だからね~。今、お茶を入れてくるよ。適当に座っていて」

「ありがとうございます!」


 アイザックはきはきとそう言いながら、視線はガッチリと桁外れの書物が鎮座している本棚である。

 特に興味をそそられたのは、「R&H著 自然神エネルギーとダウンフォールの親和性」という本だった。これは、現在でも流通している個数がとにかく少ない、極めて珍しい文献である。この著者の「R&H」は、二人一組の科学者であることはわかっているが、流通している書籍があまりにも少ないため、そのほとんどがプレミア付きの書籍である。

 それがあまりにも般化したような形で存在していることに、アイザックは驚きを隠せない。


 そんなアイザックに対して、お茶を持ってきたキャノンは微笑みながら尋ねる。


「アイザックさんは、科学者なんだもんね。その本を見てもいいよ?」

「えぇ!? そんな……でも、みたいです!」


 ここに来て科学者精神が如実に出てきたアイザックは目をキラキラさせながらそういう。

 すると、キャノンは楽しげに首を縦に振る。


「勿論だとも、ただ、その前にストラスのことを聞きたいなぁ。いいかな?」

「それは大丈夫ですが……キャノンさんは、ストラスの母親、なんですか?」


 アイザックの疑問に対して、キャノンは大きく首を縦に振りながら続ける。


「そうだね、人間的に言えば、母親になるね。だけど魔天っていうのは、人間で言うところの古典的な性的役割をもたせるものではないのさ。どっちかって言うと、大体は男の子で、子育てをするときは女の子になる、っていうところかな? だから、子育てを終えた親はもう、男の子、みたいなもの……」

「それは実に興味深い……一人称も?」

「あぁ、大体の魔天は、僕というのが主流だね。私って言うのは公の場合に限っての一人称なんだ。だから、あの子はさっき、僕が、僕って言うことをそのまま受け入れたんだよね。まぁ~、魔天っていうのは通常の生物から背く事柄ばかりだ。アイザックさんなら、わかるだろう?」

「勿論です。人間にしてもそうですが、魔天は特に性的な役割分担が特殊です。僕も今すぐに研究したいところです!」

「いいねぇ~、ベルベットと提携してもらったら楽しいことができそうだね。ま、それよりも、ストラスとのことを聞かせてよ」

「そうでしたね、どこからお話しましょうか?」

「馴れ初めからにしようか」


 キャノンが笑顔でそう言うと、アイザックはそれに笑みで返し、「それでは馴れ初めから」と前置きをし、話し始める。


「最初にストラスと会ったのは、サイライの遠足のときでした。僕は元々、サイライの管理者的な研究者でしたので、当然実験体となった魔天の精神的ケアも行っていました。そこで、定期的に行っていたハイキングのときに、その中の魔の男の子と遊んでいたのが彼でした。本当は、外界との接触を絶たなければならなかったのですが、その時から僕はサイライを内部崩壊させる計画を立てていたので、ストラスにアプローチをすることにしました。ですが、その時のストラスは随分と精神的に疲弊しているようで、サイライの解体に協力してくれたのもかなりの時間が経ってのことでした」

「……なるほどね~」

「何があったか、教えていただけますか?」


 アイザックは、ひっそりと含み笑いを浮かべたキャノンに対して、魔天コミュニティでのストラスについて尋ねる。

 その問を投げたときには、キャノンがそれについて言及するとは思わなかったが、意外にも彼女は沸々とこのことについて言及を始める。



「そもそも、このアーネストがどういう存在か、アイザックさんは知っている?」

「いえ……僕はあくまでも、魔天の生物学的な部分ですので」

「なるほどなるほど。アーネスト、というよりこれを含む二家から話したほうがいいかな?」

「できれば、そこからお願いします」

「そうだね、そもそも、この魔天コミュニティは、国家としては前近代的な部分をすっ飛ばして、最初から近代国家としての色が強い状態からスタートした。というのも、この国家の形成を担った先人たちは、魔天という少ない人材に加えて、形成された国家が一つだけだった、ということに由来している。けれど、魔天は力を持っている特殊個体と、それ以外の通常個体で軋轢が強くなっていて、力を持つ特殊個体は国家の安全保障に関与する者としてまとめられた。対して通常の個体は、それ以外の、所謂資本主義と市場原理を用いた、経済的な側面を強く担うようになった。もちろんのこと、貨幣概念も用いて、コミュニティは更に近代化の一途を辿った……」


 キャノンはそこまで語ると、言葉を濁すように淹れられたコーヒーを啜り、会釈をしながら更に続ける。


「……ま、人間でもそうだけど、そうなると、どうにも金を集めたヤツが権力を持つようになる。しかも、魔天コミュニティの場合はこれが急速だった。一世代すらもなかったはずだ。だから人間よりも遥かに格差が深刻になり、おまけに通常個体の特殊個体への差別が凄まじいものになっていた。魔天コミュニティも法治国家だったから、暴動を起こすこともできない状態だった。そこでできたのが、特殊な能力を持っている個体が一つの家系としてお互いを保護し、そして完全なる第三者機関としての地位を確立した、二家だったんだ。二家は学問を司るベルベットと、軍事的な部分を司る、つまりは魔天本来の力をコントロールするアーネストに分かれることになった」

「あの、一ついいですか?」


 魔天コミュニティの歴史的変遷のお話の中で、アイザックは一つ疑問を提示する。

 するとキャノンは、勿論と言わんばかりに首肯しつつ「いいよ~」と笑う。


「どうして、二家は、完全な第三者機関として認知されたのですか?」

「良い質問だね。最初こそは、結社の自由に則って認められていただけなんだけどね、第三者機関としての二家は、集まった子どもたちの性格的なことも相まって、天然の第三者機関だったんだ。いわば、軍隊的、といえばいいのかな。家族としての体系を持ちながら、仕事となればお互いの主張をタップリする、そんな子たちが多かった。そして二家は見事に、歴史的変遷の中でも第三者機関としての有能さ、そして無情さを何度も見せつけてきた。そういう長い積み上げが、今の二家という地位を確立したのさ」


 アイザックは、すぐにその言葉の背景について察してしまう。

 おそらくは、これは家族として認識している者同士での殺し合いも容易に存在している。泣きながらお互いのことを殺す背景が一瞬視界をよぎった後、アイザックは深くため息を付き、血塗られた二家の背景について知ってしまったことに自嘲気味に次の話を促す。


「……なるほど、話の腰を折ってごめんなさい、ストラスのお話を」

「ふふ、いいんだよ~。んで、そんな厄介な使命を背負わせられた二家は、孤独を抱えた孤児を引き取ることがほとんどだったんだけど、たまーに直系の子孫が生まれることもある。ストラスは、僕らの実子、つまりは極稀に生まれてくる、アーネスト直系の子どもだったんだ。そして、ストラスはコミュニティの歴史の中でもブッチギリで最強の才覚を持っていた、それは、比較的戦闘において好成績を残していた僕ですら、ドン引きするくらいのものだった。あの子は生まれてからすぐ、スポアを扱い始め、そして10歳にして魔天が戦闘をする上で必要な技能すべてを身に着けた。挙げ句、ほぼすべての戦闘技術に加えて、豊富な知識と経験、常人が数十年かけて取得する技量をあの子はほとんど1年程度で習得した。それほどあの子は圧倒的な強さを持っていた」

「それなのに、どうして?」

「うん。実は、魔天は人間を支配下に置こうという動きがあって、何度かひっそりと人間に侵攻したことがあった。そこで、一つの拠点としたのが現在のルイーザの一つ、ザイフシェフトだった。そんで、国家防衛の重要任務を受けていたストラスは、国家の命令として数人程度の人間を殺してしまった。だが、これがだめだった。あの子は殺した人間の遺族を見てしまったんだ。そこで、意志あるものを殺すということの重みについて恐怖を感じてしまった。それが原因で、あの子は二家としての役割に自信が持てなくなり、そのままこの家を出た。これが、あの子の真実だ。きっとアイザックさんとは、その時に会ったんだろうね」


 この話を聞き切ったアイザックは、納得するように首を縦に振りながら、その時のストラスについて話し始める。


「なんとなく、納得できました。サイライを潰すためにストラスを仲間に引き入れた時、随分と大変でした。とにかく彼は、全ての事柄について消極的で、何より戦闘そのものをひどく嫌っていた様子でした。僕らは結局、もうひとりいた天の少年とともに彼を口説き落としたんですが、それでもかなりの時間を要した……、それほど彼のメンタルに影響を及ぼしたんですね」

「まーねー。あの子は、力も能力もあったけど、何より共感の力も持っていたことが不運だった。命を奪うっていう行為を生業にすることもある軍隊はね、基本的に殺すときに”何も考えない”んだよ。殺すこと自体に共感してしまえば、僕らは修羅場を生き延びることができない。ついでに言えば、どうして僕らはそんなに”殺すこと”を躊躇しないか、わかる?」


 キャノンはふわふわとした口調でそう尋ねるが、アイザックは到底想像がつかない話だった。そもそもアイザックは学者であるため、戦場の何たるかなんて理解できない。


「いえ……」

「そうだね。これはあくまでも、ハクヨウにて殺戮マシーンとまで言われた経歴からの、主観的意見でしかないけど、僕らが殺しを一切躊躇しないのは、”自身が正しいと思いこむ”からだ。彼らは、与えられる命令を絶対的に正しいと思い込んでいる。だからこそ、彼らは何も躊躇しない。罪悪も感じない。したことは正しい、そうでもなければ何かを奪うということには耐えられない。必死に考えないように、もしくはそれすらも考えることができないくらい、自分に盲信しているかだ」


 語気を強めてそう吐いたキャノンは、更に辛い口調で告げる。


「本当は、僕らは常に考え続けなければならない。どうして、僕らは今ここにいるのか? どうすれば最良なのか? 何が正しいのか? それはきっと永遠に届かぬ答えだ。だけど、きっとこれには完全なる答えはある。例えば、年齢とかでやたら威張ったりする人がいるでしょう? 僕に言わせてみれば、年齢っていうのはそういう、真理に値する答えを考える時間にしか過ぎない。数年程度で答えを見つけてしまう子もいるし、何十年と生きても納得のいく答えが出せない子もいる。さらにはぜんぜん違う答えに盲信する子もいる。そういうお話から見れば、ストラスは悪い意味で”頭が良すぎた”のかもしれない。常に自問自答し、その答えを思い求めていた……我ながら、厄介な子だよ」

「そうですね……ストラスは確かに、そういう頭の良さは抜きん出ている気もしますね。結局、ストラスはその答えを”不殺主義”として徹底しました。恐らくは、知っている前提で不殺主義に徹しているんですね」

「全く、どうしてあの子も茨の道をゆくのかねぇ。親としては、子どもの幸せを願いたいし、この過酷な世界で最も優しい道を歩んでもらいたい」

「それは本当に同意見です」

「だろう? この世を最も豊かにするのは、貪欲なる精神だ。渇望によってこの世界は整然として、尚且研ぎ澄まされるものだ。ストラスみたいな考え方が般化しないでいただきたいね」


 キャノンの言葉にアイザックは「賛否分かれる意見ですが、共感しますね!!」と声を張り上げた。


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