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不条理なる管理人  作者: 古井雅
第一章 優美な屍骸
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意図的な彷徨者



「おい! 起きろ!!」


 そんな怒号のような声が聞こえてくる。

 しかし、カーティスの視界は漆黒に覆われている。真っ暗な世界のなか、自らの肉体を感じることすらできない。

 その最中、カーティスはその声に対して、ようやく口を利くことができるようになる。

「誰だ……、俺は今、どこにいる?」


 すると、カーティスの声に対して、声の主は苛立ったように返してくる。

「そこは私の体だ!! 誰だなんて私のセリフだ! 君こそ誰なんだ!?」

「どういうことだ? 俺は、どうなってる?」

 全く持って状況が理解できないカーティスは、声の主に内容を鸚鵡返しする。その様に、声の主は状況を確認するように自己紹介を行う。

「……なるほど。つまり、私たちは状況も存在もわからないままこの状態になっているということか」

「全然理解できないんだけど……」

「とりあえず自己紹介だ。私はイレース、君の名前は?」

「カーティスだ、よろしくイレース」

「あぁ、こちらこそよろしく。ってそれどころじゃない。恐らく君は今、私の肉体にいる。理解できないかもしれないが、君の意識が私の体と繋がってしまったようだ」

 イレースの言葉は全くもって現実味がない、まるでSFのような話をしている。それに対してカーティスは、「ありえない」と突っぱねることしかできなかった。

「とにかく、体を動かしてみてほしい。もしかしたら、動くことができるかもしれない」


 イレースは、カーティスの反応に対してあくまでも冷静に対処しようとする。

 一方のカーティスは、突然の不思議な現象の数々にパニックを起こしそうになるが、言われたとおり冷静に体を動かそうとする。

 一番最初は動けなかったが、徐々に自らの体の感覚の如く力が戻り始める。

 それから数分程度、悪戦苦闘した後、カーティスはようやく体を動かすことができるようになった。


 視覚、嗅覚、触覚、味覚、聴覚、そのすべてをカーティスが取り戻すまでにかかった時間はおよそ10分程度である。

 ようやく光を取り戻した瞳であたりを見回すと、どこかのオフィスの一室のようなところのベッドルームであることを理解する。

 先程までの声は聞こえてこない。頭が強い重力を受けているような重苦しさとともに、自分の体が妙に違うことに気づく。


 体が、異常に小さい。年齢としては10歳ほどだろうか。手のひらはシワが一切刻まれておらず、きれいな筋肉のつき方をしていて、とても美しい。明らかに、記憶の中の自分の肉体ではないことは理解できるが、その状況があまりにも非現実的すぎて、状況が飲み込めないでいた。

「……なんだこれ…………声も?」

 驚愕の状態からひねり出した声は、かなり高く、変声期前の少年のような声だった。いきなり子どもに転生してしまったのか? そんなことを思ってしまうほど、状況は意味不明である。

「やはり、体が君の意識につながってしまっている」

 一方、恐らくこの体の持ち主であろうイレースは、カーティスの思考の中をよぎる。

 恐らく、自分の意識下のみで響き渡る声なのだろう。すっかり混乱状態のカーティスも、徐々にイレースの言っていることが現実を帯び始めていることに気づき始める。


「どういうことなんだ? 俺は、どうなっている? そもそもあんたは誰なんだ? ここは何処だ!?」

 カーティスは、錯乱するようにイレースに対して質問攻めする。しかしイレースは冷静に、カーティスに質問する

「少し落ち着いてほしい。まず、こちらから質問させて。君は、どこから来た?」

「え……? ルイーザのザイフシェフト南エリアからだけど……」

「ということは、人間だな? それなら、ここのことについては理解しづらいかもしれないが……私は人間とは異なる種族に所属していて、君たちの世界観で言うところの悪魔に分類される」

「は……? 意味分からない……悪魔? なんだ、それ?」

「我々風に言えば、”魔”という種族に分類される。ちなみに、近種である”天”は、君たち人間風に言えば天使といったところだろう。ま、君たちとは全く別の種族であると言っていいだろう。理解し難いと思うが、君が何らかの理由で私の体の中に入ってしまった以上は、理解してもらわないと困る」

「…………つまり、俺たち人間とは、全く別の存在である、そういうこと!?」

「そうだ。ザイフシェフトという人間が住む街は、過去我々魔天とのトラブルが起きた街だ。もう25年前になるから、君にはわからないかもしれないがね」


 カーティスは、今年で20歳になる為、街の過去については詳しく分からないが、自分が住んでいるザイフシェフト南エリアは、旧ザイフシェフトと旧リラという2つのエリアに別れている大国、ルイーザの一部である。ザイフシェフトという国と、リラという国が合併して、ルーイザができたということは周知の事実だ。

 だが、魔天などという別種族の存在については義務教育で習ったことなどない。

「昔、合併する前の話だと思うけど、俺は全然知らない」

「まぁそれについては今はいいさ。ここで重要なのは、君たち人間とは別種の高度な知能を持つ存在がいるという前提を理解できればいい。そこで君のことだ。君はここにいる前の記憶はあるか?」

「……記憶?」

 カーティスは、混乱するように頭を抱えた。

 それ以前の記憶が、まったくないのだ。勿論自分がどこに住んでいるかとか、基本的な事柄については覚えているのだが、どういう経緯で今自分がここにいるのかは全くわからない。

「わからない……どうして、俺はここにいるんだ?」

「いや、私が聞きたいんだけど」

 イレースは至極まっとうな反応を呈したが、カーティスは混乱した面持ちで、記憶が無いことを主張する。


「全然わからない。どういう経緯で、俺はここにいる?」

「まぁ落ち着け。私も具体的な経緯は覚えていない。つまり、私達の共通した状況にある。体は完全に君につながってしまい、私の思考や感情は君にしか伝わらない。一方で、社会的な立場は私であるから、私としての振る舞いが君に委ねられることになる。つまり、協力するしかない」

「……あぁ、勿論だ。幸い、イレースさんはいい人そうだ」

「残念だが、私の立場はあまり良くない。状況を説明しよう……」


 その時だった。オフィスの扉が突如開け放たれ、大人びた女性のような人物が入ってくる。年齢としては20代であろうか。ブロンドの長髪を靡かせて、独特な色彩を放つ虹彩は、刃のように美しい鋭さを残している。言うなれば、とても思慮深そうだ。


「イレース、体調よくなったか?」

 その人物は、美しい声音でそう尋ねてくる。女性としての魅力たっぷりの佇まいに、カーティスは思わず見惚れてしまう。

 一方のイレースは、必死にカーティスに状況を説明する。

「カーティス! 彼女に事情を説明してくれ。彼女は私の同級生のイリアだ。彼女なら、ある程度の事象を理解できるだろう」


 しかし、カーティスは唐突なイレースの言葉にどうすればいいのかわからず、激しく狼狽する。

「え……あ……えっと」

「私の言葉に合わせて喋りなさい。”落ち着いて聞いてほしい。今の自分はこの体の本来の人格ではない”、自己紹介もして、”何らかの理由で、人間である自分がこの体に繋がってしまったらしい。心当たりはありませんか?”、こんな感じだろう」

 カーティスは、それを聞き入れゆっくりと同じ内容を喋る。

「落ち着いて聞いてください! 俺は、その、この体の持ち主とは別の人間で、その、カーティスというんだ。何らかの理由で、人間である自分がこの体に繋がったみたいなんだ。なんか、心当たりとかある!?」


 それを聞いたイリアは、怪訝な目でイレースの体を持つカーティスを見つめる。

「……何を言ってるんだ?」

 至極当然の反応であるが、恐らく半信半疑なのだろう。一定の距離で警戒心を緩めない。その態度は、同級生とは思えないほどの殺気を帯びている。

「”当然の反応だと思うが、我々も理解できない。今は体の主である私から指示を受けて質問している。信じてほしい”、はいどうぞ」

「当然な反応だと思う! だけど俺もわからないんだ! この体の持ち主、イレースから指示を受けて質問をしている。信じてほしい!」


 カーティスは、全身全霊で頭を下げる。

 すると、イリアは、右腕を突き出すようにカーティスに向ける。すると、イリアの右腕は徐々に変形を遂げ、ごつごつした岩肌のような皮膚に変貌する。そして、変形した前腕は花弁のように開き、開いた皮膚それぞれがかなりの殺傷能力を持っていそうな刃に変異した。

「言っていることは信じよう。だが、君が”宴”のものではない保証もない。私の質問に答えてもらおう」

 イリアは冷静に臨戦態勢に入っている。

 一方のイレースは、彼女の言うとおりにするように指示してくる。


「とりあえず今はイリアの言うとおりにして。詳しい事情は後で話せる」

「わかった。何をすればいい?」

「第一の質問だ。私の名前はなんだ?」

「……イリア?」

「第二の質問、お前はどこから来た?」

「ルイーザのザイフシェフト南エリアです」

「最後の質問だ。この腕を、我々は総称して、なんと呼んでいる?」

 イリアは、自らの腕を指してそう告げる。勿論、カーティスはそんなこと知らない。

「え…………今すぐ、イレースに聞いていいですか?」

「どうぞ」

 イリアは、変形していない方の手で促す。

「スポアだ。我々魔天の最も原始的な物性質変化の1つで、主戦力だ」

「す、スポア!」

「…………原理は?」

「原理!?」

「魔天で異なるが、我々のエネルギーはスポアに最も近い形状及び性質を持ち合わせる。イリアのスポアは、自らの肉体を媒体にして、スポアの性質を腕に帯びさせたもの」

 イレースの説明は若干難しく、すべてを言い切ることはできないと踏んだカーティスは、とりあえず本質のところだけを口にする。

「えっと……魔天のエネルギーの一番基礎だから!!」

「合格だ。君のことを信用しよう。恐らく何らかのトラブルに巻き込まれたのは事実だ。こっちに来い、一つ一つ状況を確認しよう」


 ようやく話を信用してもらえたカーティスに向かって、イリアは変異した腕を一旦しまい、隣の部屋に誘うように手で促す。

 それに従い、カーティスは隣の部屋に移動する。

 すると、そこは更にオフィスのような佇まいをした部屋が広がっている。ぱっと見る限り、研究機関といった所だろうか、大量のコンピューターやよくわからない機器で埋め尽くされている。

 部屋の片隅には、来客用と思われるスペースが設けられていて、カーティスはそこに座らされた。


「で、人間であるカーティス君がどうしてイレースの体につながってるんだ?」

 暫くして、イリアはそう言いながらコーヒーを二人分持ってきて、カーティスの目の前に置いた。そして、冷静さを取り戻すようにコーヒーを啜る。

 一方のカーティスは、自分がどういう状況にあるのかを未だに飲み込めておらず、イレースにどうすればいいのかを尋ねる。


「……どうすればいい?」

「とりあえずはイリアから状況を聞いてほしい」

「わかった。イリアさん、状況を説明してほしい」


 それを聞き入れたイリアは、カップから口を離し、早速現状について説明し始める。

「あぁ、ひとまず直近のことについて話そう。実は2ヶ月前から、君の体の持ち主であるイレースは、今起きているクーデターを止めるために何処かに向かっていた。そして、つい昨晩帰ってきて、ここのベッドで寝ていたところを、私が今日来て発見したらこのザマだったというわけだ。イレース、覚えているのか?」

 カーティスの耳を通して、意識下のイレースはそのことについて考えるが、全くもって記憶に無いらしい。それどころか、自分が2ヶ月前から何処かに向かっていたことすら記憶になかった。

「……全く、覚えていないらしいです」

「そうか。恐らくは、君が体に繋がったことが原因で、一種の記憶障害が起きたようだ。残念ながら、私もここから奴が離れた理由については知らない。極秘に動いていたみたいだからな。もしかしたら、イレースの部屋を調べれば何かわかるかもしれないが……」

「何か、あったんですか?」

「今は非常事態だからな。あまり表立って行動するのは危険だ」

「その、クーデター、ですか?」


 イリアの言葉に、カーティスは、先程聞いた「クーデター」という言葉を反復する。

 すると、それを聞いたイリアはため息を付きながら続ける。


「クーデター、まぁそんなところだな。実は今、この魔天コミュニティは今までにない危機に瀕している。君は人間であるから、魔天コミュニティの歴史について知るところではないとは思う。まぁ、簡単に言えば、より選民思想的な者たちが組織立って、人間が暮らしている領土を我が物にしようとしている馬鹿な奴らがいるって言う話だ。今まで人間と友好的な関係を結んできたものたちからすれば、立派なクーデターさ。で、私たちはそれを止めるために秘密裏に動いている。そのリーダー格が、君の体の持ち主であるイレースなんだよ。そして、さっき言った”宴”っていうのが、その過激な選民思想を持つ集団だ」

「……大変なことになってるんですね」

「敬語は使わなくていい。我々には性別や年齢の概念がないから、君たちとはかなりずれた言語の使うかもしれないが、許してくれ」

 そのイリアの発言に、カーティスは戸惑いながらも首を縦に振り、同様の状況にあることを告げる。

「あ、大丈夫。こっちも、魔天とは違う感覚で話すかもしれないから」

「お互いにそこは譲歩しよう。だが、さっきも言ったようにイレースは我々のリーダー格だ。これ以降の動向について、イレースに聞いてほしい」


 イリアの話を聞いていたイレースは、カーティスに対して状況を説明し始める。

 しかし、その口調は途端にフランクなものに変わった。

「実は私たちは……いやもうめんどくさい。僕らは魔天の肉体を軍事的に利用することをメインに研究している機関の職員なんだ。僕はこの機関の統率者として働いていて、今回のクーデターを目論む”宴”を調べている。だが、奴らも馬鹿じゃない、もうそろそろ秘密裏に奴らを調べているこっちに気づくはずだ。イリアに聞いてほしい。今、具体的にどういう状態なのかって」

 イレースの話に、カーティスは首肯し、眼の前にいるイリアに状態を確認する。

「今、現状はどうなっているのかを知りたいって」

「わかった。ここ最近”宴”の活動が活発になっている。コミュニティの中枢では、トゥール派がより勢力を拡大している。それに伴い、トゥール派はアーネストと、ベルベッドを自らに引き入れようとしている。二大勢力と言える2つを奪われたらかなり厳しくなる。研究員たちは戦闘能力が高いもの以外は一旦待機してもらっている。他の者達は、”エノクε”ととも区域Bにいる。こんなところでいいか?」


 出てきた話は意味の分からない言葉ばかりで半分も理解できないが、イレースは渋い声を上げて考える。

「……うーん、とりあえず僕が今まで通り指揮をとることはしないでおこう。メルディス側と連携することが最優先だろうけど、今からリーダーはイリアになってくれ、と伝えてほしい」

 イレースの考えを、カーティスはほとんど同じくイリアに伝える。

 すると、イリアはその考えを拒むように首を振る。


「ダメだ。こんな状況、少数精鋭だったとしても伝えれば混乱を起こす。このままイレースが続けて指揮をとってくれ。だが、意識は完全にカーティスによるところになるらしいから、君にも迷惑をかけるだろうが、よろしく頼む」

「え!? つまり、俺が今回のトラブルに巻き込まれるってこと?」

「当たり前だろう。そもそも、今現在君を元に戻す術はない。第一君の肉体も見つかってないし、どういう経緯で君が体に繋がったのかわからない。謎が多すぎる。我々も出来る限り協力するが、イレースの代わりに今回の件に協力してくれ」

「…………無理だ! 俺、一般人なんだぞ!?」


 カーティスは、当然の反応を示したが、一方のイリアは、殺気立った顔つきでカーティスを睨みつける。


「これは苦肉の策だ。私だって一般人でなんの技能もない君にリーダーを任せるのは危険だと思っている。だが、現状混乱を招いて統率が取れなくなるよりは遥かにマシだと考えている」

「ごめんカーティス、イリアは結構辛辣だった」

 あまりにも遅すぎるイレースの忠告に、カーティスは黙したまま彼女を見据える。

「どっちにしても、君もそのままチビで弱々しい佇まいのイレースの体に居続けるなんて本意じゃないだろう?」

「おいこら聞こえてるぞ」

「聞こえてるってイレースが言ってますよ」

「知るか。大体、貴様が腑抜けているからこんな目にあってるんだ。いい加減にしろ雑魚」

 悲惨な言われようにイレースは完全に沈黙してしまう。

 恐らくはコンプレックスを刺激されているのか、悔しそうな呼吸音が聞こえてくる。

 対してカーティスは、流石にひどすぎる言い分に怒りを露わにした。


「流石に言いすぎだと思うんだけど」

 その言葉を聞いて、イリアは溜息をつきながら笑う。

「まぁいいわ。流石に私も言葉遣いに気をつけるべきだった。じゃあ、私は区域Bに戻る。全体会議をしたいから、2人も2時間後にここを出る。それでいい?」

「イレース、それでもいい?」

「問題ない。先に行っていてくれと伝えてくれ」

「問題ないそうです」

 それを聞き終えると、イリアは手を振ってオフィスから出ていってしまう。


 夕暮れ迫るオフィスの中は、がらんとした沈黙に包まれた。



 とても久しぶりに当サイトを利用するので少し緊張しています(*´ω`*)

 今回は初めてのファンタジーものに挑戦していきたいと思います!

 連載の練習でもあるので、一週間に一度更新することを目標にお話を書いていきたいと思います。何分ファンタジー小説は初めてなので、至らない点やお見苦しい点も多いかもしれませんが、完結を目指して頑張っていきたいと思うので、お目に留まったらぜひぜひご覧になっていってくださいね(*´∀`*)

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