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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
お祭りの季節は忙しいんですよ編
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仕込み開始 その二

 カルナも一目見ただけで器用に作業を手伝い始めた。タッパ容器を次々に温水ヒーターの上に並べていく。

「チャンの作り方とちょっと違うわね。この種麹って輸入したの? ラメシュ先生」

 ラメシュが最後のタッパ容器を温水ヒーターの上に置いて、軽く肩と首を回した。

「国産ですよ。バクタプール郊外で契約栽培している稲作農家から採取しています」

 稲ワラに付着している黒っぽい毛玉状のモノを採取すると話してくれた。それを集めて培養し、粉にしたものが種麹だ。

 培養の方法も比較的簡単で、強アルカリ性の木灰の中に入れている。他の菌は生育困難な環境なのだが、コウジカビは耐える事ができる。


「ですがこの方法ですと、いくつかの種類のコウジカビが一緒に培養されてしまいますけれどね。納豆菌も混じります。単離培養というわけではないんですよ」

 カルナが腕組みをして小首をかしげた。

「うーん……ジヌーで出来るかも。ナヤプルには棚田があるし。温泉をパイプで引いているから温度管理もできるわよ」

 肯定的に首を振るラメシュだ。

「試してみる価値はありそうですね。ちなみに、この後の作業はこんな感じです」


 ラメシュが明日以降の作業の概要を話してくれた。

 種麹をご飯に混ぜて二日後、ご飯の量の三倍くらいの容量のタンクに移す。これに酒の臭いがする水を加えて、数日間ほど水温を六度に維持する。

「ですので、ジヌーでも寒い時期に仕込んだ方が良いでしょう。暑い時期はセヌワで仕込むとか」

 カルナが納得した。

「チャンづくりと、この辺りは似ているのね」

 ラメシュが軽く頭をかく。

「ですが、日本酒やどぶろくの場合は、こうなってから再び水温を上げるんですよ。二十五度くらいまで上げます。セヌワで仕込む場合はヒーターが必要ですね」

 温度を上げる理由は、働く菌の種類を切り替えるためだ。低温では乳酸菌が主に働いて酸っぱくなっていくので、このままでは酒にならない。途中で温度を上げる事によって酵母菌が働く環境にする。これで待望のアルコール発酵が始まる。

「どぶろくの場合は、一日一回混ぜて十日間から一ヶ月間ほど発酵させると完成かな。だけど、空気と触れると酢を作る菌が働いてしまうから、気をつけないといけないけど」

 カルナがクスリと笑った。

「あー……チャンの仕込みでもよく起きる失敗よね。それって」


 どぶろくは白く濁っている酒なので、できるだけ早めに飲み切るのが良いだろう。時間が経過すると混濁物が沈殿してしまうし、酸っぱくなりやすくなる。

 ラメシュが話を切り替えた。

「どぶろくは、こんな感じですね。日本酒の場合は、殺菌するのが一般的かな」

 水温六十度で三十分間加熱する殺菌方法が無難らしい。ただし、アルコールや酒の風味も飛んでしまいやすくなるので、密閉容器内で加熱する必要がある。加熱終了後は自然冷却させて、常温まで下げてから容器のフタを開ける。

 このままでは白く濁ったままなので、ろ過する。

「コウジカビは強アルカリ性に耐える菌なので、木灰を加えてから活性炭でろ過すると良いかな。KLとは真逆の処理になりますね」

 ちなみに日本酒を商業的に仕込む場合は、水温六度を二十五度に上げる前の段階で、新たに三倍の量の蒸したご飯と水を加える。これを水温六度で発酵させて増量させていく方法だ。

 ただ、これもあんまり増量を繰り返すと、乳酸菌と酵母とのバランスが崩れてしまうので良くない。


 カルナが細い目を閉じた。

「そういう情報は、今は聞かなかった事にするわね。狂喜する人が多いから」

 ラメシュも低温蔵の外で転がっているままのゴパルを見て、軽く頭をかいた。やっとアルビンがゴパルに気がついたようで、サンディプの手を借りて近くのベンチに運ぼうとしている。

「そうですね……ついつい調子に乗って話してしまいますね。気をつけます」

 カルナが一つだけ質問した。

「で……これって蒸留するとロキシーになるの?」

 素直に肯定するラメシュだ。

「はい。米焼酎ですね。今度はネワール族が喜ぶ事になりそうです。日本酒ですが、殺菌せずに何年も熟成させる事もできますよ。今回は、それも少量仕込む予定です」

 そう説明してから、苦笑気味に肩をすくめた。

「クシュ教授の話ですと、ドロドロな風味になって美味しくないという話ですね」


 続いては古代酒の仕込みの順番になった。ここでは圧力鍋でご飯を炊いているのだが、量は少なめだ。ラメシュがご飯をタッパ容器に移しながら話す。

「これは少量ですので、手伝ってくれなくても構いませんよ。今回はご飯を四Lだけ炊いてます。これを人肌の温度にまで冷ましてから、種麹を振りかけます」

 カルナが小首をかしげた。

「どぶろくと同じなのね」

 肯定するラメシュだ。

「ですね。まずは麹を作ります。二日後に麹が出来上がったら、古代酒の仕込みに移りますよ」


 その工程は以下のようなものらしい。

 炊いたご飯十リットルをタンクの中に移し、出来上がった麹を四リットル混ぜて、酒の臭いがする水を九リットル注ぐ。これを十日間ほどかき混ぜながら発酵させる。発酵したら布でろ過して、どぶろくを得る。

 再びご飯を炊いて麹を混ぜ合わせ、水の代わりにどぶろくを注いで発酵させる。これを布でろ過して、再びどぶろくを得る。この工程を四回ほど繰り返す。


 興味深く聞いているカルナにラメシュが穏やかに微笑んで話を続けた。種麹を人肌の温度になったご飯に振りかけて混ぜ合わせる。そしてタッパ容器のフタを閉めた。

「最後に、モチ米とモチ粟を炊いて、さらに小麦の芽を加えて蒸します。これに麹とどぶろくを加えて発酵させます。加熱殺菌はせずに、最後にロクタ和紙でろ過して完成させる予定ですよ」

 完成状態を想像してみるカルナだ。

「……確かに甘くなりそうね」

 ラメシュがうなずいた。今は圧力鍋を水洗いしている。

「アルコール甘味料といった感じかな。カルナさん、手伝ってくれてありがとう。ゴパルさんが使い物にならなかったから、本当に助かりました」

 照れているカルナだ。

「嫌な予感がしてたのよね。来て良かったわ」


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