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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
お祭りの季節は忙しいんですよ編
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仕込み開始 その一

 カルナが低温蔵へ手伝いに登ってきた。ラメシュが出迎えて、合掌して挨拶をする。ラメシュの目の下にはクマが生じていて、かなり疲れているような表情だ。

「こんにちは、カルナさん。本当に助かります」

 カルナが照れながら合掌して挨拶を返し、低温蔵の入り口でウィスキーを飲んで盛り上がっているアルビンとサンディプをジト目で見つめた。隣ではゴパルが真っ赤な顔になって倒れている。

「やっぱりこうなったか」


挿絵(By みてみん)


 カルナが勝手に民宿ナングロへ入っていって、泊まる部屋を強引に確保してきた。数名のグルン族の強力達が悲鳴をあげて宿から追い出され、逃げ去っていく。

 その後ろ姿を見もせずに、ニッコリ笑顔をラメシュに向けた。ポケットに唐辛子スプレーを突っ込んでいるのが見える。

「お待たせ。何から手伝えばいい?」

 ラメシュが代わりに強力達の後ろ姿に合掌してから、軽く頭をかいて恐縮した。

「そうですね……色々とあります。すいません、ゴパルさんが使い物にならないので、仕事が溜まっているんですよ」


 今回は、日本酒とどぶろく、古代酒を仕込む予定だ。モチ米とモチ粟は古代酒の仕込みで用いる。ラメシュがカルナに作業の説明をしながら、気楽な表情で微笑んだ。

「まずは、日本酒とどぶろくから始めましょうか。見た目はネパールの地酒のチャンに似ているんですが、使う菌は別物です」

 種菌の材料も違っていて、日本酒やどぶろくでは蒸した米を使うのだが、チャンでは水を吸わせた生の米を使う。ここで言うところの種菌とは、種麹たねこうじだ。

 見た目は日本酒やどぶろく用では粉状で、チャン用では団子状と異なる。菌の種類は前者がコウジカビで、後者がクモノスカビである。

「なので、チャンはチベットや中国の酒に似ていますね」

 カルナは酒を飲まないので、普通に聞き流しているようだった。

「ふうん……色々あるのね」


 ラメシュが低温蔵の入り口で倒れているゴパルを蔵から押し出して、作業の邪魔にならないようにした。グルン語で何やら歌っているアルビンとサンディプも押し出す。

「ふう……さて、と。日本酒とどぶろくは、作業の単純化のために同じ処理をしています。一番最初に仕込むのが、この水ですね」

 そう言ってから、フタを外した大きなプラスチック製の容器を指差した。水がたっぷりと入っている。カルナがよく見ると、容器の底には結構な量の米も沈んでいた。それに、布袋も沈んでいる。

 ラメシュがその布袋を容器から取り出した。早くも酒の臭いがしている。

「米と同じ量の水ですね。この袋の中にはオニギリが一つ入っています。毎日一回ずつ容器を混ぜていくと、三日後にはこんな風に酒の臭いがしてくるんですよ」

 カルナが少しジト目になってうなずいた。

「チャンの臭いとは、ちょっと違うのね。でも、これって酒の臭いがする水でしょ」

 ラメシュが気楽にうなずいた。

「ですね。酒を仕込む際に使う水として、これを使うんですよ。この水には空気中の酵母がたくさん入っていますからね、発酵を手助けしてもらえます」

 そう言ってから、軽く肩をすくめた。

「……ですが余計な仕事をして、変な風味になる事もありますけれどね。外で転がっているゴパルさんのような感じです」

 カルナが深くうなずいた。

「的確なたとえね」


 ラメシュとカルナが作業用のツナギ服に着替えて、低温蔵の扉を締めた。

 蔵の中ではご飯がちょうど炊き上がった所だった。キノコのジャガイモ種菌をまとめて加熱殺菌するタンク式の大きな圧力筒だ。容量は二百リットル以上あるらしい。

 圧力筒を開けると、中に十個の大きな鍋が入っていた。鍋の容量は十リットルほどで、全てに炊きたてご飯が詰まっている。

 このご飯を大きめのプラスチック製のタッパ容器に移してフタをする。十個もあるので、少しジト目になるカルナだ。

 ラメシュが鍋の底に残ったご飯粒を水洗いしながら、軽く肩をすくめて笑った。

「標高が高いので、普通に炊いただけですと芯が残ってしまうんですよね。大量生産は難しいです」

 カルナも洗い場を手伝いながらジト目を低温蔵の外に向けた。まだグルン語の歌が聞こえている。

「酒飲みばかりだから、いくら仕込んでも足りないわよ。そのわりには、すぐに酔っぱらうけど」


 圧力筒の内部と鍋を洗い終わり、ラメシュがフタをしているタッパ容器に触れた。

「こんなものかな。人肌の温度にまで冷まします。熱いままですと、コウジカビが死んでしまいますからね」

 そう言って、保管庫からプラスチック袋に入った粉を取り出した。黄色と緑色とが混じり合っている。カルナが一目見て言い当てた。

「それが種麹か。パンに湧くカビの色みたいね」

 ラメシュが気楽な表情でうなずいた。

「実際、カビですね。これを炊いたご飯の上に振りかけます」

 ラメシュがタッパ容器のフタを開けて、さっと種麹を振りかけていく。そしてご飯とよく混ぜてからフタを閉じた。温水ヒーターの上にタッパ容器を運んで乗せる。

「……ふう。三十五度に設定しています。これで二日間ほど寝かせると、ご飯の表面に白色や薄黄色のカビが張ってきます。そうなった状態を麹と呼ぶんですよ。種麹とは別ですね」


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