シャウリバザール
チヤと軽食を終えてから、カルパナにシャウリバザールまで送ってもらったゴパルであった。ゴパルは恐縮して遠慮したのだが、カルパナに押し切られてしまった形だ。
「カルナちゃんとシャウリバザールの茶店で会う約束をしています。野生キノコのお礼を言わないといけません」
ジプシーはオフロード仕様車なので、少々の悪路でも問題なく走破できる。放牧されている水牛や牝牛、それに鶏やアヒルの群れを見事にかわしながら、楽しそうに運転していくカルパナであった。
その横顔を見てゴパルが苦笑している。
(ダサイン大祭中はひたすら料理や行事なんだろうなあ……気分転換には良いのかも知れないな)
段々畑には枯れたミカンの木があちらこちらにある。カルパナが牝牛の群れを回避してから、助手席に座っているゴパルに話しかけた。
「パメでのミカン復活事業が順調です。来年か再来年には、このミカン畑に苗木を植える事ができると思いますよ。いよいよですね」
ゴパルも枯れ木を見上げながら力強くうなずいた。
「そうですね、私も楽しみです。育種学のゴビンダ教授に感謝しないといけませんね」
クスクス笑うカルパナだ。今度はロバ隊をスルリと追い抜いた。
「KLの助けもかなり大きいですよ。肥料がなければ苗木は育ちません」
シャウリバザールに到着したが、駐車場がないので少し奥にある茶店の前に停めた。その茶店からカルナが飛び出てきて運転席のカルパナに手を振った。
奥からはプン族の茶店オヤジがニコニコしながら顔を出している。早くもチヤを用意している様子だ。
カルパナが車から下りて手を振って挨拶を返した。
「カルナちゃん、こんにちはー。ダサイン大祭で忙しいのにごめんね。はい、ティハール大祭のライブのチケット。なぜか私とサビちゃん、レカちゃんも参加する羽目になっちゃったけど」
ニッコニコの笑顔でチケットを受け取ったカルナが、一重まぶたの黒い瞳をキラキラさせた。
「絶対に見に行きますねっ。やったー」
ゴパルも車から降りたのだが、全く眼中にない様子である。カルパナの手を引いて茶店のベンチに案内した。茶店オヤジが出してきたチヤをすぐに受け取ってカルパナに渡す。
そのまま女子トークが始まった。取り残されたゴパルがとりあえずベンチに腰掛ける。茶店オヤジがニヤニヤしながらチヤを渡した。前歯が何本か抜けた笑顔だ。
「ああなると長いぞ」
ゴパルがチヤをすすって同意した。
「ですよねー……」
翌朝、ジヌー温泉ホテルから出立するゴパルを、アルジュンとカルナが呼び止めた。カルナが持っている盆には、赤く染めた米が乗っている。それを見てすぐにゴパルが理解した。
「今日も朝から忙しいでしょう。気に掛けてくださらなくても構いませんよ」
アルジュンが赤く染めた米をつまんでニンマリと笑った。
「今日はダサイン大祭十日目ですぜ、ゴパル先生。ティカをつける決まりっすよ」
カルナが盆から大麦の芽を取って、それをゴパルの頭の上に乗せた。
「これも決まり事でしょ。ドゥルガ神はポカラの土地神なんだから、ダサイン最終日くらいちゃんとお祝いしなさい。バチが当たるわよ」
そう言われてしまうと、ぐうの音も出せなくなるゴパルであった。
ダサイン大祭の十日目は、女神ドゥルガが水牛の魔神に打ち勝った記念日だ。ジャマラという大麦の芽を頭や耳の上に差し、ティカを額に付ける。
このティカはダサイン大祭版で、炊いた米にヨーグルトと赤い色素を混ぜたモノを使う。この儀式は各家庭の家長が家族に施すのだが、ゴパルの場合はアルジュンが代わりにやってくれた。定宿にしてくれている礼だろう。
ティカを付ける時刻は前もってアナウンスされる。今回は朝の九時四十五分だった。
ゴパルにティカを付けたアルジュンがニンマリと笑った。
「今はまだ朝の七時過ぎだけどナ。今日中にABCへ着くなら仕方がないよナ。ドゥルガ様も気にしてないだろうさ」
カルナもニンマリ笑っている。
「セルローティも焼いたから、いくつか持っていきなさい。ティカを付けたままじゃ、登山するのに邪魔になるでしょ。洗面所で顔を洗ってきてもいいわよ、ゴパル先生」
頭をかいて両目を閉じるゴパルだ。
「そうですね……そうします」
カルナがコホンと小さく咳払いをして、改まった口調になる。
「ええと……確か明日に、強力隊が低温蔵にモチ米とモチ粟を届けるのよね?」
ゴパルが素直にうなずいた。
「はい。甘味料を作る予定です。他に普通の米を使って、どぶろくを仕込む予定ですよ。日本酒で使う種麹を培養しましたので、それを使います」
そう話しながらスマホを取り出して確認する。
「四日後くらいに米を蒸して、種麹と混ぜます。どぶろくが出来上がるのは、それから二週間後以降かな。甘味料は発酵に時間がかかるので、もっと後ですね」
カルナもスマホを取り出して、カレンダーを確認してからニッコリと微笑んだ。
「分かった。四日後、低温蔵へ遊びにいくわね。ラメシュさんから人手が足りないかもって、チャットが来てるのよ。助けに行ってあげる」
頭をかいて感謝するゴパルであった。
「ありがとうございます。当日は他の酒も仕込む予定なんですよ」
アルジュンがニヤニヤしてカルナを小突いた。
「宿の仕事は任せておけ。バイトを雇ったから大丈夫だ」
カルナが耳の先を赤くしながら小突き返した。
「どぶろくが飲みたいと言ってたのは父さんでしょ。手伝えば、酒を確保できる枠が増えるから行くだけだってば」
恋の気配がしてきたので、そそくさと洗面所へ行く事にするゴパルであった。
「では、ちょっと顔を洗ってきますね」




