羊ビュッフェ開始
欧州の観光客がパイ包み焼きに殺到していった。米国の観光客は子羊の腿肉のグリルへ向かっている。さすがバーべキューの国だ。
インド人の観光客は当然のようにカレーに群がっていく。中国人の観光客は地ビールに興味がある様子である。サト達は早くもスマホを片手にして自撮りを始めていた。
カルパナやレカ達は、これから嫌ほど山羊料理を食べる運命なので内臓料理を選んでいるようだ。子羊の胃を煮込み、それを切り分けて皿に盛りつけている。一般的には牛の胃を使う事が多いのだが、ここでは子羊だ。
付け合わせは、タマネギのローストとラプシのアチャール。これにパセリを多く使ったソースをかけている。
ゴパルは脳のパイ包み焼きに挑戦していた。これが最初に食べ尽くされる予感を感じたためだろう。
皿に盛りつけてもらい、興味深く眺める。スヌワール家でも山羊料理をよく食べているので、脳それ自体は見慣れているのだが。
(へえ……調理方法が違うと別物に見えるなあ)
給仕の説明によると、羊の脳をトマトと一緒に煮て酸味をつけ、それを薄いパイ生地で包んでオーブンで焼くらしい。
既に切り分けられているので断面もよく見える。白ワインも用意してから早速食べてみるゴパルだ。
「……おおう。口の中で溶けて美味しいな」
パイ生地が薄いので、口当たりの邪魔にならない。
(なるほど。欧州の人達が熱中するのが分かる。家では煮込んでしまうから、ここまでトロトロにならないんだよね)
家で作る場合は、なるべく冷凍モノは避けた方が良いだろう。臭みが出てしまう。
新鮮な脳を冷水に漬けて血抜きをし、ダシ汁で茹でて少し火を通してから薄皮をむく。このままでは水分が過剰なので、ペーパータオル等を使って拭いて、軽い重石を乗せて水分を抜く。後は好みの方法でトマト煮をし、パイ包みにしてオーブンで焼けば完成だ。
白ワインをお代わりしてから、続いて子羊のローストに向かった。この料理は一般的なので、ヤマとアバヤ医師しか居ない。その二人とも白ワインを手にしている。
ゴパルが来たので手招きして歓迎するアバヤ医師だ。
「やあ、ゴパル君。これからしばらくの間は山羊料理ばかりなのに、よくここへ来たね」
ゴパルが頭をかいた。
「ABCでは山羊の首切りはしませんからね。ゴミが多く出て環境破壊になってしまいます。山羊料理も期待できないと思いますので、ここで食べますよ」
なるほど、と納得するアバヤ医師とヤマである。
他の理由としては、腿肉のグリルには米国人の観光客が群がっているので、こちらへ来たようだ。赤ワインの消費が激しいので、ゴパルが白ワインを飲もうとしたせいでもある。
子羊のローストだが、キャレと呼ばれる骨付きの背肉を使っている。この背肉を掃除してから下ごしらえし、オーブンで焼く。火が通ったら数枚に切り分けてソースをかけて食べる。今回のソースは白ワインとトマト、子羊のダシ、エストラゴンをクリームでつないだものだった。
付け合わせとして、ジャガイモのグラタンがある。クリーム系のソースなので、口当たりに変化を出すためにリンゴジャムも選択できるようになっていた。
これはチャーメ産の早生リンゴを使っているので酸味が強めらしい……のだが、ゴパルは遠慮している。どうもインド産のボケたリンゴの印象がつきまとっているようだ。
骨付きの背肉なので、結局は骨を手でつかんでかじりつく事になる。近くに手洗い場があるので、行き来しながら食べている三人である。
ジャガイモのグラタンが思いの外お腹に溜まってきて、他の料理を食べておけば良かったかな、と後悔しているゴパルであった。
ヤマがこの後のチーズを考慮して食べる量を調節しながら、ゴパルに笑いかけた。
サト達は米国人観光客に混じって、赤ワインをガブ飲みしながら腿肉のグリルをがっついている。水牛君があーあー言ってるので上機嫌なのだろう。
「子羊のローストって、フランス料理を代表するようなものなんですよ。ありふれた料理なので、こういった場面では人気がないですよね。美味しいんですけどね」
アバヤ医師もヤマに同意して白ワインを飲んだ。
「そうだな。クリーム系のソースだから、ワシのような年寄りには腹に溜まって多く食べる事ができないな。それだけが、ちょいと残念だがね」
ゴパルが軽いジト目になって、アバヤ医師にツッコミを入れた。
「私よりも大食いだと思いますよ」
他にも羊料理が出されてきたのだが、既に腹いっぱいになってしまったゴパルであった。仕方がないので白ワインをチビチビすすりながら、カルパナやレカ達と談笑する。
ナビンとラビンドラはサト達と一緒になって、まだせっせと食べ続けている。とても話しかける雰囲気ではなかった。
そうこうするうちにデザートや果物、チーズの盛り合わせが出てきた。同時に、疲れた様子のサビーナがコックコート姿でロビーに顔を出してくる。一応エプロンは新品に取り替えているようだ。カルパナにもたれかかって、深いため息をついた。
「ひえええ……忙しかった~」
カルパナが給仕から白ワインのグラスを一つ受け取り、それをサビーナに手渡した。
「お疲れさま~サビちゃん。料理はどれも美味しかったよ。客も喜んでるみたい」
というよりも、酒盛りの宴会のような雰囲気になってきているようだが。米国人の観光客を中心にして、別料金のウィスキーやブランデーを飲みながらご機嫌に何やら歌い始めている。サト達も酔っぱらっていて、日本語の歌を歌い出した。
協会長がロビーに顔を出してきたが特に何もしないようだ。そのまま事務室に戻っていった。
その後ろ姿をゴパルが見送っていると、ヤマがニコニコしながら数種類のチーズを皿に乗せてやって来た。ワインも継ぎ足している。
「前回よりもさらに風味が良くなっていますね。青カビチーズだけは、今一つですけど」
ゴパルが頭をかいて謝った。
「すいません、ヤマさん。ABCに近いセヌワという集落で青カビを採取したのですが、管理に失敗してしまいまして台無しになりました」
レカがやって来て、ゴパルのシャツの裾をつかんで引っ張った。ヤマにはスマホ盾を向けている。彼女は赤ワインを飲んでいて、少し酔っぱらっている印象だ。ディーパク助手は既に酔っぱらっていて、ソファーで寝ている。
「そうだぞー、このゴパル山羊ー。良い菌をさっさと寄越すのだー」
両手を上げて降参のポーズをとるゴパルであった。
「ハワス、レカさん」




