ルネサンスホテルに戻って
首切り仕事が終わったので、スバシュのピックアップトラックの荷台に乗ってホテルまで送ってもらったゴパルであった。ナビンとラビンドラに挨拶して見送り、小走りでロビーに入る。
協会長が少し呆れたような笑顔を浮かべて出迎えてくれた。
「これはまた、ずいぶんと返り血を浴びましたね。血の臭いもかなりしていますよ」
ロビー内には欧米やインド、中国からの観光客が寛いていたのだが、ゴパルの姿を見て驚いている。スマホで撮影を始める客も出てきた。
背中を丸めて恐縮するゴパルだ。いつもの男スタッフからバスタオルを一枚追加して受け取る。
「ですよね……急いで部屋に戻って体を洗ってきます。服は……このまま処分かな」
全身に浴びた返り血を洗い流してから、シャツとジーンズをぬるま湯を使って洗剤で洗ってみる……が、やはり落ちなかった。仕方がないのでゴミ袋に入れる。
(普通の洗剤じゃ落ちないよね……)
ネパールでは他にもシャツがダメになる祭祀があるので、特に気にしていない様子だ。
時刻を確認して、ノート型パソコンを机の上に置いた。まだ羊ビュッフェまでは時間がある。軽く頭をかきながら電源を入れた。
(さてと、溜まっている経理報告でも仕上げるかな)
ほとんどの支払いは電子決済なのだが、細々とした現金での買い物も多い。
羊ビュッフェの開始時刻になったのでロビーに下りると、既にレカがスマホ盾を装備してウロウロしていた。ゴパルを見つけて挙動不審な動きで近づき、ぎこちなくて怪しい笑顔を浮かべる。
「や、やあ。ゴパルせんせー。お日柄も良くて洗濯日和でごじゃるなー」
ゴパルが小首をかしげて挨拶を返した。
「こんにちはレカさん。珍しいですね、ビュッフェが始まってから来ると思っていました」
苦虫を噛み潰したような表情に変わるレカだ。とりあえずゴパルにローキックを放つ。
「クソ兄の策謀のせいー。ダムサイド向けの車の配送がー、この時間しかなかったー」
ラジェシュさんも苦労しているんだなあ……と同情するゴパルであった。
そこへトイレから出てきたディーパク助手が小走りでやって来た。ゴパルに手を振って挨拶する。
「ゴパル先生、ご無沙汰ですね。ドローン輸送の試験の時に会えるかなと思ったのですが」
助手同士なのでゴパルも手を振って挨拶を返した。
そのディーパク助手のシャツの裾をレカがつかみ、ジト目で見上げる。彼の身長はゴパルと同じくらいで百七十センチほどである。ゴパルが少し引き締まった分だけ、二人の体型が似てきているような……ボサボサ頭は似ていないが。
「トイレは早く済ませろー。わたしがナンパされたらどーすんだー」
……等と喚いているが、雰囲気はすっかり彼氏彼女のソレだ。目を点にしているゴパルに、ディーパク助手がボサボサ頭をかきながら照れた。
「……まあ、そんな感じです。はい」
気分が落ち着いたのか、レカの挙動不審な動きも収まってきた。ゴパルにニマニマ笑いの顔を向ける。
「聞いたよー。パメと寺院で首切り仕事したんだってー? ごくろーさまー」
両目を閉じて肯定的に首を振るゴパルだ。
「さすがに情報を得るのが速いですね。首切り仕事をすると、精肉工場の作業員を尊敬しますよ」
レカがニマニマ笑いながら話を続ける。すっかりディーパク助手を新たな盾に使っているようだ。その盾はゴパルには向けていないので、かなり気楽な口調になってきている。
「酒なしだから大変だよねー。うちも山羊の首切りやったけどー、男衆は今、酔っぱらって寝てるー」
ディーパク助手がボサボサ頭をかきながら話を継いだ。素朴な笑顔を浮かべている。
「私も手伝いました。ロキシーやチャンをたらふく飲んでしまいました、ははは。レカさんが蒸留したロキシーは美味しかったですよ」
レカが照れて、ぐぎゃぐぎゃ言い始めた。ネワール族は様々なロキシーを仕込むのだが、今回は米の蒸留酒だったようだ。度数は五十度くらいになる。チャンはどぶろくで、これも米を醸造して仕込む。
カップルの会話になってきたので、そそくさと退散する事にしたゴパルであった。




