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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
お祭りの季節は忙しいんですよ編
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寺院でも手伝い

 何軒も農家を回ってようやく作業を終えると、三人とも返り血を全身に浴びて真っ赤になっていた。ゴパルが自身のシャツを摘まんで小さくため息をつく。

(洗濯しても落ちないだろうなあ。捨てるしかないか)

 パメの交差点でチヤ休憩をしていると、スバシュがピックアップトラックを運転してやって来た。彼もまた血まみれである。

「ナビン様。隠者様がバドラカーリー寺院まで来てほしいと連絡してきました。首切りの人手が足りないそうです」

 こうなる事は予想していたらしく、軽く背伸びをして立ち上がるナビンとラビンドラだ。空になったチヤのグラスを茶店のオヤジに返却して、代金を支払っているゴパルに聞いた。

「ゴパル先生はどうしますか?」

 少し考えたゴパルが気楽な表情で答えた。

「夕方までにホテルへ戻ればいいだけで、今日は他に用事はありません。付き合いますよ」


 しかし、ピックアップトラックの荷台に乗ってバドラカーリー寺院へ向かう前に、ビンダバシニ寺院へ寄る事になった。ラビンドラの親戚がそこで雄山羊の首切りをしているのだが、ケガをしてしまったらしい。

 ケガ人はゴパルと初対面だった。マレパタン地区にはほとんど行っていないなあ……と思うゴパルである。

 ラビンドラとナビンが手早く応急措置を済ませて、アバヤ医師の病院まで同行する。ケガは指をククリ刀で切ってしまったもので、特に深刻な状態ではなさそうだ。

 ビンダバシニ寺院の周囲は地元客と観光客とで賑わっていた。特に、寺院内で雄山羊の首切りをするのを見に行く外国人観光客が多い。スマホで撮影している者も居るようだ。


 ナビンが観光客を荷台から眺めながら、ゴパルに話しかけてきた。少し呆れているような表情と口調である。

「ビンダバシニ寺院では毎週二回、家畜のいけにえを捧げているんですけれどね。その時に来て撮影すれば良いと思うのですが」

 この寺院に祀られている神は多数居るのだが、主神はポカラの土地神でもあるドゥルガだ。寺院はちょっとした丘の上に建っていて、百段ほどの階段で行き来できる。白い塔がいくつも立っているので、見栄えがする寺院だ。

 そのため、観光地としても知られている。ゴパルも何度か参拝していて、アバヤ医師のジョギングコースでもある。


 そのアバヤ医師の病院にケガ人を送り届けたのだが、やはりケガ人が多発しているようである。待合室が人だかりで埋まっている。

 実際の治療診断は彼の息子が行っているので、アバヤ医師自身はケガ人の状態を見て回って雑談していた。太鼓腹が少しへこんだように見える。

 ナビンとラビンドラが彼に挨拶してから、ケガ人を診せた。アバヤ医師が傷口を調べて気楽な表情で答える。

「うむ。良い応急措置だな。後はワシに任せなさい」

 実際に治療するのは彼の息子なのだが。ほっとした表情のナビン達三人に、ニヤリと微笑む。

「夕方に、サビーナ嬢の店で羊のビュッフェがあるそうだな。仕事をして腹を減らせてうかがうよ」


 その後でようやくバドラカーリー寺院へ到着した。ここも丘の上に寺院が建っているので階段を上っていく。隠者と修験者達がジト目になって出迎えた。辺り一面血の海である。

「寄り道するなら連絡をよこしてくれ。山羊どもが待ちくたびれておるぞ」

 ゴパルが見ると、寺院に向かう雄山羊の列がある。列の先では修験者と司祭が、無表情で淡々と雄山羊の首を切っていた。農家でやっていたような、雄山羊の背に水をかけるという事は面倒なのかしていない。


 首を切られた雄山羊の首からは鮮血が噴き出していて、寺院内のご神体や壁に降り注がれている。おかげで小さな寺院が真っ赤に染まっていた。寺院へ続く石の階段は、血の流れで川のようになっている。

 血を捧げた後の雄山羊は、参拝者が引き取って持ち帰っていった。家で料理して食べるのだろう。


 と、鈴の音が聞こえたのでゴパルが注目すると、パメの段々畑やジェシカ達に悪さをしていた鈴付き雄山羊の姿があった。暴れて反抗していたのだが、筋骨隆々とした修験者達に押さえつけられて、あっという間に首を切られてしまった。

 呆気ない最期に、心の中で黙とうを捧げるゴパルだ。

 ちなみに修験者の半数は白塗り全裸で、もう半数は半ズボンを履いている。しかし全員が裸足で、白塗りも半ズボンも赤く染まっているが。

 ゴパル達は雄山羊の列が乱れないように押さえつける役だった。雄山羊を引っ張ってきた参拝者と協力して、列に並ばせる。この寺院はそれほど有名ではないので、観光客の姿も少なかった。しかし、ビンダバシニ寺院以上に血の海なのでショックを受けている人も居るようだが。


 結局一時間ほどすると、雄山羊の首切り作業を終える事ができた。手を洗ってチヤ休憩を始める隠者達だ。それにナビン達も加わって雑談をしている。皆、仕事を終えたという満足な表情だ。全身血まみれだが。

 隠者がゴパルの前に歩いて来て、右手をかざして労をねぎらった。左手にはチヤを持ったままだ。

「ラムラム……良い仕事ぶりであった。バドラカーリー様も喜んでおられるだろう」

 照れて頭をかくゴパルである。髪も血でベットリしているのだが気にしていないようだ。

「ありがとうございます、隠者様。ナウダンダの桃園も良い収穫だったそうで良かったですね。私は言いつけ通りに桃園の中には入っていませんが、カルパナさんからそう聞きました」

 隠者がニッコリと微笑んだ。琥珀色の鋭い瞳なので、笑ってもかなりの迫力がある。今は血まみれなので、なおさらそう感じる。

「桃園は秘密にしておいてくれ。ここの観光客のように荒らされては敵わんのでな」

「了解しました、隠者様」


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