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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
氷河には氷があるよね編
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ニッキ

 早速、ゴパルがレインウェアのフードを下ろした。

「部屋は空いていますか?」

 宿のオヤジのニッキが、さらにニッコリと笑った。太い眉毛がヒョコヒョコと上下している。

「この時期はチャイ、いつでも空いてますぜ。ま、チヤを出しますんで、ちょっと待っててくだせえ」


 薪かまどでヤカンを沸かしていたようで、すぐにガラスコップに入ったチヤを持ってきた。礼を述べて、受け取るゴパル。そのまま近くのイスに座った。

「ニッキさん。アンナキャンプでは、雪で閉鎖する期間というのは、あるのでしょうか?」

 質問しながらチヤをすする。牛乳を使っているので少し驚くゴパルだ。チヤは基本的に安いので、こういった奥地となると、ナヤプルから運んできた脱脂粉乳になるはずだが。

(セヌワで、乳牛を飼っているのかな。あ、そう言えば、行きの四輪駆動便の屋根に、子山羊が乗ってたっけ。子牛を運んでも不思議じゃないか)

 そうなると、この牛乳は、ろ過や殺菌がされていない恐れがある。田舎の牛舎は、牛糞や食べ残しの草等が散乱しているものなので、衛生上不安なのだ。


 そんなゴパルの表情を察したのか、ニッキが自慢げに笑った。

「地元の牛乳っすけど、簡易ろ過と、低温加熱処理をチャイ、してますんで大丈夫っすよ。ゴパル先生」

 それを聞いて、ひとまず安堵するゴパルであった。ガンドルンの公園管理事務所の指導なのだろう。

 ニッキがスマホを取り出して、電話をしている。それもすぐに終えて、ゴパルに少しドヤ顔で告げた。

「アンナキャンプは、大雪になると、さすがに通行止めになるっすがね。ま、それでも、年間で数日間だけでさ。今も電話したんすけど、アンナキャンプではチャイ、雪が積もってるけど通行できるって事っすナ」

 ゴパルが少し考えながら、チヤをすする。

「数日間は、通行止めになるのですね」

 そして、ニッキに垂れ目の視線を向けた。

「ニッキさん。部屋を一つ、年間を通じて借り切りたいのですが、いかがでしょうか。通行止めになった際に、宿泊する場所が必要になりますし、荷物の一時保管もしてくださると、大いに助かります」

 ニッキが満面の笑みを浮かべた。

「願ってもない事ですよ。ぜひお願いします。宿代はチャイ、割引きしますんでっ。アンナキャンプじゃ、チャイトラ月まで雪が積もるっす」


 チャイトラ月は、ネパール暦の十二月だ。西洋の太陽暦の三月中旬から四月中旬までの間に相当する。


 これも、本当ならば、ここセヌワやチョムロンの民宿を複数当たってみて、見積もりを出して比較するべき話なのだが、即決するゴパルであった。

「分かりました。ここは標高が二千三百メートルですので、アンナキャンプで高山病に罹った際にも、療養施設として活用できますね。高い場所が苦手な研究者も多いですから」

 もし、ここに医者が居れば、ゴパルの考えを否定しただろう。

 高山病には急性症状があり、人によっては、すぐにポカラ等の街の病院へ、緊急搬送すべき場合があるのだ。しかし、ここに居る面々では、そこまでの知識は無い。

 療養と聞いて、ニッキがニヤリと笑った。

「セヌワから下ると、ジヌー温泉に行けますぜ。湯治もチャイ、できますんで。俺の弟のアルジュンが、そこで民宿をやってるっす」

 ちゃっかりと、関連施設の売り込みをするニッキである。ゴパルの仕事に興味を持ったようだ。太くて短い眉がピコピコ動き始めた。一重まぶたの奥の黒い瞳もキラキラ輝き始める。

「で、ゴパル先生はチャイ、アンナキャンプで、どんな仕事をなさるんで?」

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