カチュッコ
この料理だが、イタリアの漁師町の伝統料理なので作り方は簡単である。
その日に港で水揚げされた新鮮な魚介を下ごしらえする。特にウロコや内臓はキレイに取り除いて、ぬめりを取っておく。
鍋に香味野菜を入れてオリーブ油で炒め、まず最初にタコやイカを入れてから白ワインを注いで煮る。火が通ったらタコとイカをいったん鍋から取り出して、残りの魚介と大量の湯むきしたトマトを入れて煮込む。
火が通って良い具合になったら、タコとイカを鍋に戻す。最後にエビや魚のダシを加えて風味を調節して完成だ。
今回は魚そのものの姿は見当たらず、一口サイズの魚団子になっている。タコとイカも同じようなサイズに切られてあるので食べやすいようだ。
スリランカの地魚は小さい魚でも骨が固い種類が多いので、砕いてすり潰して団子にしたと給仕が話してくれた。エビや魚のダシも、スリランカの漁港で作って冷凍空輸しているらしい。
サトが最初にスープを飲み終わり、魚団子なども平らげた。しかし、少し不満点があったようで、日本語でヤマに何か言っている。
ヤマが困ったような表情を浮かべて日本語で返事をした。その後で、英語に切り替えてゴパル達に話す。
「すいません。少し魚臭さとアクが残っているかな、とサト君と話していました。冷凍して空輸するので仕方がないのですけれどね。ですが、私は気にしていませんよ。十分に美味しいスープだと思います」
日本人は生魚を刺身にしたり寿司ネタに使ったりするからなあ……と思うゴパルであった。ちなみに刺身でも寿司ネタでも、ちゃんと下ごしらえを済ませた鮮魚を使うのだが。
魚料理はすぐに食べ終わり、続いて給仕長が鶏料理をサイドテーブルに乗せて運んできた。
「若鶏のロースト、岩塩入りパイ包み焼きです。切り分けますので少しお待ちください」
パイ包み焼きだけあって、丸いパイ生地の球の見た目だ。ただ、岩塩を多く含んだパイなのでガチガチに固く焼けているが。
これを給仕長がノコギリ刃の大きなナイフを使って、ガリガリと切り開いていく。というよりもパイを割るといった表現の方が適切だろうか。
熱々の湯気が、パイの中から噴き出してくる。給仕長が、大きな肉用のナイフとフォークを使って若鶏の肉を取り出し、まな板の上に置いた。そして、それを切り分けていく。
感心して見守るゴパルだ。
(はえ~……こういうのを客に見せるのか。面白いなあ)
学会の懇親会では、こういうパフォーマンスは見た事がない。卵焼きや目玉焼きを、シェフが注文を受けてから焼くくらいである。
給仕長が手際よく皿に盛りつけていき、ソースをかけてからピラフを添えた。さすがにこの料理は食べ応えがありそうだ。
「お待たせしました。熱いので気をつけてくださいね」
ゴパルが早速一口食べた。幸せそうに首を振っている。
「んー、美味しい。ちょうど良い熱さですよ」
予想通りの反応をゴパルがしたので、ニコニコして視線を交わすレカとカルパナだ。レカも嬉しそうに食べている。
「やっぱり野菜やキノコよりも肉だよねー。うーまーいー」
「鶏肉にキノコをたくさん挟んであるんですね。香りが良いです」
カルパナはやはりキノコに注意が向いているようである。使われているキノコは、カルナが届けてくれた野生キノコだ。これに傘が開いたエリンギが混じっている。
ゴパルが思わず腕組みした。
(むむむ……赤ワインが飲みたくなったぞ)
視線を上げると給仕長と目が合った。ワインリストを既に持っている。
大いに誘惑にかられたゴパルであったが、自腹ではないと言い聞かせて我慢したようだ。その様子を見て、カルパナがクスクス笑っている。
ゴパルが意識をワインリストから逸らして、別の話題を口にした。
「そういえば、そろそろソバの収穫時期ですよね。ソバのディーロも美味しいので好きですよ。産地としてはマナンやチャーメ辺りになるのかな」
ヤマがいきなり深刻な表情に変わった。
「……その事なんですが、厄介な事になりそうです」
マナンのソナムが調べた所、とある日本人が現地のソバの種を無断で持ち出していると分かったらしい。
ヤマも調べたのだが、日本に持ち込んでそのソバを商業栽培している事が判明したと話してくれた。
「よりにもよって、同郷の長野県出身の男でした」
マナンやチャーメで栽培されているソバは、俗に赤ソバと呼ばれる在来種だ。日本で栽培されているソバとは風味が異なる。そのため、勝手に持ち出したのだろうとヤマが肩を落としながら話した。
「明日にでも日本に一時帰国して、その不届き者の男に会ってきますね。正式な手続きを踏まないといけません。とりあえず大至急で、マナンやチャーメの農家に種の使用料金を支払ってもらいます」
カルパナが素直に同意した。
「種は農家の宝です。その集落でしか栽培していない種もありますので、きちんとした契約を結んでほしいですね」
カルパナの話し方に厳しさを感じて、ゴパルが目を点にしている。
レカはそんな話には興味がない様子で、パクパクと料理を食べているが。サトも同様で、パンにバターを塗っていた。
その後で、サトとレカがアラカルトから一品頼んだ。ゴパルは遠慮してチーズの盛り合わせから選んでいる。カルパナとヤマは果物を頼んで食事を終了した。
レストラン内はほぼ満席になっていた。大半がポカラの地元客らしい。知り合いが多数来ているようで、カルパナが少し困ったような笑顔を受かべている。
「ダサイン大祭前ですので、海外で暮らしている人がポカラへ帰省します。その歓迎会ですね」
素直にうなずくゴパルだ。ゴパル母とカブレの叔父叔母勢との確執を、なぜか連想したようである。
「大移動の時期ですよね。カルパナさんやレカさんも、歓迎会ラッシュには注意してくださいね。私みたいに太ってしまいますよ」




