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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
お祭りの季節は忙しいんですよ編
988/1133

ヤマのおごり飯

 レストランに入ると、客の入りは半分程度という印象だった。

 給仕長がヤマ達を予約席へ案内する。窓側の席で、青いフェワ湖と緑のサランコット、それに白い雲で覆われたマチャプチャレ峰とアンナプルナ連峰がよく見える。

 ラフな服装のサトが挙動不審な動きを始めたので、ヤマが日本語で落ち着かせた。こんな店での食事とは予想していなかったらしい。レカも挙動不審な動きを若干しているので、ゴパルとカルパナが同じように落ち着かせている。

 サビーナがレカの背中を軽く叩いてからかってから、ポカラのレストランの状況を話してくれた。

「KLのおかげで、ピザ屋の経営が安定してきてるわね。パンやパスタの開発も順調。米粉のパンやジリンガパスタもね」


 話を聞きながら、首を引っ込めて逃げ出しそうな体勢になっていくゴパルだ。レカと同じような挙動不審な動きをしながら恐縮する。

「私は特に何もしていませんよ。皆さんが使い方を開発してくれたおかげですって」

 サビーナがニッコリと笑った。ゴパルがたじろぎ、ダッシュで逃げ出したくなる衝動を覚える。

 そのような反応を楽しそうに眺めてから、サビーナが話を続けた。

「そんなわけで、これからは次の目標に移るわね。ビストロ料理に注力していくわよ、ゴパル君」

 フランスではビストロは『食堂』という位置づけなのだが、ネパールでは富裕層向けの店になる。ちなみに、今回撮影したお菓子も、ポカラの富裕層向けという位置づけだ。民泊と絡めてもいるらしい。


 今回ヤマが予約した料理は、店へ来る前に指定したものだった。サトは先ほどまでの気だるげな態度とは打って変わって、借りてきた猫のような状態でガチガチに緊張している。

 レカも似たような感じなのだが、これはヤマとサトが同席しているためだろう。スマホ盾を装備しているので分かりやすい。

 今回ワインは注文されなかった。ヤマとカルパナが車を運転しているので配慮したのだろう。紅茶とコーヒーになっている。カルパナがそっと隣のゴパルに告げた。

「ゴパル先生はお酒を飲んでも構いませんよ」

 両目を閉じて遠慮するゴパルであった。

「ヤマさんのお金ですから気が引けます。またの機会にしますよ」


 給仕長がヤマに料理の最終確認を取った。

 まずはナスのグラタンで、その次に野生キノコの蒸し鍋、魚料理としてカチュッコ、肉料理は若鶏の岩塩パイ包み焼きだった。

 カチュッコはイタリア料理で、海の魚をふんだんに使ったスープである。ヤマとサトが日本人という事なので、このような料理にしたのだろう。

 ちなみに使用する海魚は全て、スリランカのベントタ近くにある漁港で穫れたものだ。それを特殊な方法で冷凍して真空パックに詰めて空輸している。そのため、魚の種類はイタリアと別物になっている。


 ヤマが最終確認し、早速紅茶を飲みながらカルパナに笑顔を向けた。給仕長は厨房へ戻っていく。

「カルパナさんの所で栽培しているナスが美味しいと聞きましてね。注文してみました」

 カルパナも紅茶をすすっていたのだが、照れながら答える。ちなみに会話はヤマが居るので英語だ。

「ありがとうございます。ナスって、あまり人気がない野菜なのですよね」

 ネパール料理では、ナスはトロトロになるまで香辛料煮込みをする事が多い。インドではナス料理そのものがない地域もあり、人気に乏しい野菜だ。ネパールで人気があるのは隼人ウリやカリフラワーだろうか。


 少し待つとナスのグラタンが出てきた。グラタン皿に薄く広げたナスを敷き詰めている。この上にトマトやフクロタケ、セロリ、ナス、セルフィーユ等をサイの目に切ったものを乗せている。

 給仕による説明では、オーブンで焼いてからリテパニ酪農産の硬質チーズを削ってかけ、最後にバーナーの炎で炙って焼き色をつけてあるという事だった。彩としてイタリアンパセリ等のハーブが散らされている。


 早速一口食べたゴパルが垂れ目を輝かせた。

「美味しいですねっ。ナスがトロトロになってませんが、これはこれで良いと思いますっ」

 またいつものセリフを吐いているよ……とジト目になって呆れているレカだ。カルパナもゴパルの第一声を予想していたようで、クスクス笑っている。ナスはスプーンで楽に切れる程度の固さなので、けっこうトロトロ状態ではあるのだが。

「こうして食べるとナスも美味しいですね。油を多く使っていないのも良い点です。肉を使っていませんから、口当たりも軽くて食べやすいかな」

 相当な量の硬質チーズを削りかけているのだが、思った以上に軽い口当たりだ。前菜としては良い。

 サトもようやく落ち着いてきたようで、あっという間にパクパクと食べてしまった。感心して眺めているゴパルだ。

(若いだけあるなあ……カリカ地区だと毎日ネパール料理だろうから、こういう料理が嬉しいのかな)


 皆が食べ終えた頃を見計らって、次のキノコ鍋が出てきた。これについても給仕が簡単に説明をしてくれたので、素直に聞き入るゴパル達だ。

 鍋は直径九センチほどの陶器製だった。ポカラ産の陶器らしい。この中に野生キノコとベーコンの小片が入っていて、薄いクリームソースが絡められている。上には、みじん切りのセルフィーユ等が添えられていた。

 給仕によると、野生キノコは蒸しただけらしい。下味もつけていないとか。そのため、かなり素朴な料理になっていた。


 ヤマがニコニコしながらスプーンで食べ始めた。

「私は長野県という山が多い地域の出身なんですよ。ですので、こうした素朴な蒸し料理は嬉しいですね。栽培キノコも混じっていて、食べていて楽しいですよ」

 ヤマに指摘されてゴパルが初めて気がついた。

(あ……確かにエリンギやフクロタケが混じってる。ヤマさん詳しいな)

 キノコ料理はカルパナも好きなので、ニコニコしながらパクパク食べていた。レカは少し不満そうであるが。

「これも肉無しかー。肉食わせろ肉ー」

 ベーコンが使われているのだが、それほど多くない。肉として認められていないようである。

 サトもレカに同調してきて、盛んにうなずいている。

「肉ホシイ、肉クレ」

 ヤマが少し呆れている。日本語で何やら告げてサトをたしなめたようだ。しかし、それをきっかけにして、すっかり元のふてぶてしい態度に戻ったサトであった。


 給仕長が次の料理を給仕に運ばせてきた。香りからすぐに魚料理だと分かる。

「お待たせしました。カチュッコです」

 スープ料理なのだが、タコやイカに魚団子が入っていてトマトを加えて煮込んであるので、賑やかな見た目だ。


 早速サトがスープを飲み始めたのを横で見てから、ヤマがバーコード頭をかいて恐縮した。

「わざわざ輸入したのですよね。ポカラの淡水魚を使ってくれても構わなかったのですが……」

 ゴパルもスープを口にして、美味い美味いを連発しながらヤマに話しかけた。

「ネパールに居ると海魚を食べる機会がありませんから、私は嬉しいですよ」

 まあ実際その通りである。スリランカのラマナヤカさんどうしているかな……とふと考える。カルパナとレカもスープを楽しんでいる様子だ。


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