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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
お祭りの季節は忙しいんですよ編
987/1133

クレーム・ブリュレ

 森の中を散策して時間を潰してから、ルネサンスホテルへ戻ったゴパルとカルパナであった。早速サビーナが会議室から顔を出して手招きした。レカも居て、一緒に同じ仕草をしている。

「ちょうど良い時に戻ってきたわね。お菓子作りの実演を始めるから来なさい」

 今回はクレーム・ブリュレというフランスの冷菓だった。元は十八世紀のパリで誕生したのだが、それから色々と改良されて現在に至っている。


 簡単に作り方を紹介すると、卵黄と牛乳、生クリーム、砂糖をボウルに入れてよく混ぜ合わせておく。

 鞘がついたままのバニラを縦に切り、中身をスプーン等を使ってこそぎ取る。これをボウルに入れて、さらに鞘も加えてよく混ぜる。

 ちょうどよい具合になったら裏ごしして、一センチちょっとの厚さで器に詰め、百十度のオーブンで三十分間ほど焼く。二センチくらいの厚さでは百三十度の四十五分間が目安だ。焼けたら取り出して、粗熱を取ってから冷蔵庫に入れてよく冷やす。

 客から注文が入ったら冷蔵庫から取り出し、細かいキビ砂糖を振りかけてバーナーの炎で炙る。キビ砂糖がカルメラ状に変化してフタになるので、それを客に出す。


 サビーナが実際に作り、冷蔵庫で冷やしていたモノと差し替えた。それにキビ砂糖を振りかけてバーナーで炙っていく。

「喫茶店とかの定番お菓子ね。カルメラの厚さは、スプーンで軽く叩くと簡単に割れる程度が良いかな。好みに応じて、オレンジリキュールとか足しても良いわよ」

 レカが撮影をしながらニコニコしている。

「それじゃー食べようー」

 この時期は秋茶の収穫前なので、まだ雨期茶を使っている。その点だけは不満そうなレカであった。

「雨期茶って香りが弱いー。去年よりはマシだけどさー。その反面、クリームは上質だけどねー」

 雨期の間は牛舎内の気温が低くて湿度が高いので、牛乳が水っぽくなりやすい。

 しかし、今年はそれほど悪影響が出ずに済み、牛が元気だったらしい。ただ、ゴパルの味覚では上質かどうか判別できていないようだが。


 撮影と試食を終えて雑談をしていると、ヤマがやって来た。一人の若い日本人の男を連れている。一目で援助隊員だと分かるラフな服装だ。

「あらら。お菓子づくりに間に合わなかったか。残念。こちらは援助隊員のサト君です。カリカ地区で村落開発の仕事をしています」

 サトがぶっきらぼうな態度で合掌して挨拶をした。

「コンニチワ、サトです」

 彼は郡の農業開発局に派遣されていて、カリカ地区の幹線道路沿いに家を借りて住んでいるという事だった。ちなみにその家は、農業開発局のカリカ地区支所でもある。

 

 ゴパルがヤマにそっと聞いてみた。

「サトさんと水牛君には以前に会いました。確かカリカ地区って、ヤマさんがバイクで川流れになった現場ですよね?」

 ヤマが苦笑しながら肯定する。

「はい。サト君はその当時不在でしたから大変でした」

 不在といってもスマホは持っているはずだよね……と訝しむゴパルであったが、話題を変えた。

「ヤマさん。軍の駐屯地で何回か聞いたのですが、カリカ地区には盗賊団の根城があるそうです。金目の物は借家に置かない方が良いと思いますよ」

 ヤマが素直に同意した。

「何度も気に掛けてくださって、ありがとうございます。サト君の借家には、サイレン付きの警報器や救急セット、無線器が支給されています。防犯対策をとってもらいましたので、大丈夫と思いますよ」

 微妙な表情になるゴパルだ。

「それこそが、金目の物なんですが……」

 カルパナもゴパルの不安に同意している。

「ですよね……」


 一方のサトは面倒臭そうな態度をとっていた。つたないネパール語で話してくれたのだが、それによると無線での定時連絡がかなり面倒らしい。

 レカがスマホ盾を出してヤマとサトに向けながら、小首をかしげている。

「カリカ地区はポカラ市内だよねー。楽にスマホで連絡つくはずだけどなー。なぜに無線器?」

 それについてはサトやヤマも知らない様子だった。ゴパルも苦笑している。

「ABCでも無線器とか使っていませんよ。さらに定時連絡ですか……確かにそれは面倒だなあ」

 ちなみにレカナートで農業指導をしている水牛君は、借家の屋根が土の重さで割れてしまったそうだ。その対応で大忙しらしく、今回は不参加になった。

 コメントを控えるゴパルとカルパナである。レカは想像できない様子でキョトンとしている。


 ヤマが今回やって来たのは、ダサイン大祭やティハール大祭でのパーティでサビーナの協力を仰ぐためだった。

 このパーティでは援助隊員や日本企業の駐在員といった日本人ばかりが参加するので、サビーナはあまり乗り気ではなさそうであるが。

 サビーナが雑談を切り上げた。

「会議室で長話するのも何だし、そろそろレストランへ移動しましょ。ゴパル君とカルちゃん、レカっちも食べていきなさいな。ヤマっちが支払うから問題ないわよ」

 ヤマがバーコード頭をかいて一歩引いた。

「お手柔らかにお願いしますね。私も日本往復を何度もしていて、裕福ではありませんので」


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