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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
お祭りの季節は忙しいんですよ編
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リンゴ園の指導

 カルパナは今回、リンゴ園内の草刈りについて指導するつもりのようである。最初に、樹勢が弱いリンゴの木に土ボカシや生ゴミ液肥を与えるように指示してから、本題に入った。

「草刈りですが、牧草は刈りません。雑草の中でハダニが付いている種類だけを選んで、刈り取るようにしてくださいね」

 それでも刈り取るのは、地上から十センチ以上の部分だけにするように念押しする。

 ビカスが少し拍子抜けの表情になった。画面も大きく揺らぐ。ビカスを撮影しているのは今回も長男のようだ。

「って事は、ほとんど草刈り無しラー。むしろ、刈り草の持ち込みの方が多いラ」

 今でも周辺の雑草を刈り取って、リンゴ園内に持ち込んで敷いているのだろう。ツクチェは乾燥しているので、雑草が生えている場所は川沿いに限られる。


 カルパナが穏やかに微笑みながら話を続けた。

「北米のリンゴ農家さんの話ですと、五年目くらいからマメ科の牧草の根に根粒が付かなくなってくるそうです。それ以降は、マメ科の牧草の種を蒔くのを止めるとか。雑草の種類も変わってくるそうですよ」

 ゴパルが興味津々の表情になっていく。

「面白いですね。菌の種類も変わっていくのかな。採取して調べても構いませんか? ビカスさん」

 快く了解するビカスだ。


 続いてカルパナが、枝にぶら下がっているリンゴの実を指さして指摘した。

「リンゴの実が大きくなると、枝が垂れさがって日当たりが悪くなってしまいます。そうなるとリンゴの実は、あまり赤くなりません。支柱を立てたり吊ったりして、枝を支えて日当たりを良くしてくださいね」


 品種によって差があるのだが、リンゴは一般的に気温が十度以下に下がると赤く色づき始める。葉緑素が酵素の作用で分解されるためで、紅葉の原理に似ている。

 この際に窒素を多く含む肥料を与えてしまうと、リンゴの実は大きくなるのだが赤くなりにくくなる。

 カルパナが指導したように、日光が十分に当たる事も重要だ。ただし、アルミ反射シート等を根元に張ってしまうと、今度はリンゴの実の中で糖の生産が追いつかなくなり甘くなくなってしまう。

 なお、枝を吊ったり支柱を立てて日当たりを良くしても、リンゴの実の一部だけしか赤くならない場合が出てくる。日当たりが悪いせいなのだが、ある程度リンゴが色づいてから、リンゴの実を回して向きを変えるとマシになる。


 そのような話をしていると、マナンともテレビ電話を交わす時間になったようだ。同じくカウボーイハットを被ったソナムの顔が表示された。

「こんにちは。やあ、ビカスさん。チャーメではリンゴの収穫が本格化してきましたよ」

 チャーメで多く植えられているのは早生品種だ。しかも挿し木苗なので、植えつけてから早ければ半年後に収穫ができる。

 しかしビカスが微妙な表情を浮かべながら答えた。

「早生品種は美味しくないラー。晩生品種を年越しさせたのが一番美味いラー」

 この場合の暦は、ネパール暦ではなくて西暦太陽暦だ。カルパナが素直に同意した。

「そうですね。今ポカラで売られているリンゴは、あまり評判が良くありません。美味しくなるのは一ヶ月後あたりからかな。年越しリンゴは私も好きですよ。甘さと香りが良いですよね」


 ゴパルが小首をかしげた。

「そんなに長い間育てるとボケませんか? インド産のリンゴとか年明けから酷い味になりますよ」

 カルパナが少しの間キョトンとしてから、理解したようだ。

「収穫しないで、枝にずっとつけたままで年越しさせるんですよ。枝から落ちるリンゴが多いので、管理が大変ですけれどね」

 ビカスがニンマリと笑った。

「年明けを楽しみにしておくと良いラー」

 これ以上雑談を続けるとマナンのソナムが不機嫌になるので、早々に切り上げたビカスであった。

「それじゃあ、今回はこのへんでラー。またラー」


 ソナムがビカスにネパール語で挨拶してから、軽く腕を組んで興味深そうに思案し始めた。ちなみに、タカリ族のビカスとガレグルン族のソナムとでは言葉が違う。そのためネパール語を互いに使っている。

「年越しリンゴですか……面白そうですね。検討してみます」

 カルパナが最初に謝った。

「マナンへ行けなくてすいません、ソナムさん。この時期はマナン行きの飛行機が満席なんですね。チャーター便も満席でした」

 そう言ってから、年越しリンゴについて指摘した。

「チャーメ産のリンゴは早生品種が多いそうですね。年越しリンゴは晩生品種でないと無理ですよ」

 ソナムがニッコリと笑った。

「フジやゴールデン以外の品種も植えているんですよ。それで試してみます」


 ゴパルが口を挟んだ。

「今回は、ソバ料理の続報でしたよね。サビーナさんを呼んできましょうか?」

 ソナムが気楽な表情で遠慮した。

「ソバ粉のガレットと、短冊形パスタは好評ですんで特に質問はありませんよ。ソバ粉百%はまだ無理ですけど。それよりも、ちょいと気になる話を小耳に挟んだんですよ」

 マナンやチャーメには外国人観光客もやって来るのだが、日本人もそれなりに多いらしい。ソバ麺を食べたいという客が続出しているそうで、その開発を検討しているという事だった。


 ゴパルとカルパナが小首をかしげて聞いている。それを見てソナムが苦笑した。

「ソバ麺と短冊パスタとは別物らしいんですよ。とりあえず、汎用小麦粉を二割くらい混ぜてソバ麺を作ってみます」

 ゴパルがまだ小首をかしげた状態で提案した。

「知り合いに日本人のヤマさんが居ますので、彼にも相談してみますね。ソバ麺に詳しい人が居るかもしれません」

 ソナムがニッコリと笑った。

「ぜひ頼みます。ああ、それとですね……」

 口調が真面目なものに変わった。

「ソバ関わりで、良からぬ日本人が暗躍しているって噂もあるんですよ。こいつも調べてみますね」

 苦笑するゴパルだ。

「暗躍って……日本人って、どんだけソバが好きなんですか」


 その後しばらくすると通信状態が悪化して、テレビ電話が切れた。冷や汗をかいて安堵するゴパルだ。

「ツクチェとマナンの二ヶ所を続けて行うと、結構ギリギリですね。無事に終わって良かったです」

 カルパナもほっとした表情で同意する。

「そうですね。ですが来週からはダサイン大祭ですし……。多少無理してでも、テレビ電話をしておいて良かったと思います」

 協会長がやって来て、チヤをゴパルとカルパナに手渡した。

「大祭になると、忙しくなりますからね。観光客も一年で一番多くなりますし。この後はパメですか?」

 ニッコリと微笑んでチヤをすするカルパナだ。

「はい」


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