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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
お祭りの季節は忙しいんですよ編
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 ルネサンスホテルの外に出ると、乞食がやって来た。衣服は色あせしてボロボロなのだが、肌の色艶や血色は良好のようだ。既にルネサンスホテルのスタッフからリンゴや生米をもらっていて、それらをプラスチック製の盆の上に乗せている。

 ゴパルにとりついてきたので、足を止めた。

(ネパールで乞食をすると太るって、案外本当なのかもね)

 乞食がヒンディー語で金をくれと上から目線で要求してきたので、十ルピー札を一枚渡した。

 しかし、乞食は不満だったようだ。ヒンディー語で罵倒しながらさらに金を要求してきた。ジト目になるゴパルだ。

(まったくもう……これだからインド人は)


 と、そこへガランガランと壊れた鈴の音を鳴らしながら、一頭の雄山羊が乞食に頭突きしてきた。乞食が持っている生米とリンゴに食らいついて食べ始める。悲鳴を上げた乞食が盆を抱えて逃げ出した。それをメーメー鳴きながら追いかけていく鈴付き山羊だ。

 さらに、なぜかカラスの群れまでが加勢して、乞食が抱えている生米を狙い始めた。ちょっとした修羅場である。

 カルパナが乞食に同情しながら見送った。

「鈴付き山羊さんは、今は無敵ですしね。カラスさんもダサイン大祭が近いので活気づいているようです」

 カラスに供物を捧げるのは、ダサイン大祭ではなくてその後のティハール大祭なのだが、祭りの雰囲気は既にカラスも察しているのだろう。

 カルパナは今もカラスに餌付けしているようだ。穏やかに微笑んで、カラスの舞を見上げている。

 そういえば、ルネサンスホテルの搬入口に設けられている、カラス用の餌場も拡張されてたっけ……と思い出すゴパルだ。


 カルパナが運転するジプシーでリテパニ酪農へ向かう。途中の軍駐屯地の前を通ったのだが、今回は検問をしていなかった。茶店にも、いつもの軍の偉い人は見当たらない。

 ゴパルが小首をかしげた。

「あれ? いつもは呼びつけるのに。居ませんね」

 カルパナが軽いジト目になって答えた。

「観光シーズンになりましたから、軍でもパーティが増えるそうなんですよ。サビちゃんがそう言っていました。そこで飲み過ぎて二日酔いにでもなったのかも」

 苦笑するゴパルだ。

「……ありうる話ですね。私も気をつけます」


 軍の駐屯地を過ぎると一面の水田風景になった。既に稲穂が垂れ始めていて、所々の田では収穫が始まっている。カルパナの話によると、水の便が悪くて乾きやすい田から収穫しているという事情だった。短期間で収穫できる品種の稲らしい。

「味の方は今一つなので、安くしか売れませんけれどね。そうではない普通の田では、味の良い品種を植えていますよ」


 その後はパメの状況の話になった。

 トマトの栽培は品種や植える時期を変えて、できるだけ長期間収穫できるように栽培暦を調整している。その一番最後に植えたトマトに、追肥として土ボカシを与えたらしい。

「土ボカシは肥料の効きがゆっくりですので、他の時期に植えたトマトとほぼ同じ量を与えています。使い方のコツが分かってきまして、今ではトマトの木が暴れる事もなくなりましたよ」

 暴れるというのは、肥料が効き過ぎて枝葉ばかり伸び、花や実があまりつかなくなる現象の事だ。化学肥料を与えた場合、特に起こりやすい。


 その他には、早生タマネギの種を苗床に蒔いたという事だった。タマネギもこれまで以上に多様な品種を使って栽培を進める計画らしい。

 ゴパルが素直にうなずいた。

「タマネギが足りなくなると、暴れ出す人が出るそうですからね。治安維持のためにも、タマネギ栽培の充実は欠かせないと思います」

 クスクス笑うカルパナである。

「インド人ほどではありませんけれどね。ナウダンダの桃園ですが、西王母の収穫が始まりました。ゴパル先生にも一つ用意しました。ホテルに戻った後で、ラビン協会長さんから受け取ってくださいな」

 垂れ目を輝かせるゴパルだ。

「それは楽しみです。私の実家にも送ってみたいのですが、どうでしょうか」

 カルパナが否定的に首を振った。

「完熟桃ですので、陸送中に痛んでしまいますね。この桃はポカラのホテル協会が全量を買っていますから、首都には出荷していないんですよ。すいません」

 残念そうに両目を閉じて腕組みをするゴパルであった。

「そうですか……そろそろティーズ祭ですので、需要が高いと思うんですが……あんまり有名になると桃園が観光客に荒らされる恐れもありますし、仕方がないかな」


 ティーズ祭は、既婚女性が中心になって祝う女性だけの祭りだ。赤いサリーやサルワールカミーズを着るので、赤い服の集団になる。


 カルパナが軽く肩をすくめながら車を運転する。道の中央に座って反芻はんすうしている牝牛の群れを軽やかに回避した。

「鈴付き山羊が桃園に侵入してしまいまして、ちょっとだけ食べられてしまいました。隠者さまがショックを受けておられましたよ」

 ゴパルが同情しながらも口元を緩めた。

「さすが無敵の山羊ですね。結界も利きませんでしたか」


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