ポタージュスープ、豚料理と鳥料理
サビーナが簡単に、このポタージュスープの作り方を説明してくれた。とりあえずスマホを取り出して録音するゴパルだ。動画撮影ではなくて音声だけの録音なので、食事を続ける事ができる。
卵黄に濃い生クリームを加えてよく混ぜ合わせておく。これに沸騰した鶏のコンソメ液を注いでかき混ぜる。
スカンポは茎だけを用意して、皮をむいてから細かく刻んでバターで炒めておく。この二つを混ぜ合わせて火にかける。
沸騰させないように煮て、最後にセルフィーユを少々加えて出来上がりだ。熱いうちに客に出す事が多いのだが、冷やして出す場合もある。今回は熱々のスープである
サビーナがスープを口に運びながらニヤリと微笑んだ。
「ポタージュ・ジェルミニーという料理よ。このスープが不味いシェフは、ピザ屋勤務の流刑にしてる」
サラリと酷い事を言う。
「さて、次はパイ包み料理ね。ザリガニとキノコをパイ生地で包んでオーブンで焼いてる。人数が多くなったから一人分が少なくなったけど、我慢しなさい」
キノコはヒラタケとフクロタケ、エリンギだ。これらをバターで炒めてから、ザリガニのむき身と一緒にパイ生地で包んで焼いている。
サビーナさんはああ言っていますが、お代わりもできますよと、こっそり給仕長が教えてくれた。目がキラキラ輝くレカと援助隊員だ。
サクサクのパイ生地をフォークとナイフを使って切って一口食べたゴパルが、幸せそうな表情になった。隣のカルパナも同じような表情である。
白ワインで流し込んだゴパルが、垂れ目をキラキラさせながらサビーナに告げた。
「これも美味しいですねっ。ザリガニも全然臭くないですよ」
サビーナが軽く肩をすくめて笑った。
「ありがと。これにマッシュルームを加えると、もっと美味しくなるわよ。ポカラ産のマッシュルームができるのを楽しみにしてるわね」
途端に表情がこわばるゴパルであった。なぜか片言になる。
「ハ、ハワス、サビーナサン」
その時、レカナートの水牛君が低く呻いて床に倒れた。そのまま失神している。
驚いたゴパル達だが、すぐにアバヤ医師が診断を下した。
「空腹のまま、ここへ来たようだな。胃袋に一気に血が集まって、脳に行かなくなっての失神だ。田舎の食事会でよく起きる現象だよ」
大きくため息をついてから、ホテルのスタッフを呼んで担架を用意させる。
「やれやれ……このまま床に転がしておくのも邪魔だしな。ワシの病院に運び込んでおくよ。ヤマ君、車を出してくれ」
ヤマが慌てながらも了解して、バタバタと足音を立てて会議室から駆け出していった。サトも面倒臭そうな表情ながらも一緒についていく。
すぐに担架が運び込まれて、水牛君が乗せられた。アバヤ医師がホテルスタッフに命じて運び出させる。
最後に彼自身も会議室から出ていった。ただ、かなり名残惜しそうな顔をしているが。
「残念だが、ワシはここで試食会を失礼するよ。あの水牛君はただの貧血だから心配無用だ。試食会を続けて楽しんでくれたまえ」
ああちくしょう、などと口走りながら小走りで去っていったアバヤ医師であった。やはりダイエット効果が多少は出てきているようで、駆け足の速度が若干速くなっている。
見送ったサビーナが、ジト目になって給仕長を呼んだ。
「口直しにシャーベットか何かちょうだい」
結局、試食会を続ける雰囲気ではなくなったので、そのまま終了となった。カルパナが心配そうな表情をして、スマホのチャットを見ている。
「水牛君は無事にアバヤ先生の病院に到着しましたね。やはり食べ過ぎによる貧血だそうです。私もちょっと行って、お見舞いをしてきますね」
そう言って、ジプシーを運転して走り去っていった。カルパナさんらしいなあ……と思いながら見送るゴパルだ。
外は夕方になっているのだが、マチャプチャレ峰には雲の影響で夕日が差し込んでいない状況だった。おかげでマチャプチャレ峰だけが白黒の水墨画のような印象を受ける。周囲は夕日で赤く染まっているのだが。
とりあえずスマホで写真を撮っておく事にしたゴパルだ。サビーナも一緒に見送りに出ていたので、ちょっと彼女に聞いてみる。
「サビーナさん。試食ですが、もしかして余ってしまいましたか?」
サビーナが軽く肩をすくめて肯定的に首を振った。
「ロビーに居る客や、レストランで食事をしている客に振る舞うから大丈夫よ。この周囲のホテルやレストランにも流すし」
ほっとするゴパルである。
「なるほど。生ゴミにならなくて済みそうで安心しました。私も食べるのをお手伝いしますよ。リテパニ酪農でかなりチーズを食べてしまったのですが、まだ余裕が残っています。何があるんですか?」
サビーナが少し嬉しそうに微笑んで答えた。
「そうね。豚レバーの網脂包み焼きと、鶏と鴨と鳩とウズラとダチョウ肉の香草グリルかな。この二つの料理の感想は聞いておきたいわね。デザートでは新作のチョコケーキの味見をお願い」
ゴパルが目を点にしている。
「……もしかして、凄い料理だったりします?」
サビーナが気楽な口調で答えた。
「そうでもないわよ。豚だし。鳥肉グリルも、単品料理では出せない小さなサイズのものを寄せ集めて焼いただけ」
よく分からないのだが、何となくほっとするゴパルだ。
「美味しいとしか私は言えませんから、あんまり期待しないでくださいね」
豚レバーの網脂包み焼きは、このような料理らしい。
豚レバーはあらかじめ細かく刻んでおき、塩コショウや硬質チーズ、フェンネルシード、オレンジの皮などと合わせて網脂で包む。その後、ローリエと一緒にフライパンで焼く。
焼きあがる直前に、溶け出した脂をパンに吸わせつつ、一緒に串に刺して、最後に炭火で焼いて完成だ。付け合せにはカブを添える事が多いとか。
会議室に戻って、ゴパルにこの料理を出したサビーナがニッコリと微笑んだ。
「レカナートの養豚団地の宣伝も兼ねているのよ。以前よりも豚臭さが緩和されてきているって話を聞くようになったわ。やるじゃないの、ゴパル君」
ゴパルが照れている。試食用なので量はかなり少なめだ。それをパクパク食べながら、垂れ目を輝かせた。
「レバー臭くなくて美味しいですね。豚のレバーって、居酒屋でもあんまり人気がない料理なのに。これは赤ワインが進みます」
そう言いながら、有言実行してバクタプール酒造産の赤ワインをガブ飲みしているゴパルだ。もう彼一人だけなので、遠慮なく飲む事に決めたらしい。
サビーナがゴパルの食べっぷりと飲みっぷりを、ニコニコしながら眺めてから次の料理を出した。
「これが、鶏と鴨と鳩とウズラとダチョウの香草グリル。オマケでサラダも加えたから食べておきなさい。肉ばかりじゃ体に悪いわよ」
野菜推しするのは、やはりチェトリ階級だからだろうか。バフン階級ほどではないのだが、チェトリ階級も野菜中心の食生活をしている。
素直に従うゴパルだ。既に結構腹いっぱいになっているのだが、酒が入ると許容量が増えるようである。
サラダを腹の中へ収めてから、鳥グリルに手を付けた。そのゴパルが軽く首をかしげる。
「ん? ソース皿が三つありますね。これにつけて食べるという事ですか? キノコソースと、トマトソース、それとコレはもしかして……」
サビーナがニヤリと笑った。
「サルミソースね。鳩じゃなくて鴨の血と内臓を使ってるけど。それよりも、ダチョウ肉の感想を言ってみて」
ゴパルが目を点にした。
「ダチョウですか? あっ、この赤身肉か」
サビーナがうなずいた。
「ブトワルでダチョウを飼っている農家があるのよ。そこから調達してみた。どう? かなり淡泊な風味でしょ」
ゴパルが勧められるままに、ダチョウ肉のグリルを切って口に運んだ。ちょっと微妙な表情になっていく。
「……んんん? 鶏肉よりも淡白ですね。意外だなあ。ダチョウって巨大ですよね。もっとケモノっぽいかと思ってました」
サビーナが興味深そうにゴパルの反応を見てから微笑んだ。
「そういう反応になるのか。参考になったわ、ありがと。それじゃあ、後はチョコケーキの味見をして任務完了ね」
ゴパルが鶏肉にサルミソースをつけながら、軽いジト目になった。
「私も食べ過ぎで倒れてしまいますよ……」




