ここでも試食
チーズづくりの話題で談笑をしていたのだが、次の予定時刻になったようだ。カルパナがスマホで時刻を確認して、ゴパルに知らせた。
「そろそろポカラへ戻りましょうか、ゴパル先生。試食して欲しいと、サビちゃんからのチャットがさっき入りました。ルネサンスホテルで待っているそうですよ」
頭をかくゴパルである。
「もう少し前に知らせてくれたら良かったかな……チーズを食べ過ぎてしまいました」
レカも試食に行きたい素振りを見せていたが、ラジェシュに釘を刺された。
「仕事が溜まってるだろうが。夜更かししてゲームばかりやってるからだぞ、レカ。遊びに行くのは、カルパナさんが許してもこの俺様が許さん」
ローキックを数発放って駄々をこねるレカであったが、観念したようだ。
「ぐぎゃぎゃ……無念なり」
カルパナの車でルネサンスホテルに到着すると、給仕長が出迎えてくれた。既にネクタイを締めた仕事着である。
「ようこそ、ゴパル先生、カルパナ様。急な呼び出しをかけてしまいまして、ご迷惑をかけてしまいましたね。申し訳ありません」
給仕長の話によると明日、立食パーティが急きょ開かれる事になったらしい。企画したのは、ポカラの有力政治家のカルンだという。ピンとこない様子のゴパルだったが、田植えのイベントに参加していた中年のグルン族の男だとカルパナから聞いて、薄ぼんやりと思い出す。
「あー……何となく覚えています。雨期明けになると、会食が多くなるというのは本当なんですね」
そう答えてから、そっと給仕長に告げた。
「ですが、私に試食の大役は務まらないと思いますよ。先程も、チーズの試食でレカさんにダメ出しされてしまったばかりです」
穏やかに微笑む給仕長だ。
「料理を食べている時のゴパル先生の表情が、雄弁に語ってくれています。それだけで十分ですよ」
クスクス笑うカルパナだ。
「そうですよね。美味しそうに食べていますから、よく分かります」
今回もレストラン内には客が居るので、隣の会議室で試食を行う事になった。
最初にバクタプール酒造の白ワインがグラスに注がれて出てきた。給仕からそのグラスを受け取るゴパルである。
「すっかり日常用のワインになっていますね。カマル社長も喜びます」
一方のカルパナは車の運転があるので、アイスティーを手にしている。自身の服装を見て、気になる様子でゴパルに聞いてきた。
「ゴパル先生……ちょっと泥跳ねが付いているままなんですが、別に構いませんよね?」
ゴパルの代わりにサビーナが会議室に顔を出した。いつもの白いコックコート姿である。
「構わないわよ、カルちゃん。ただの試食だから気にしないで」
そう言って、ちょうど会議室へ入ってきたアバヤ医師とヤマに軽く手を振った。
「詳しい評価は、彼らに聞くし。ん? オマケが付いてきたのね」
サビーナに指摘されて、ヤマがバーコード頭をかきながら紹介した。彼の後ろに二人の若い男が立っている。どちらもラフな服装でサンダル履きの日本人だ。
「ちょうど隊員宿舎で会いましてね。せっかくですので試食に誘ってみました。レカナート市の軍駐屯地そばで農業指導をしている水牛君と、カリカ地区で村落開発の指導をしているサト君です」
「コンニチワ」
「ドゾ、ヨロシク」
片言のネパール語でラフに挨拶をする二人である。サビーナが軽く肩をすくめて肯定的に首を振った。
「連れてきちゃったんなら、仕方がないわね。料理の分量は増えないわよ」
水牛君がニッコリと笑って片言で礼を述べてから、低い声で『あ~~』と唸った。ヤマが苦笑しながら英語で解説する。
「口癖というか、彼の中での流行の語尾だそうです。水牛の鳴きマネという事なので、特に意味はありません」
ゴパルが納得した。
(なるほど。だからそんな名前にされてるのか……私も牛糞だの山羊だの呼ばれてるけど、同じだな)
サトは牛糞でも見るような目つきで、水牛君を小突いている。何か日本語で文句を言っているようだ。
サビーナが給仕長に合計六人の試食を用意するように指示して、少し考えてからもう一人加えた。
「あたしも試食するわ。料理はシェフ達に任せてあるしね」
最初に給仕が運んできたのはポタージュスープだった。意外そうな表情をするゴパルだ。
「あれ? いつもの前菜盛り合わせじゃないんですね。てっきり大量のサラダが出てくるのかと思ってました」
サビーナがニヤリと笑って白ワインを口にした。
「今回の試食はね、新米シェフの訓練も兼ねてるのよ。雨期が終わったし、観光シーズンが始まってレストランが忙しくなるからね。不味い料理を出されたら、ポカラ全体が困るのよ」
アバヤ医師が補足説明した。心なしか、彼の体型が少し引き締まったようにも見える。
「ポタージュスープってのは、フランス料理の代表みたいなものなんだよ。コレが不味い店は、容赦なく叩かれる運命にある。シェフの腕前を推し測るにはちょうどいい料理だな」
ヤマも同意している。早速一口すすって、満足そうな表情になった。
「うん。スカンポのポタージュですか。そろそろ繊維が固くなる時期なのに、上手く仕上げていますね」
二人の援助隊員は一心不乱にスープを口に運んでいる。彼らからの感想を聞く機会はなさそうだ。
ゴパルもスープを飲んでいるのだが、やはりいつものセリフしか吐けない様子である。使えない山羊である。
カルパナはご機嫌な様子だ。細かく刻んだスカンポをスプーンですくい取ってニコニコして見ている。
「野草の酸味があって美味しいですよね、これ。ナウダンダで栽培していますが、野草ですのでほとんど手間がかかりません」
スカンポは日本では川の土手や空き地によく生えている雑草だ。茎は中空で、皮をむいて生で食べる事ができる。葉は美味しくない。多く食べると胃腸の調子が悪くなりやすいので、注意した方がいいだろう。




