セヌワのシイタケ
西暦太陽暦の九月に入ると、ABCでは日に日に気温が下がり始めてきた。低温蔵での仕事を終えたゴパルが、アルビンからチヤを受け取って一息つく。
「氷河に囲まれた場所なので、冷え込むのが早いですよね。温かいチヤが美味しいな」
アルビンもチヤをすすりながら、頭に被っている毛糸の帽子を軽く肯定的に振った。やはり徐々に大きいサイズに変わってきているようだ。
「雑穀の収穫もそろそろ全て終わりますね。ディーロを楽しみにしていてくださいな」
ニッコリと微笑むゴパルだ。
「楽しみにしています」
そこへ、低温蔵の地下室からスルヤが顔を出した。アルビンからチヤを受け取って、嬉しそうにすする。
「ゴパルさん。雪室の準備ですが、もう少しかかりますね。僕一人では大変です」
ゴパルが頭をかいて謝った。
「すまないね。ゆっくりでも構わないから、ケガに気をつけて作業してください」
そう言ってから、軽く背筋を伸ばした。
「……さて。それじゃあ私はこれからセヌワ経由でポカラへ下るよ。留守の間、よろしく頼むね。ポカラへ下りたら、その足で首都へ戻って一泊してくるよ。父の日をすっぽかしたから、ご機嫌を取らないといけなくてね」
肩をすくめて嫌々ながらも、肯定的に首を振るスルヤであった。
「仕方ありませんね。これ以上、余計な仕事を持ち込まないでくださいよ、ゴパルさん」
セヌワに到着すると、カルナと彼女の叔父のニッキが出迎えてくれた。ジヌーのアルジュンは、民宿仕事が忙しくなってきたという事で来ていなかった。
食事を摂ってから荷物を置いて、早速シイタケのほだ木を組んでいる場所へ行く。セヌワの集落から近い場所にあるのですぐに到着し、ゴパルがスマホで写真を撮り始めた。
それが終わってから、カルナが腰に両手を当ててゴパルに質問してきた。
「ゴパル先生。ほだ木の見た目が変わっていないんだけど、大丈夫なの?」
ニッキも不安そうにしている。
「やっぱり、セヌワじゃ厳しいんですかナ?」
ゴパルがほだ木を丹念に点検し始めた。下草や雑木はキレイに刈られているので作業しやすいようだ。すぐにニッコリと笑って二人に振り返った。
「原基……ええと、キノコの芽ですね。それが生えてきていますよ」
そう言って、ゴパルが形成菌と呼ばれるシイタケの種菌部分を指さした。表面がロウで覆われているのだが、それを持ち上げるように菌糸の塊が生じている。
カルナとニッキが顔をほだ木に近づけて確認した。ほっとした表情になっている。カルナがゴパルの背中をバンバン叩きながら微笑んだ。ゴパルは咳き込んでいるが、お構いなしだ。
「良かったー。ダメなら薪にしようかと考えてたのよ」
ニッキも喜んでいる。彼もゴパルの背中を叩こうとして……遠慮した。
「かなり時間がかかるのナ。高級キノコって呼ばれるのがチャイ、よく分かるよ」
ゴパルが原基の写真を撮ってから立ち上がった。
「私よりもラメシュ君の方が詳しいですので、彼が交代で登ってくる時に見てもらうよう頼んでおきますね。それと、カルパナさんとスバシュさんにも、ほだ木を確認するように伝えておくかな」
本当ならゴパルが行って確認する必要があるのだが、カルパナ達に丸投げしている。
カルナが時刻を確認した。
「んー……今から下りたら、日没あたりの時間にジヌーに着けるわね。どうする? ゴパル先生。私も一緒に下りてもいいけど」
即答するゴパルである。
「ぜひ、お願いします。今回はついでに首都の実家まで行く予定なんですよ」




