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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
ポカラは雨がよく降るんだよね編
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試食会

 ロビーでチヤ休憩を終えたサビーナが、ゴパルとカルパナを呼び寄せた。すっかりご機嫌な表情になっている。

「雨期が終わると会食が増えるのよね。ほとんどは立食パーティ形式だけど、その試食をいくつか頼めるかしら」

 サビーナと同じくらいの笑顔になって答えるゴパルだ。

「喜んで」

 カルパナもゴパルに続いて快く了解した。協会長はヤマとの電話で忙しくなったようだ。ヤマと交渉しながら、無言でサビーナに手を振って謝っている。

 サビーナがいつもの事務室にゴパルとカルパナを案内した。

「それじゃあ、ここでちょっと待ってて。すぐに持ってくるわね」


 事務室には既に新人の給仕が数名入っていて、テーブルの準備をしていた。初めて見る顔ばかりなので、新しく雇ったのだろう。

 彼らと軽く挨拶を交わしてから、ゴパルが何か思い出したようだ。両目を閉じて小さく呻いた。

「しまった……そういえば、そろそろ父の日でしたよね。すっかり忘れていました」

 相変わらず世情に疎いゴパルである。


 カルパナが少し困ったような表情になって微笑んだ。早くも給仕から白ワインが注がれたグラスを受け取っている。給仕に、料理が来てから渡しても構いませんよと気遣ってから、ゴパルに告げた。

「スマホのカレンダーアプリを、何か良いモノにした方が良いかも知れませんね。お父様が怒りますよ?」

 気恥ずかしそうに頭をかいて、両目を閉じるゴパルである。

「そうですよね……何か探してみます。私の父は辛党で甘いモノが苦手ですので、うっかりしていました」

 インド圏では、父の日には甘い菓子や果物を贈るのが習慣になっている。辛党にはつらい日だ。


 ゴパルがスマホを取り出して、実家宛てに謝罪のメールを送った。今後の予定表を確認してから、クシュ教授に里帰りの許可を申請する。

「……これでよし。後日、休みがとれた日に首都へ戻ります。その時に何かプレゼントを用意していきますね」

 カルパナがニコニコしながらうなずいた。

「そうですね、親孝行は大事です。ですが、雨期明けになるとダサイン大祭の準備が始まります。その前に帰省した方が良いと思いますよ」

 そんな話をしていると、サビーナが給仕長を連れて戻ってきた。オードブルの料理をいくつか給仕に運ばせている。

「お待たせ。それじゃあ、遠慮なく試食してみて」


 テーブルに並べられた料理は結構多かった。

 旬の野菜としては赤パプリカのムースが目を引く。緑色のアスパラガスは、パメで栽培されているものだ。他にもラタトゥイユやサラダが存在感を出している。


 カルパナが嬉しそうにそれらを皿にとっていくのを見てから、ゴパルがサビーナに聞いた。

「このフォワグラのムースは、輸入モノですか? 見た目がとてもキレイですね」

 サビーナが苦笑いしながら肯定的に首を振る。彼女も料理を皿にとっている所だ。

「輸入物ね。ポカラ産は残念だけど、こういう料理には使ってないのよ。こっちのテリーヌに少し使ってるくらいかな」

 そう言って指さしたのは各種テリーヌだった。鶏肉、豚肉、山羊肉、水牛肉を別々に煮固めている。この他に鳩と鴨もあるので、合計で六種類のテリーヌだ。内臓も使っているようである。

 これらのうちでポカラ産のフォワグラは、鶏と鴨、鳩のテリーヌに混ぜているらしい。


 なるほど、とゴパルが全種類のテリーヌを少量ずつ皿にとった。ついでにもう一つ聞いてみる。

「サビーナさん。このニジマスの燻製はガンドルン産ですか?」

 サビーナが早くも食べ始めて、素直にうなずいた。

「ん。ツクチェ産は、養殖場へ向かう小道が土砂崩れで不通になったから使ってないわね。幹線道路は大丈夫なんだけど」

 今年の雨期では、ABCも土砂崩れのために陸の孤島になってしまったので、ゴパルが同情している。

「早く復旧すると良いですね。土砂崩れ跡を歩いてポカラへ下りてきましたが、結構ガッサリとやられてました」


 最後に、デザート盛り合わせの中にあった一つの新作料理をゴパルが指さした。

「これって、カプレーゼのトマトの代わりに桃を使ったものですか?」

 カプレーゼはトマトの輪切りをモッツァレラチーズで挟んで、エクストラバージンオイルと塩コショウをかけたシンプルな料理だ。これは、トマトの代わりに桃の切り身を使っていた。

 サビーナがバクタプール酒造の白ワインを飲みながらニヤリと笑う。

「ゴパル君が、桃園に近づけないって聞いてね。可哀想だから、せめて桃だけは食べていきなさいな」


 カルパナがラタトゥイユを口に運んで、コホンと小さく咳払いをした。

「すいません、ゴパル先生。撮影されてしまうと、野次馬が寄ってくるかもしれません。隠者さまからも撮影の許可は下りていないのですよ」

 ゴパルは特に気にしていないようだ。今は桃のカプレーゼにレモン汁をかけるべきか、白ワイン酢をかけるべきかどうか考えている。

「モモシンクイガの被害は、まだ解決されていませんしね。野次馬が来るのを避けるのは当然だと思います」


 そう言いながら、まだ迷っているゴパルだ。サビーナが少し呆れた表情で指摘してくる。

「仕事に結びつけるなら、そこにバクタプール酒造が試作したバルサミコ酢もどきの小瓶があるわよ。それでもかけてみなさい、ゴパル君」

 バルサミコ酢もどきは、赤ワイン酢を長期熟成させたものだ。まだ試作品なので商品化はされていない。

 ゴパルががっくりと肩を落として、その小瓶を手に取った。

「……ですよね。まずはコレを振りかけて試食かな」

 そして、振りかけてから口にして、後悔するゴパルであった。クスクス笑っているサビーナを見て、こうなる事を予期していたと直感する。

(これじゃあ、試食になりませんよ。サビーナさん)


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