昼食
ラ・メール・サビーナに入り、入り口で給仕長に給料が増えた事を告げた。浮かれているゴパルを見て、給仕長が素直に喜んでいる。
「それは朗報ですね。お祝いの日という事で、ワインを一本進呈しましょう。高いものは無理ですが、インド産ワインでしたら大丈夫ですよ」
ゴパルが頭をかいて照れながら答えた。
「クシュ教授がバクタプール酒造のワインを赤白、こちらへ送ったと知らせてきました。ですので、それをお願いします。味見しておきたいですしね」
給仕長が穏やかな表情でうなずいた。
「かしこまりました」
テーブルに案内されて一人席に座る。ゴパルがメニューを見て、給仕長と料理の相談をしながら注文をしていく。今回はゴパル一人だけなので、ワインは赤か白のどちらかにするようである。
「グラスで赤と白を頼んでも構わないんですけどね。ボトルの状態も確かめておきたくて」
というか、一人でワインボトルを一本飲むので、明らかに酒量は多くなるのだが……。
ゴパルが店内を見回すと、ランチタイムなので客が結構多く入っている事に気がついた。給仕達がテキパキと仕事をしているのを見て、感心しながらも喜ぶ。
「ギリラズ給仕長さん。新人の給仕達もしっかりと仕事をこなすようになってきていますね」
給仕長が注文をメモしながら、軽く肩をすくめて微笑んだ。
「まだまだですよ。研修で他のレストランを回る事も、これから予定しています。ポカラには五百軒のホテルや民宿がありますから、全てを回る事は無理ですけれどね」
そんなにあるのか……と驚いているゴパルに、給仕長が話を続けた。
「レストランによって客の苦情も変わります。それらに真摯に対応する事で、応用力が育つと思うのですよ」
仕事を断りまくっているゴパルには、少々耳が痛い話である。
給仕長が注文を取り終えて、少しいたずらっぽくニッコリと微笑んだ。
「レストランにとって有害な客は、容赦なく追い出しますけれどね。それも給仕の仕事です」
ゴパルが注文した料理は、前菜がカプレーゼ、魚料理がザリガニのスープ、そして主菜が羊のナヴァランだった。ナヴァランとは煮込みシチューのような料理である。ワインは、そのナヴァランに合わせるために赤にしたようだ。
給仕長が注文を復唱して確認した。
「では、すぐにパンとバター、付け出しを何か用意しますね」
厨房へ調理の注文を伝えに行った給仕長を見送り、視線を窓の外に向けた。すっかり大雨になり、ひっきりなしに稲光が上空を走っている。地響きのような音の豪雨だ。ガラス窓にも雨が吹きつけている。
「ひゃー……さすがポカラの雨期だなあ。首都ではこんなに降らないよ」
ひと際大きな落雷が近くに落ちて、店内の照明が全て消えた。停電だ。
客は多くが地元民なので、特に驚かずにため息だけをついている。欧米からの観光客だけは少し興奮気味で驚いているようだが。
ゴパルもため息グループに加わって、軽く肩をすくめて外を見続けている。
給仕がパンとバターを運んできて、グラスに水を注いでくれた。振り返って礼を述べ、パンを手に取る。ここでようやく気がついたようだ。
「あ……しまった。クシュ教授に報告書を書いて送らないといけないんだった」
ワインを一本空けてから仕事をするのは、さすがにキツイと思うのだが……




