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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
ポカラは雨がよく降るんだよね編
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ジプシー乗りのカルパナ

 翌週、再びABCからポカラに下りてきたゴパルだった。が、ルネサンスホテルで出迎えたのは、ジプシーから下りてきたカルパナだった。

 相変わらずの小雨続きなので、車から出ると小走りでホテルのロビーに入ってきた。そのまま合掌してゴパルと挨拶を交わす。

「こんにちは、ゴパル先生。毎日雨で大変ですね」

 ゴパルが外に停めてあるジプシーを指さした。

「もしかして、カルパナさんの車ですか?」

 カルパナが照れながらうなずいた。

「はい。納車が遅れていましたけど、やっと届きました。ガソリンエンジンかディーゼルエンジン型を希望していたのですが、電気自動車版になってしまいましたけれど」

 ネパールでは三輪の乗り合いバスなどで昔から電気自動車を運行していたのだが、政府がいよいよ本気で普及に力を入れてきたらしい。停電続きなのに、どうするんだろう……というゴパルの感想は当然である。

 カルパナも同じ感想を抱いているようで、軽く肩をすくめながら微笑んだ。

「小さな水力発電機を隠者さまの庵の奥に設けました。そこで発電して、このジプシーに充電するつもりですよ」


 KLを使った農業が普及し始めたので、農産物の生産量も増えてきているらしい。生ゴミボカシや土ボカシの運搬需要も比例して増大している。

 そのため、農家でも車を必要とする場面が多くなってきているというカルパナの説明だった。

「このジプシーをさらに何台か増やす予定です。それと小型のトラックを購入して、農家さんの要望に対応する事になりました。ディーゼルエンジンでしたら、廃油から作る事業に加わる事ができるのですが……仕方がありませんね」

 生ゴミ回収会社が、廃油からバイオディーゼルを生産している。しかし、まだ少量に留まっている。現状ではホテル協会が出資している、ジョムソンとポカラ間を走る小型四駆便に優先して供給している状態だ。

 小型の水力発電所は、ナウダンダからパメに注ぐ沢に小さな砂防ダムを造り、その落差を利用して発電しているらしい。

 カルパナがニコニコしながら話を続ける。

「二メートルの落差しかないのですが、それでも十分な電気を発電してくれています。将来、電力需要が増えれば増設する予定ですよ」

 ナウダンダからパメまでは、千メートルほどの標高差がある。

 確かに、造り放題だろうなあ……と納得するゴパルであった。それと、今後はレインウェアを着る必要がなくなりそうな事も内心で喜んでいる様子だ。やはり亜熱帯のポカラで着ると、蒸れてしまっていたのだろう。


 次にゴパルが嬉しい報告をした。

「ようやく、私の銀行口座に危険手当を加算した給料が振り込まれました。これでやっと金欠状態から解放されますよ」

 ABCでは悪天候のために電波の状態が悪くて、口座を確認できなかったらしい。口座の認証入力をする際に、電波の状態が悪いと入力エラーになってしまう。そのため、ポカラへ下りてからようやく確認できたと話すゴパルだ。

 カルパナが素直に祝福した。

「それは良かったですね、おめでとうございます。ですが、あまり調子に乗って使い込まないようにした方が良いですよ」


 この電気自動車型のジプシーは軽量化と小型化がなされていた。ナヤプルからガンドルンまでを往復しているディワシュの小型四駆よりも一回りほど小さい。なので、見た目は軽自動車のようだ。

 ゴパルを助手席に案内して、運転席に座ったカルパナが軽く肩をすくめて微笑んだ。

「小さな車ですので、定員は四名なんですよ。詰めて五人、車の後ろにしがみついてもらえば七人が上限ですね。パメやナウダンダの畦道が細いので、この形式の車になってしまいました」


 電気自動車なので排気音もなく、エンジンが唸る音も聞こえない。スルリと滑り出すように発進した。

 ゴパルが車の床に聞き耳を立てる。

「モーター音もほとんど聞こえないんですね。多くの電気自動車って、扇風機を回すような音が聞こえるんですけど」

 カルパナが穏やかに同意した。

「静かすぎると、運転中に眠ってしまいそうになりますよね。準天頂衛星の位置が良い間は、自動運転もできるそうなのですが……山だらけのポカラでは厳しいかな」

 等と雑談を交わしながらパメのカルパナ種苗店へ到着すると、ビシュヌ番頭がチヤを用意して待っていた。

 今も店内に数名の買い物客が居るので、合掌してゴパルに挨拶してからチヤを指さす。熱々で白い湯気が出ているので、到着を前もって知っていたのだろうか。

「こんにちは、ゴパル先生。チヤを用意しましたので、どうぞ一息入れてください」


 ゴパルが店内に入ってチヤを手にして礼を述べた。早速すすりながら、店内を見回す。

「スバシュさんは忙しそうですね」

 スバシュは店内の一角で数名の農家を相手にして、ミニトマト栽培の契約について説明していた。説明を続けながら、ゴパルに手だけを軽く振って挨拶している。

 それをゴパルと一緒に見たカルパナが、簡単に説明してくれた。

「冬のミニトマト栽培ですね。夏の方はそろそろ収穫終盤の時期です。今は連作障害について、スバシュさんが話している所ですね」


 ミニトマトもトマトなので、五年間以上の栽培期間を開けないと連作障害が起きる恐れがある。ちなみにトマトはナス科なので、ナスやジャガイモ、唐辛子やピーマンも植える事を避けた方が良いだろう。

 収穫したミニトマトは、ポカラのホテル協会が全量買い取る。買い取り価格は固定制で、事前に契約書で決められている。なお、病気や害虫被害に遭っていたり、小さすぎたり未熟な場合は、買い取られない事になっている。


 カルパナの話によると、ミニトマトの他にもサラダ用の葉野菜や、ハーブ、根セロリ等の契約栽培も併せて行っているそうだ。

 カルパナが微妙な表情で微笑んだ。

「ですが、これは農薬と化学肥料を使った普通の栽培ですね。種苗もF1や遺伝子組み換えをした品種ばかりです。生ゴミボカシ肥料の商業生産がもっと大きくなれば、有機農業的な方向に変えるつもりですよ」

 有機農業は認証を得ないと名乗れない決まりなので、実際には無農薬とか自然流という自称になる。


 ゴパルがチヤを飲み終えて、店の外の空模様を見上げた。まだ小雨が降っているが、傘をさす程ではない。

「スバシュさんが忙しそうですし、今回は三階のキノコ種菌工場の記録撮影は止めましょう。今なら段々畑を回っても大丈夫そうですね。案内をお願いできますか、カルパナさん」

 カルパナもチヤを飲み終わり、ゴパルが使ったグラスの隣に置いた。

「そうですね。では回ってみましょうか」


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