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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
ポカラは雨がよく降るんだよね編
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バルシヤ養鶏

 時間に余裕をもってパメを出発したのは、良い判断だったようだ。軍の駐屯地前でいつもの偉い人に止められてしまった。

「よう、カルパナさんとゴパル先生。雨なのに仕事熱心だな。まあ、チヤでも飲んでいけ」

 茶店の前には、車の速度を強制的に落とすハンプと呼ばれるカマボコ型の盛り上がりがある。それさえなければ、減速せずにそのまま手を振って通り過ぎたのだが……

 カルパナがスマホで時間を見ながら、口をへの字に曲げた。

「仕方がありませんね……」


 小さくため息をついてからバイクから降りて、茶店に入るカルパナであった。ゴパルも恐縮しながら続く。茶店のオヤジからチヤを受け取って、大人しくすすった。

 その様子をニコニコしながら見守る、茶店のオヤジと軍の偉い人だ。

「ヤマとかいう日本人が車を潰したそうだな。雨で地盤が緩んでいるから用心する事だ」

 ゴパルが神妙な表情でチヤをすする。

(やはり情報が伝わっていたか)

 カルパナもあまり表情を出さずにチヤをすすっている。

「ヤマさんでしたら、今頃は新しいバイクに乗って仕事をしているはずですよ。私のバイクと同型ですので、それなりに荷物も運べます。部品不足は深刻ですけれどね」

 軍の偉い人が、うむとカルパナにうなずいた。

「彼の活動範囲にはアルバやカリカ地区も含まれているそうだな。あそこには暴れ川が流れておる。この雨で増水しているだろうから、気をつけるようにと言っておいてくれ」

 カルパナが真面目な表情になって、少し考える仕草をした。

「……そうですね。川を渡る橋が無いんですよね。川の浅瀬を突っ切って渡らないといけないんですよ。でも、さすがに今の時期はバイクで川を渡らないと思いますよ」

 嫌な予感が頭をよぎるゴパルであった。

 そんな二人の反応を楽しそうに見つめる、軍の偉い人と茶店のオヤジである。

「盗賊団も雨に紛れて、色々と盗みを働いているらしい。用心するに越した事はないさ」


 チヤ休憩を終えて、再びバイクでポカラ盆地を東へ向けて走っていく。シスワ地区に到着すると広大な水田が広がる風景になった。

 ゴパルがバイクの後ろから景色を眺める。残念ながら雨雲が分厚く立ち込めているので、北の空にそびえているアンナプルナ連峰はカケラも見えない。

(そういえば、シスワ地区よりも東に行くのは、これが初めてかな)


 シスワ地区を過ぎると、前方に盆地の境界である山地がはっきりと見えてきた。その山のふもとには、縦長で大きな屋根の鶏舎が建ち並んでいる。あれがバルシヤ養鶏だろう。

「大きい施設なんですね」

 ゴパルの感想に、カルパナが同意した。

「確か、産卵鶏とブロイラーとが半々で、合計して五万羽くらい飼っているそうですよ」

 かなりの大規模だ。


 鶏舎に近づくにつれて、薄っすらと鶏糞の臭いがしてきた。何となくだが事情を理解し始めるゴパルである。

「なるほど。それだけの数を飼っていれば、悪臭対策は重要ですね。ポカラの東端という田舎に建てたのも、それで納得できます」

 それだけの規模の養鶏場が、もしもルネサンスホテルのあるダムサイドに建っていれば、悪臭問題を巡り住民との間で大騒ぎになっていただろう。


 カルパナがバイクを軽快に走らせながら告げた。もうポカラ盆地の東端に到着していて、今はバルシヤ養鶏がある川向こうへ渡る橋の上を走っている。ここも河岸段丘で、一番上の段に養鶏場が建っているようだ。

「この辺りは、バルシヤ養鶏さんの城下町みたいな感じですね。この場所に建てた理由ですが、テライ地域に比べて暑くないのもあるそうですよ」


 テライ地域では養鶏が盛んだ。インドから飼料を輸入するのに都合が良いためである。

 ただ、熱波がよく襲来するので、鶏が暑さでやられてしまいやすい。また、養鶏場が密集している場所が多いので、鳥インフルエンザのような流行病が発生すると、一気に壊滅するリスクがある。

 その二点を避けて、ここへ建てたのだろう。

 バルシヤ養鶏が建っている場所は、山が迫っているので日当たりはあまり良くないのだが、その分だけ涼しい。

 周辺には大きな集落も見当たらず、水田すらも少ない。雑木林が育って森になっている場所も多々あった。


 バルシヤ養鶏の門でチェックを受けてからバイクを走らせると、すぐに事務所へ到着した。すぐにバルシヤ社長が外に飛び出してくる。

 彼はマナン出身なので、ビカスやソナムと似たような風貌をしている。ただ、彼らと違って見事な中年太りの体型だが。

 メガネをかけているので、一重まぶたの細い目が強調されているようにも見える。髪は黒い直毛なのだが、短く刈り上げられていた。身長はカルパナと同じくらいである。そのままの勢いで、ヘルメットを被ったままのカルパナとゴパルに合掌して挨拶をした。

「久しぶりですね、ゴパル先生。ようこそ我が養鶏場へ」


 まずは鶏舎の風景をみてもらう事になり、全員が白いツナギ服に着替えた。頭にはサビーナが被っているような、袋型の使い捨て帽子をしている。足元もサンダルではなくてツナギ服と一体型の白い長靴だ。手にも白い使い捨てのゴム手袋をしている。

 ゴパルは仕事柄こういった防護服を着る機会が多いため、手馴れた様子で着替えて事務所の外に出てきた。

 バルシヤ社長も同じ白ツナギ服を着て待っていたが、ゴパルの着こなしを見て微笑んだ。

「着こなしが実にしっくりしていますね、さすが研究者ですな」

 ゴパルが袋型の帽子の上から頭をかいて照れている。

「低温蔵でも本来は着ないといけないんですけれどね。使い捨ての服は、ああいった場所ではゴミになるので持ち込めないんですよ。おかげで、最近は防護服は着ていませんね、ははは……」

 最後にカルパナが着替えて外に出てきた。彼女は当然ながら着慣れていないので、動きがぎこちない。

「お待たせしました。このツナギ服は着るのが大変ですね。いつも苦労します」

 バルシヤ社長がニッコリと微笑んで答えた。

「鳥インフルエンザとか、色々な伝染病がありますからね。鶏が感染すると、それだけで鶏舎単位で全羽殺処分しないといけない決まりなんですよ。そのリスクを少しでも減らすためのツナギ服です。我慢してください」


 実際はもっと苛烈で、養鶏場単位で全羽殺処分になる事が多い。さらに近隣の養鶏場で発生しても、巻き添えで殺処分を行う決まりだ。

 そのため、養鶏場はドーム型の密閉式鶏舎を採用する傾向が強い。窓がないので、電灯を使って明るさを維持している。

 鶏はキノコと同じく大量の新鮮な空気を呼吸に使うため、フィルターを介して浄化した外気をファンを使って鶏舎内部に送風している。


 こうやって外界との接触を断って養鶏をするというのが今の流れなのだが、残念な事にネパールでは停電や燃料不足が毎年発生している。

 自家発電機を回して対処する養鶏企業もあるのだが、バルシヤ養鶏のような五万羽規模になると、それも難しくなる。燃料の備蓄タンクだけで場所をとってしまうからだ。

 そして、その備蓄タンクに燃料をいつも満たすのも、この燃料不足の現状では難しい。公共機関向けが給油の最優先で、私企業向けの順位は低い。


 そのような話をバルシヤ社長がゴパルにしながら、鶏舎へ案内した。

「ここでしたら、周囲に養鶏場はありませんし、住民もまばらで少ないですね。何よりも高い山のふもとで、川のほとりですので冷気が溜まりやすいんですよ。朝夕は結構涼しくなります。その外気を最大限に利用しないと損ですよね」


次回からは午前1時の更新から毎時更新になります。そのまま一気に最終話まで進む予定です

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