輸送試験 その二
アルビンがカロチヤを運んできて、ゴパルとスルヤに手渡した。ダナの分は残ってしまったので、自身で飲む事にしたようだ。
そのカロチヤをすすりながら、アルビンが自身のスマホ画面を見て告げた。
「お……実験が始まったようですよ」
映像では、ナヤプルのバスパークの一角から小包を抱えた飛行ドローンがフワリと浮き上がる場面だった。そのまま真っすぐに、ガンドルンへ向けて飛び去っていった。
ディーパク助手が緊張した顔で見送っている。一方のディワシュや居酒屋のオヤジ達は、予想以上にあっけない離陸だったので拍子抜けして飲み直す事にしたらしい。ブツブツ何か文句を言いながら居酒屋へ入っていく。
そんな彼らを映像で見ながら、スルヤがジト目になった。
「もう、分かっていないなあ……輸送技術の革命が起きたっていうのに。本当に分かっていないなあ、もう」
ゴパルとサンディプが目を合わせて、無言で軽く肩をすくめた。まだ実験段階なので、これが実用化されるには時間がまだまだかかる。
そもそも、強力隊やロバ隊のコストと同じくらいにまで安く便利なサービスにならないと、商業飛行は無理だろう。
(現状は、緊急で小包を運ぶ時に使うくらいかな。低温蔵で保管するサンプルとか、医薬品とかそんな物に留まると思うよ、スルヤ君)
スルヤの目がキラキラしているので、口に出しては言わないゴパルであった。
カロチヤをすすりながらそんな雑談を交わしていると、ガンドルンの映像が表示された。早くもドローンが到着したらしい。
直線距離それ自体は短いので、当然といえば当然なのだが驚きの声を上げるゴパルとサンディプ、それにアルビンだ。スルヤはさらに目を輝かせて、なぜかドヤ顔になっている。
「最初の着陸地です。さすが、飛ぶとすぐに着きますね」
着陸場所に今回指定されたのは、ガンドルンの尾根にあるアンナプルナ保護地域国立公園の管理事務所だった。
その石畳の広場にドローンが着陸し、ローターの翼の回転が完全に止まる。すると、建物の中から傘をさしたバフン階級の事務所長が、面倒臭そうな歩き方で出てきた。
ゴパルが同情する。
「この雨の中で外に出るのはね……私が担当したとしても面倒だなと思いますよ」
事務所長が小包の荷札にサインを書きこむ。これでガンドルンでの着陸を確認したという証明になる。それを終えてドローンから離れて建物の中へ戻り、スマホを取り出して何か操作した。スルヤが解説する。
「離陸の承認ボタンを押したんですよ。次はチョムロンですね」
この映像を撮影していたのは、サンディプの仲間の強力だったようだ。野太い声がして、撮影の終了を告げた。
サンディプがグルン語で何か答えている。ニコニコしているので、撮影の仕事を労っているのだろう。
このようにして、予定された場所での離着陸を繰り返しながら、ABCへ向かって飛んでいくドローンだ。
セヌワではカルナと叔父のニッキ、それとなぜかジヌーのアルジュンまで居た。セヌワの民宿街は大きな岩の上に密集して建っているので、広場と呼べるような場所はない。雨も降っているので屋上も使えないようだ。そのため、民宿街とセヌワの集落の間にある段々畑を借りて、そこに着陸していた。
撮影しているのが地元グルン族の強力のオヤジなので、カルナを含めた全員がグルン語で話している。おかげで、何がなんだか理解できていないゴパル達であった。
アルビンが苦笑しながら謝る。
「すいませんね、ゴパルの旦那。スルヤの旦那。これから酒盛りをしようと言っているだけですので、気にしないでください」
なるほど、それでカルナさんがジト目になって、文句を言っているように見えるのか……と納得したゴパルであった。
セヌワを離陸すると、狭い峡谷の中を飛ぶルートになる。準天頂衛星による測位をするには、上空に四基必要なのだが、この狭い谷では無理になる。
そのため、MBCまではドローンによる完全自律飛行モードに移行する。ドローンが周囲の地形を判断しながら飛ぶというプログラムだ。
この峡谷にも強力隊の仲間が要所要所で待機してくれていた。残念ながら峡谷の中では電波状態が悪いので、スマホは使い物にならない。墜落した際には、近くで目撃した強力が笛を吹いて緊急事態発生を知らせる手筈である。
この峡谷をドローンが抜けるまでは、映像も入ってこない。暇になったので、スルヤがディーパク助手から聞いた話をゴパル達三人に話した。
ABCでの着陸地は、民宿ナングロの石畳の前庭だ。ゴパル達がチヤ休憩をしている場所である。
「僕も聞いて驚いたのですが、今のドローンってかなり優秀なんですよ」
ナヤプルからABCまでの地形は既に立体地図化してあるので、それを基にしてドローンが飛行する。ただ、アンナプルナ街道の集落は全てが急峻な山腹に位置するので、より精密な位置情報が必要になる。
そこで利用されたのが準天頂衛星による測位サービスだ。これを使う事で測定誤差が数センチ以下になる。
「今回は、一メートル四方の枠内に離発着を繰り返す実験ですね。しかも、この枠って着陸用の目印とか付けていないんですよ」
スルヤがキラキラした目でゴパルに話していく。ゴパルもそれなりに関心があるようで、熱心に聞いている様子だ。
そんな話をしていると、MBC方面からドローンが飛んできた。予定通りに民宿ナングロの前の石畳の広場に着陸する体勢に移行する。
野次馬と化している民宿のスタッフや観光客に、アルビンとサンディプが呼びかけて遠ざけていく。
着陸はかなりあっけないものだった。ローターの回転が止まってから、サンディプとスルヤが駆け寄る。
箱を開けると、中にはガラスのコップが重なって詰められていた。それらにヒビや割れが入っていないか調べて、スルヤがスマホで撮影する。
ドローンの状態をスマホの検査アプリを介して調べ、特に異常が発生していない事も確かめているようだ。
「全て正常ですね。バッテリー残量も想定の範囲内です。充電なしでナヤプルまで戻れますね」
それをチヤをすすりながらゴパルが眺める。既に野次馬達に混じっているような雰囲気だ。モブ化している。
(低温蔵での仕事よりも生き生きしているような気がするなあ……スルヤ君って、工学が好きなのかな?)
サンディプが改めてガラスコップを箱詰めして、小包の荷札にサインをした。
「よし。それじゃあナヤプルまで飛んで戻れや」
ドローンの周囲から人を遠ざけて安全を確認してから、サンディプがスマホのアプリに表示されているボタンをタッチした。離陸許可の合図だ。
ドローンのローターが再び回転し始めて、あっという間に空中に浮かび上がった。そのまま自動で来た道を飛んで戻っていく。
イベントが終わったので、民宿スタッフや観光客が近くの食堂に入ってチヤ休憩を始めた。アルビンの宿の食堂も満席になってきたので、ゴパルとサンディプ、それにスルヤに手を振って笑った。
「厨房が忙しそうなんで戻ります。実験成功して良かったですね」
サンディプがスルヤの肩をつかんで、食堂へ連れていく。
「スルヤの旦那。ドローンの事について色々教えてくれや。面白そうだナ」
「ちょ、ちょっと、サンディプさん。僕はまだ来たばかりで、荷物もまだ部屋に入れてないんですよお」
そんな言い訳を聞くわけがないサンディプである。ガハハ笑いをしながら、強引に食堂内へ入っていった。にこやかに手を振って見送るゴパルだ。
「がんばれー、ドローンに詳しいスルヤせんせー」
スルヤの罵倒を快く聞きながら、ゴパルが軽く背伸びをした。
「さて。スルヤ君の代わりに、この実験の報告書でも書くかな。あの勢いだと、酒を飲まされる事になりそうだしね」




