輸送試験 その一
西暦太陽暦の八月に入ると、登山道の復旧工事がひとまず終わり仮開通となった。強力隊が登ってきて、各民宿ごとに食料や日用品を配達していく。
ここABCの民宿ナングロにも、サンディプが荷物を担いで登ってきた。道中で一緒になったのか、ダナの交代で登ってきたスルヤも居る。
アルビンに手を振って挨拶を交わしたサンディプがベンチに腰掛けて、背負ってきた大きな荷物を下ろした。
「ふいー……やっぱりここは涼しいナ。注文の品を運んできたぜ、アルビン」
アルビンが荷物とリスト表とを見比べていき、ニッコリと笑う。
「確認したよ、ありがとう。土砂崩れの場所はどうだった?」
サンディプがアルビンからチヤを受け取って、肯定的に首を振った。
「いつもの土砂崩れだ。大した事はないナ。ちょっとした観光地になってたぞ。写真撮りまくってる外国人だらけだ」
低温蔵からゴパルとダナが顔を出した。ゴパルがサンディプに合掌して挨拶してから、同行しているスルヤを手招きする。
「交代ご苦労さま、スルヤ君。予定を前倒ししてドローンの試験をするんだってね」
ダナがスルヤとハイタッチをしてから、民宿の部屋へ駆けこんでいく。
その後ろ姿を見送ってから、スルヤがゴパルに振り返った。まだ汗だくだ。
「はい。土砂崩れが起きて、微生物のサンプル搬入に支障が出ると危惧したみたいですね。実際は、この通り登山道が復旧してしまいましたけど」
いったん決まった実験計画は、そう簡単には中止できないらしい。
スルヤの話では、ナヤプルから荷物を積んだ飛行ドローンが離陸して、まずガンドルン集落に着陸する。着陸場所は、アンナプルナ保護地域国立公園の管理事務所前にある広場だそうだ。
その後、再び離陸してチョムロン、セヌワ、MBCと続けて離着陸を繰り返し、最後にここABCに到着する計画だ。
スルヤが少し困ったような笑顔を見せて、軽く肩をすくめた。
「実験日が前倒しになったので、ポカラ工業大学の院生達の都合がつかなかったようです。それで、クシュ教授経由で、僕がABCでのドローン着陸と荷物の確認をする事になりました。ははは」
ここはアンナプルナ保護地域内なので、実験をするには入域許可が必要になる。その申請した日付よりも早く行う事になったので、入域できない状態らしい。一方で、スルヤ達は既に入域許可を得ている。そこへ便乗するという形になったようだった。
ゴパルが少し呆れた。
「何と言うか、その……スルヤ教授もクシュ教授と同類ってことか。思いつきで始める癖があるようだね。困ったもんだ」
一応、念のために補足するが、スルヤ教授と博士課程のスルヤとは親戚関係ではない。インド圏では神様由来の名前をつける習慣があるので、同じ名前になる場合が結構多かったりする。ちなみに姓の方は、スルヤ教授はスベディで、博士課程のスルヤはシャルマだ。
サンディプが荷物を他の民宿に届け終えて、肩と首を回しながら戻ってきた。
「俺も実験に参加するんだけどナ、機械にちょいと弱いからスルヤの旦那に頼んだ。そろそろ始まるんじゃねえか?」
スルヤが自身のスマホをポケットから取り出して、時刻を確認した。
「ええと……三十分後に実験開始です。ポカラ工業大学のディーパクさんのチャンネルを使って、様子を映像で見る事ができますよ」
ゴパルとアルビン、それにサンディプもそれぞれのスマホを取り出して、そのチャンネルを表示させた。ゴパルが目を輝かせる。
「あ……ここってナヤプルのバスパークですね。ん? ディーパクさんだ。ディワシュさんも居る」
バスパークの一角には小さなドローンが置いてあり、それが防水シートを被せた段ボール箱を一つ抱えている。ディーパク助手がドローンの機体を最終確認しているようだ。
サンディプの話では、飛行ドローンの着陸場所に彼の強力仲間が配置されているという事だった。
何か事故が起きてドローンが墜落した際に、落下地点を知っている強力が居れば迅速にドローンを回収できる。この辺りには盗賊団が潜んでいるという噂があるので、彼らに盗まれる恐れがあるためだ。
ダナが下山準備を完全に整えて戻ってきた。
「それでは、僕は戻ります。スルヤ、後はよろしく」
ゴパルが苦笑している。
「そんなにディーロと即席めんだけの生活は嫌だったかい……ご飯は気圧が低くて美味しく炊けないから、仕方がないんだけどな」
ダナがジト目になって答えた。
「それもありますけど、また土砂崩れが起きる可能性があるでしょ、ゴパルさん。ここで時間を潰してしまうと、僕の博士号取得が幻になって消えてしまうんですよ。では!」
スタコラサッサとばかりに下山していったダナであった。スルヤがうんうんと深くうなずいて同意している。
「ですよね、ですよね。土砂崩れの場所を通り過ぎた時とか、緊張感が凄かったですし」
ゴパルがスルヤの態度を見て小首をかしげた。
「それにしては、ずいぶんと気楽な感じだね。ABCに慣れてきたのかな?」
スルヤが軽く肩をすくめて苦笑いした。
「実は、首都では停電時間が延びて、燃料不足も起きているんですよ。断水時間も増えてますし。ABCの方が暮らしやすいと僕は思います。白ご飯はクソ不味ですけどね」




