コック・オー・ヴァン
魚料理には、ニンジンやタマネギ、セロリ、西洋ネギ、カブ、キャベツ等の野菜をたくさん加えて煮込んでいる。ゴパルが料理の紹介分を読みながら垂れ目を輝かせた。
「あっ。イラクサの若葉や新芽も使うって書いていますね。いいなあ」
ネパールではイラクサ料理を好きな人が結構多い。イラクサにはトゲが多く生えていて、うっかり刺さると毒で痛い思いをする。しかし、きちんと処理をすれば、香草系の香りを楽しめる旨味のある野草として使える。
クシュ教授がゴパルのふやけた表情を見て、少々呆れている。
「イラクサならポカラやガンドルンにも生えているだろう。ああそうそう、バクタプール酒造のカマル社長が、イラクサの蒸留酒やリキュールを試作しているそうだ。完成したら試飲してくるといい」
料理の付け合わせは、ゼンマイの塩茹でという事だった。今度はゴパルが羨望のため息をつく。
「ゼンマイも美味しいですよね。とろみがある野草なので、クリーム煮と相性が合うかも。食べた事が無いので憶測ですが」
隣ではダナが頬を膨らませて、大いにすねていた。元々丸顔でもっさりした眉なので、すねるとさらに顔が丸くなる。
「ずるいですよ、クシュ教授うううう……僕だけ食べる事ができないのは不条理です」
ゴパルも大いに同意しながら、二つ目の料理の説明文を読んだ。
「コック・オー・ヴァンですが、ちゃんと一年齢の雄鶏を使うんですね。これも美味しそうですよ。赤ワインを飲むのが進みますね」
メニューを見るまでは『コッコバン』と覚えていたのだが、正式には『コック・オー・ヴァン』と呼ぶと知った様子である。
この料理はゴパルが言った通り、雄鶏を使うのが元々の方式だ。成長して肉が固くなっているので、赤ワインを使ってマリネして下処理を済ませておく。
この肉をニンジンやカブと一緒に鍋に入れて、赤ワインと鶏のダシを加えて煮込んでいく。このニンジンとカブは、前もって下茹でしてアクを抜いておく。
雄鶏の肉だが、長時間煮込み過ぎると肉の旨味が抜けてしまう。そのため、短時間で骨までしっかりと熱を通すのがコツだ。アク取りはこまめに行う。
肉に火が通ったら取り出し、残った煮汁から野菜をろ過して除く。この煮汁に塩とバターを加えて味を整えてソースにする。野菜はそのまま付け合わせに使っても構わない。
なおソースには今回、鶏の血を加えているという説明だった。ただ、これをすると難易度が跳ね上がる上に、料理が冷めると不味くなる原因にもなる。そのため、家庭で作る場合には加えない方が安全だろう。
「バクタプール酒造の赤ワインはテンプラリーニョ種です。この料理との相性は良いと思いますよ、クシュ教授」
クシュ教授が穏やかにうなずいた。
「うむ。ゴパル助手もそう思うかね。では、勧めてみよう。KLや光合成細菌も使ってもらっているからね」
その後は、低温蔵での研究報告や生データをファイルにして送信した。今の時期は電波の状態が良いので、無事に送信を終える事ができた。ほっとするゴパルである。
届いたばかりのファイルをざっと斜め読みしたクシュ教授が、満足そうな表情をした。
「うむ。順調に研究が進んでいるね。サンプルの保存状態も設計通り良好だ。これで首都で長期の停電が起きても安心できるよ、ありがとう」
ゴパルが困ったような笑顔になった。
「今は土砂崩れで陸の孤島ですけれどね。数日間はこの状況が続くそうですので、サンプルの送付は来週以降に延期した方が安全だと思います」
クシュ教授が了解した。チヤを手にしてすする。体を大きく動かしたので、クシュ教授が今回も巻スカートのルンギ姿だったのが分かった。本当に研究室内で寛いでいるようだ。
画面の隅にチラチラと、ラメシュやスルヤの横顔が見え隠れしている。一心不乱に何か作業をしている。
(交流会の準備をしているんだろうなあ……がんばれー)
気楽に応援するゴパルであった。




