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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
ポカラは雨がよく降るんだよね編
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蛇の話いろいろ

 カルパナのバイクに乗って、パメのカルパナ種苗店へ到着すると、弟のナビンが出迎えてくれた。バフン階級の司祭パンディットの白い衣装を着ている。

「こんにちは、ゴパル先生。雨の中大変ですね」

 ゴパルが合掌して挨拶を返す。

「こんにちは、ナビンさん。その衣装という事は、ナーガパンチャミ関連ですか?」


 ゴパルに聞かれて苦笑するナビンである。蛇神のお札を取り出した。

「はい。うっかり種苗店に貼るのを忘れていまして。ビシュヌ番頭さんから文句を言われて、さっき来たところです」

 そのビシュヌ番頭がチヤをゴパルとカルパナに手渡しながら、仏頂面になった。

「バッタライ家とタパ家も大事ですが、この店も大事ですよ」


 お札は基本的に店では売っていない。パンディットが印刷所に掛け合って刷ってもらうのが基本だ。

 ナビンとサビーナの兄のラビンドラの二人で、パメ、チャパコット、ナウダンダ、それにマレパタン地区の家々を回ってお札を貼りつけていたと、ビシュヌ番頭が話してくれた。大いに同情するゴパルだ。

「うは……相当な数の家を回ったんですね。お疲れさまでした。それでしたら、うっかり忘れるのも仕方がありませんよ」

 涙目になってうなずいているナビンだ。

「ですよね、ですよねー。おかげで筋肉痛になって家で寝込んでいたのに、こうして呼び出されたんですよ」


 ひとしきり文句を垂れてから、ナビンがお札を種苗店の柱に貼りつけた。低温蔵ではノリを使っていたのだが、ナビンは司祭らしく伝統的な方法で貼りつけている。牛糞をノリとして使った貼り方だ。


 手を洗って首や肩をグルグル回したナビンが、ゴパルに手を振った。

「それでは私はこれで。家でひっくり返って寝る事にします。姉さん、ゴパル先生をあまり引き回してはいけないよ」

 カルパナが頬を膨らませて軽いジト目になった。

「そんな事はしないってば。筋肉痛になるのは、日頃家でゴロゴロしてゲームばかりしているせいでしょ。少しはブミカさんのお手伝いをしなさい」

 ブミカはナビンの嫁さんである。

 逃げるように去っていくナビンの背中を見送ってから、カルパナが気をとり直して笑顔をゴパルに向けた。

「三階のキノコ種苗工場を先に見ておきますか?」

 ゴパルが少し考えてから、肯定的に首を振った。

「そうですね。せっかくですので、ちょっと見てみましょうか」


 スバシュはチャパコットの花卉ハウスに行っていたので、代わりにカルパナが案内した。特に問題になるような事は見当たらず、満足そうな表情になるゴパルだ。従業員達にも合掌して挨拶をして回る。

「以前と比べると、従業員さんも手馴れてきていますね。ナヤプルやジヌーでもヒラタケ栽培が普及しているので、需要がこれからも増えると思いますよ」

 カルパナが少し緊張した表情になった。

「大きな期待がかかっていますよね。種苗店の大きな収入の柱になりそうですけど、農家さんの生活もかかってきますね。責任重大です」

 ゴパルは気楽な表情のままだ。

「キノコの専業農家は出てこないと思いますよ。連作障害の問題がありますから、規模を拡大するほど土地や施設が必要になります。農家の副収入の一つに落ち着くはずです」

 それでもまだカルパナが緊張しているので、ゴパルが提案した。

「では、次に段々畑に行きましょうか。確か、夏トマトの収穫が始まったのですよね」

 カルパナがポンと軽く手を叩いて合わせた。

「あっ、そうでした。今日の収穫はもう終えていますけど、撮影用に一房残してあります。ご案内しますね」


 段々畑を上る間に、カルパナが蛇にまつわる話を色々としてくれた。

「見ての通り、耕作放棄地が多くなって雑木林になってきています。野ネズミが棲みついてきていまして、それを食べる蛇もまた増えてきています。特にチャパコットで多いですね。ゴパル先生も、森の中を歩く時には注意してください」

 ネパールでは年間でおよそ八百人が毒蛇に咬まれて医者にかかっている。死亡者は十名ほどなのだが、そのほとんどはテライ地域だ。首都やポカラのような山間地では少ない。

 それでも青ハブと呼ばれる緑色の毒蛇が生息しているので油断はしない方が良いだろう。ちなみにテライ地域にはコブラが生息している。

 そのため、ナーガパンチャミ祭はテライ地域の方が盛んだ。コブラは家の中にもネズミを追って入って来るので、意外と屋内での咬傷事件が多い。


 民間信仰では蛇はチョークの粉を嫌うというのがあり、土間に白いチョークで描いた結界がよく見られる。しかし、実際の効果は疑わしい。

 やるとすれば、養豚場や養鶏場で見られるような、幅数メートルの石灰散布ラインを設ける必要があるだろう。ネズミの餌となる昆虫やミミズなどが、この分厚い石灰エリアを嫌うので、ネズミが興味を持たずに近寄らなくなるためだ。ただそれでも不十分なので、ネズミ返しの板などを設置している所が多い。

 ちなみに蛇神の好物はなぜか牛乳という事になっている。そのため、蛇神の像を祀っている祠では、牛乳を供物として捧げている。

 その牛乳はリテパニ酪農で液肥にしているほど栄養分が豊富なので、それに対応できる浄化槽を設置する必要があるだろう。でなければ、廃棄された牛乳がムシの餌になってネズミが寄ってくる。


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