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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
ポカラは雨がよく降るんだよね編
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ギーづくり

 バイクを飛ばしてリテパニ酪農へ到着すると、駐車場で出迎えてくれたレカがフラフラしていた。元気がなく、ゾンビのような動きをしている。

「腹減ったー。しぬー」

 そんな状態なので、紅茶園や光合成細菌の培養ハウス、それに対岸のバグマラにあるオリーブ園への訪問は中止になってしまった。がっかりするゴパルである。

「むむむ……レカさんに無理をお願いする訳にはいきませんし、今回は仕方がありませんね」

 レカがカルパナの背中にもたれながら謝った。

「ごめんよ~。バグマラまで歩いたらマジで死ぬう~」


 代わりに、レカの兄のラジェシュが現状を話してくれた。呆れた目でレカを見ているが、エカダシの日なので理解はしているようだ。弱い癖がある黒髪の長髪をリズム良く振っている。

「では、俺が簡単に作業を説明しますよ、ゴパル先生」


 まず、バグマラ地区にあるオリーブ園だが、今は挿し木苗をつくっているという話だった。

 新芽が付いている若い枝を選んで、枝の先端から十センチほどの所で切り取る。それを湿らせた砂に差して、半日陰の場所に置く。

 しばらくすると根が生えてくるので、それを育苗土を詰めた鉢に植え替える。これで挿し木苗の出来上がりだ。後は三年間ほど鉢植えで育ててから、畑に定植する。

 ゴパルがメモを取りながら驚いたような表情になった。

「思ったよりも簡単に増やせるんですね、オリーブの木って」

 ラジェシュがニッカリと笑った。相変わらず無駄な動きが多い。しかしゴパルも見慣れてしまい、普通に受け入れているようだ。

「栽培はそれなりに大変ですけどね。サビーナさんが喜んでくれるんで、続けているようなものかな」


 この他に、紅茶園の作業も教えてくれた。先日、千平米あたり一トンの生ゴミボカシを投入したという事だった。野犬や野ネズミに掘り起こされているようだが、紅茶は木なので特に被害は出ていないらしい。

「もう雨期なんで、土中深くに生ゴミボカシを埋めると腐ってしまいそうなんですよね。だもんで、表層五センチまでの深さで土に混ぜ込んでいますよ」

 了解するゴパルだ。

「それで良いと思います。河岸段丘は水はけが良いのですが、周辺が水田に囲まれていますからね。地下水位がかなり上昇しているのは間違いないでしょう」


 レカが事務所のソファーに倒れてぐったりしたので、ラジェシュが本題に移った。ついでにレカに薄手の毛布をかけてやっている。

「それじゃあ、ギーづくりを見てもらいましょうか。準備が整ったみたいですよ」


 場所は先日オリーブ油を搾った小屋だった。既に作業が始まっていて、十個ほどあるコンロの上に大きな寸胴鍋が鎮座していた。

 作業員達に軽く挨拶をしてから、ラジェシュが説明を始める。慌ててスマホを取り出して撮影するゴパルだ。

「雨期に入ると生乳の成分濃度が下がって、品質が悪くなるんですよ。牛乳にして売っても単価が下がってしまうので、この時期はこうしてギーを作っています」

 ゴパルが質問した。

「という事は、バドラ月の末まで続けるんですか?」

 バドラ月は西暦太陽暦では八月中旬から九月中旬までの期間を指す。ラジェシュが否定的に首を振った。

「バドラ月の中旬までですね。それ以降は涼しくなってくるので、雨が降っていても牛乳にします。では、簡単にですがギーづくりの工程を紹介しますね」

 今は牛乳を使っていたので、その説明を始めた。水牛乳でも同じだと前置きをする。

「うちでは乳酸菌を加えて発酵させてから、かき混ぜてバター状態にしています。この乳酸菌はクシュ先生が提供してくれたモノですね。良い感じに発酵してくれますよ」

 照れて頭をかくゴパルだ。

「ありがとうございます。役立っていて良かった。実験室では上手くいっても、商業利用ではダメな場合って結構多いんですよ」


 発酵すると凝固してヨーグルトになる。これを軽く水切りしてから、かき混ぜ機に入れて高速で混ぜる。こうする事でバターのような状態に変わる。

 この際に上澄み液も生じるのだが、それも一緒に寸胴鍋に入れる。そして、トロ火にかけて一時間ほど加熱する。

「水分が蒸発していくとパチパチと音がします。その音が収まると、溶けたバターが分離して鍋底に沈殿し始めます。こんな感じですね」


 ラジェシュがそう言って、加熱中の寸胴鍋の中を指さした。ゴパルもスマホを向けて中の様子を撮影する。

「ああ、確かに何か黒っぽいモノが沈んでいますね。上澄みはもう、見慣れたギーの色になってきていますよ」

 薄い黄金色とでも表現できるだろうか。ビールのような色ともいえる。ラジェシュが作業員に何か指示を出してから、話を続けた。

「沈殿したモノが黒く焦げつき始めたら、火を止めます。後は、ろ過して完成ですね」


 ラジェシュがその作業を見せてくれた。大きな寸胴鍋に入った薄い黄金色の液体を、ろ過用の大きなステンレスタンクに流し込んでいく。

「ろ材はロクタ和紙をたくさん重ねて使っています。カルパナさんの所の椿油と同じようなろ過方法ですね」

 ろ過は重力の作用だけを利用するという事で、搾ったり圧力をかけたりはしていない。

 ラジェシュが軽く肩をすくめて笑った。少しだけ挙動不審な動きが生じている。

「ろ過に二時間ほどかかるのが面倒ですね。それと、焦げた澱は不味いので商品にならないのも、ちょっとね」

 最後に、耐熱ガラス瓶に注がれた出来立てのギーをゴパルに見せた。

「これが完成品です。ポカラは暖かいので固まりませんが、首都だと寒い時期には白くなって固まる恐れがあります」

 ゴパルが接写してからスマホの撮影を終了した。

「なるほど、注意するように母に伝えます。ありがとうございました。早速実家へ送りたいので、一箱買いますね」

 ラジェシュがニッコリと笑った。

「毎度ありー」


 カルパナも一箱注文したので、それも配送するように作業員に指示を出すラジェシュだ。小屋から出て、ゴパルに告げた。

「では、次はこちらの番ですかね。ちょいと問題が起こってまして……」

 この時期は湿度が高くなるので、乳房炎が起こりやすいと話してくれた。

「乳房への負荷を軽くするために、乳搾りの回数を増やしてはいるんですけどね。何か妙案はありませんか、ゴパル先生」

 ゴパルが腕組みをして考えた。

「牛の病気の専門家ではないので、あまり参考にならないと思いますが……水で薄めたKL培養液を、乳搾りの前に乳房に散布してはどうですか? 百倍に水で希釈すれば、酸性も和らぐかな」

 素直に了解するラジェシュだ。

「分かりました。早速実行してみますよ。ああでも、KLが生乳に混じると、ヨーグルトにしてしまうんでしたよね。乳搾りの前によく水洗いして、KLを洗い流しておきますか」

 今度はゴパルが素直に了解した。

「そ、そうですね。それでお願いします」

 クスクス笑って聞いているカルパナである。


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