チョムロンへの道
文句をぶーぶー言っている欧米人観光客達を追い抜いて、坂を下っていくゴパル。道は石板の階段が途切れがちになり、雨に濡れて泥だらけになった土道に変わっていた。
転ばないように、バランスを取りながら下っていく。それでも時々、ツルツルと道を滑って、測量ポール杖にしがみついているが。
「ネパールの道に、なってきたか……」
軽登山靴が泥まみれになっているが、そのまま構わずに歩いていく。景色も、先程のガンドルン周辺とは違ってきていた。
傾斜が急になってきているので、段々畑も小さい面積のものになっている。
水田は全く見当たらなくなり、段々畑も水平では無く、少し谷側に傾斜がついたものになる。ジャガイモやシコクビエや粟ばかりの畑だ。
耕作放棄地も増えていて、灌木どころか、背の高い雑木が茂る森に変わった畑も見られた。それでも、枝葉が刈られているので、家畜の餌や薪として利用しているのだろう。
谷も狭く深くなっている。谷の向かい側に広がっている、岩盤混じりの急傾斜の森が近くに見えてきた。
ゴパルが上空の雨雲を見上げる。森の中で採集をしている際に感じた、ひんやりとした森の空気が流れている。
「アンナプルナ連峰の氷河が近いから、空気も冷えてきたか。土砂崩れが起きませんように」
山の沢谷に架かった小さな橋を渡って、今度は上り道を歩いて行く。
その途中で、別のロバ隊が坂を下ってきた。こちらのロバ隊は、竹細工の背負いかごや、ザル、小物入れ等を積んでいた。先程のロバ隊でも同様だったのだが、ロバの背に乗せた鞍の左右に、荷物を縛って固定している。
ただ、今回の隊をまとめている者は、グルン族の中年男だ。
その男が、ゴパルに手を振った。ロバ隊も止まる。男は、もちろんゴパルとは初対面だ。面食らっているゴパルに、その男が、グルン語訛りのネパール語で話しかけてきた。
「よお、ゴパルの旦那っ。今晩はセヌワの宿で、ワシらの大将ともチャイ、会ってくれるってな。よろしく頼むわ。ガハハ」
早くも、ゴパルの情報が、あちこちに伝わっているようだ。
ロバが早速、道端の雑草を食み始めた。首にかかっている大きな鈴が、ゴロンゴロンと鈍い音を立てる。
田舎では、どこでも似た様なものなのだが、まさかロバ隊にまで知られているとは、思っていなかったゴパルだ。それでも、穏やかな笑みを浮かべて挨拶する。
「こんにちは。良い話ができる事を期待しているよ。その竹細工は、チョムロンで作っているのかい? 立派な出来だね」
ロバの背中の背負いカゴをポンポン叩いて、ガハハ笑いをする男だ。
「おう、チョムロンとセヌワ製だぜ。んじゃ、ワシはこれで。ちょいとナヤプルまで、行くんでね」
ロバ隊が動き出した。男を見送るゴパルだ。
今度は、青い学生服を着た、地元の小学生と中学生が坂を下ってきた。
「ゴパル先生ですねっ。こんにちは。低温蔵の建設ができると良いですねっ」
いきなり名前を言ってくる。さすがに苦笑するゴパルであった。
「こんにちは。これから学校かい?」
小学生の制服は、ネパールでよく見かける青い生地の長袖シャツだ。ネクタイを締めるのが正式だが、面倒がって締めない小学生が多い。
男の子はズボン、女の子はスカートになるが、ほとんどの女の子はスカートの下にズボンやタイツを履いている。このズボンとスカートも制服である。
中学生の方は、白い長袖シャツに、男女ともにネクタイを締めている。男の子は黒いズボンで、女の子は黒いスカートだ。こちらもスカートの下にズボンやスパッツを履いていた。傘を差して、器用に泥道を歩いている。
学生を引率するのは、中学生の男の子で、彼がニコニコしながら答えてくれた。
「はい。昼の部に、これから向かいます」
ゴパルが、小学生達を見て、首をかしげた。
「ガンドルンの学校に向かうのかい? チョムロンには無いのかな」
小学生達が飽き始めたようで、騒ぎだした。そのキーキー騒いで駆け回り出した、青い小学生達をたしなめて、中学生の男の子が肩をすくめた。
「ありますよ。ですが、ガンドルンには私立学校があるんですよ。僕達は、そこの学生です」
首都では、私立学校が多くあるのだが、ガンドルンにもあるらしい。その割には、小学生は、公立学生が着る様な、青い制服なのだが。学生の色という事で、山の中では目立つのだろうか。
確かに、白いシャツと黒いズボンの私立中学生の制服は、青い制服ほどには目立たないように思える。
勉強を頑張ってと応援してから、彼らと別れるゴパルであった。というよりも、青い小学生達が制御不能になって、ガンドルンへ向けて駆けだしたためであったが。