シスワに寄り道
パメの段々畑をざっと巡回した後は、カルパナのバイクでリテパニ酪農へ向かう事になった。
ヘルメットを被ったカルパナが、バイクを運転しながら後部荷台に座っているゴパルにそっと提案してきた。
「ゴパル先生。ちょっとシスワへ寄り道しても構いませんか? マンゴとドラゴンフルーツの収穫が本格化しているんですよ。ちょっと食べていきませんか?」
即答で賛成するゴパルだ。
「良いですね。行きましょう、行きましょう。マンゴを食べるのは人間の証明でもありますからねっ」
マンゴはネパール語ではアープと呼ぶのだが、ヒンドゥー語ではアームと呼ぶ。このアームには他に『一般』という意味もある。なので、一般人を『マンゴの人』と茶化す事がある。
クスクス笑うカルパナだ。運転は空腹のせいなのか、いつもよりもキレがあるようだが。
「そうですね。それでは、立派な人になるためにマンゴを食べに行きましょうか」
途中のネパール軍駐屯地前には、いつもの軍の偉い人がチヤを飲んで寛いでいたので、立ち話を少しするカルパナとゴパルであった。
盗賊団については消息不明になっているらしい。偉い人が少しバツが悪そうな表情をしながら、ゴパルを労わった。
「せっかく知らせてくれたのに、取り逃がしてしまった。面目ない。まあ、実働部隊はポカラ警察だったんで、ワシら軍の出番はほとんど無かったんだがね」
ゴパルも頭をかいて両目を閉じている。
「私も大して役に立てていませんよ。カルナさんの方が詳しいですしね」
軍の偉い人が話題を変えた。
「日本の援助隊の騒動にも巻き込まれたそうじゃないか。大変だったな。実はこの近所にも男の農業隊員が居てな。周辺の住民からは変人扱いをされておるよ」
一軒家を借りて暮らしているそうだが、その屋上に土を敷いて屋上菜園を作ったらしい。しかし雨期の雨で土が流れ出て、屋上の排水管が詰まった。さらに、水を吸った土の重さで天井にヒビが入ったのか、天井から雨漏りする事態になってしまったそうだ。
顔を見合わせるゴパルとカルパナである。カルパナが遠慮がちにコメントした。
「せめて、プランター栽培でしたら、まだ良かったと思いますが……何を植えたのですか?」
軍の偉い人が肩をすくめて答えた。
「トマトだと聞いたな。パメでトマト栽培が有名になったから、試してみたんじゃないのかね」
何となく理解するゴパルだ。
「あー……トマトって高く売れますからね。特に雨期は」
カルパナは軽いジト目になっている。
「トマトは根の張りが深くなるんですよ。天井のヒビに根が入り込んで押し広げたのかも。それに濡れた土って、かなり重くなりますよ」
畑に植えると地下一メートルまで根が伸びるのがトマトだ。生育が良いと二メートルにも達する。
他にはレカナート市の養豚団地の話題にも触れた。軍の偉い人がニコニコし始める。
「悪臭が問題になっていたんだがね、最近になって弱まってきているんだよ。KLのおかげだな、ゴパル先生」
恐縮するばかりのゴパルだ。
「畜舎の臭い消しって、養豚業ではやった事がなかったんですよ。私はKLの使い方の説明をしただけです。実際に効果を上げたのはギャクサン社長ですね」
そう言ってカルパナに視線を向けた。パッと顔を逸らすカルパナである。
(豚だから仕方がないかな……不浄の動物だし)
養豚団地へは、そのうちに機会を改めて伺ってみようと思うゴパルであった。
あんまり長居しても良くないので、シスワへ向かう事にしたカルパナとゴパルだ。軍の偉い人の分もチヤ代金を支払ったカルパナがヘルメットを被った。
「さて、マンゴを食べに行きましょうか、ゴパル先生」
軍の駐屯地からシスワまでは、ほぼ真っすぐな道でデコボコも少ない。快適なツーリングを楽しんでいる様子のカルパナだ。ゴパルはバイクの速度がかなり上がっているので内心ヒヤヒヤしているようだが。
この辺りは平地が広がっているので、一面の水田風景になっていた。
アヒルの群れも水田の中でウロウロしている。放牧されている水牛や牝牛の群れには、牧童が張り付いていて棒を振り回していた。稲を食べないようにとの配慮をしている。
(まだまだ児童労働は無くならないよね……)
シスワの交差点にある商店街に着くと、ヘルメットを外したカルパナが二重まぶたのパッチリした目をキラキラさせた。真っすぐに目当ての店に向かってバイクを押していく。
「あのお店が私の行きつけなんですよ。こんにちは、おじさん。マンゴとドラゴンフルーツを二人分切ってくださいな」
数名の客にマンゴを売っていた店のオヤジがニコニコしながら答えた。繁盛しているようだ。
「カルパナさん、雨が続くのによく来たね。インド産とブトワル産、シスワ産があるけど、どれにする?」
カルパナが三種類のマンゴをワクワクした表情で品定めしてから、ブトワル産を選んだ。
「シスワ産も食べてみたいですけど、もう少し待った方が良さそうですね」
マンゴにも様々な品種があり、収穫時期も異なる。この時期は西暦太陽暦の六月末から収穫最盛期を迎える、チョウサー種が多く出回っているようだ。
店のオヤジが、すぐにマンゴとドラゴンフルーツを洗って、それらを切り分けて小皿に乗せて持ってきた。
「そうだね。シスワ産は来週来て食べた方が良いだろう。はい、お待たせ。飲み物は何にする?」
チヤを頼むカルパナとゴパルだ。カルパナが早速マンゴを小さなフォークで刺して口に入れた。足をパタパタさせている。
「んー、美味しいな。旬の果物って良いですよね」
ゴパルもマンゴを食べて、垂れ目を細めた。
「ですよね。ここは水田風景が見事ですから、ちょっとした観光地の雰囲気ですね」
カルパナの話によると、ポカラやジョムソンのホテル協会も、ブトワル産のマンゴや他の果物を契約栽培で買っているらしい。
カルパナが軽く肩をすくめて、困ったような表情で微笑んだ。
「その技術指導をラビン協会長さんから頼まれているんですが、さすがに遠いので断っています」
ポカラからブトワルまでの直線距離は大したものではない。しかし、標高二千メートル級のマハーバーラット山脈を越える必要があるので、車で丸一日かかる。
マンゴをあっという間に食べ終えたゴパルが、続いてドラゴンフルーツに小さなフォークを刺した。そのまま口に運んで小首をかしげる。
「この果物はあまり馴染みがありません。マンゴとはまた違った口当たりと風味ですね。洋ナシみたいな感じかな」
カルパナもマンゴを食べ終えて、ニコニコした表情のままでドラゴンフルーツに手をつけた。
「サボテンの仲間なんですよ。挿し木で簡単に増やせます。こういう爽やかな果物も良いですよね。この時期のエカダシの楽しみなんですよ」
店の掛け時計を見たカルパナが我に返った。
「あっ、いけない。レカちゃんが待ってますので、そろそろ出ましょう」




