パメの段々畑
カルパナのオレンジ色のバイクの荷台に乗って、パメへ向かう。さすがに雨期なので、所々大きな水たまりが道端にできていた。それらをスイスイと避けて軽快に走り抜けていくカルパナだ。
この時期は観光客の数が少ないので、水牛や山羊、それにアヒルの群れが道路を占拠している。これらも華麗に避けて走っていく。
すぐにパメへ到着するとバイクは種苗店に置いて、三階のキノコ種菌工場を先に見る事にしたゴパルだ。スバシュが自慢気に機器を紹介していく。既に数名の従業員も雇っていて、黙々と作業をしていた。
ゴパルがスマホで撮影して感心している。
「順調に種菌の生産ができていますね。さすがです、スバシュさん」
スバシュが照れながら笑った。
「まだまだ試行錯誤をしてばかりですよ。カルナちゃんとかが積極的に種菌を買ってくれるんで、大助かりしてます」
そう言って、壁に貼られている出荷先のリストを指さした。
「チャパコットやナウダンダでもキノコ農家が増えてきていますから、よりたくさんの種菌を安定生産しないといけません。責任重大ですよ」
カルパナもニコニコしている。
「花のハウスの方も、後任者が頑張って仕事を覚えてくれています。スバシュさんには、今はまだキノコと花の掛け持ちをしてもらっていますけど、もう少ししたらキノコに専念できると思いますよ」
確かに、あれだけの種類の花やランの名前や育て方を覚えるのは大変だろうなあ……と後任者に同情するゴパルだ。
キノコ種菌工場の撮影を終えた後で、カルパナと一緒に段々畑へ向かう。
空模様は今にも小雨が降りだしそうな雰囲気だ。湿度も高く、この間の乾期の感じとは別物になっている。インド方面の南の空だけは雲が薄くて明るいのだが、雨期に突入したんだなあ……と思うゴパルだ。
「季節が変わると、菌やキノコも変わるんですよね。ABCへの帰り道で気合を入れて採集してみようかな」
先を歩いていたカルパナが振り返ってクスクス笑った。
「不審者に間違えられないように、くれぐれも注意してくださいね」
そんな話を交わしているうちに、目的のニンジン畑に到着した。既に種蒔きを終えたようで、畝の上には白い寒冷紗がベタがけされている。
「このニンジン栽培では、KLで種処理しています。畑の準備でも使っていますよ」
畑の準備としては、まず耕してから雑草をすき込んで平畝をつくる。生ゴミボカシも控えめに入れたと話してくれた。
雑草と生ゴミボカシがおおよそ分解した頃に、ローラーを使って平畝を鎮圧する。その後すぐにニンジンの種蒔きを行う。このニンジンの種子は、前もってKL培養液を水で千倍に薄めた液に三十分間ほど浸している。
平畝は幅七十センチほどにし、その上に十五から二十センチの間隔で、深さ0.5センチの溝を三本刻む。その溝の中に、ニンジンの種子を二センチ間隔で蒔く。
蒔き終ったら軽く土を被せて、刈り草で薄く覆う。あまり厚く覆ってしまうと、光不足になってニンジンの種子が発芽しなくなるので注意が必要だ。ポカラでは強い雨が降るため、その衝撃から種子を守る必要もある。ここでは白い寒冷紗を平畝の上に被せて対処するようだ。ちなみに黒い寒冷紗では光不足になりがちになる。
最後に水を散布して種蒔きを完了する。
ニンジンは発芽しにくい野菜なので、平畝の湿り具合を維持する。五日ほどすると発芽してきて、十日くらいで発芽が揃う。ここで白い寒冷紗を外す。
発芽後四十日間ほどは乾燥に弱いので、本葉が七枚以上に育つまでは平畝を乾かさないようにする。
一回目の間引きは、本葉が二枚から三枚の頃に行うと良いだろう。苗と苗の間が平均して三センチくらいになるように数を調節する。
この時期の苗は倒れやすいので、雑草取りを兼ねて軽く耕して土寄せしておくと苗の生長が良くなる。
このような話をカルパナがする。その様子をスマホで撮影するゴパルだ。
「ニンジンはカブレでも栽培していました。ですが、この雨期の時期に種蒔きできる品種があるんですね、知りませんでした」
カルパナが少し自慢気な口調になって答えた。
「これは暖かい時期に向いている品種です。自家採種と自家育種を繰り返して、この時期でも大丈夫なようにしました。ポカラは暑すぎず寒すぎずの気候ですから、種蒔きの時期をずらしやすいんですよ」
次に向かったのは、段々畑に設けられた竹製の簡易ハウスだった。カルパナが簡易ハウスの中に入って説明する。
「ブロッコリーの育苗を始めています。ネパール料理ではあまり人気がない野菜なのですが、ピザ屋では重宝されていますよ」
ネパールではブロッコリーよりもカリフラワーの方が人気がある。カリフラワーは香辛料炒め煮にしてよく食べられている。寒い時期の代表的な野菜だ。ブロッコリーは食感が嫌われているようである。
ブロッコリーの種子も、ニンジンと同じようにKLに浸けて処理しているという話だった。
底に穴を多数あけたトロ箱にKLを使った育苗土を詰め、ブロッコリーの種子を六から七センチ間隔で条蒔きする。その後、一センチくらいの厚さで土を被せて、十分な水を与える。
カルパナがそのトロ箱の一つに手をかけた。湿った新聞紙が被せられている。
「気温が高いですから、底の浅いトロ箱ですとすぐに土が乾いてしまうんですよ。ですので、こうして新聞紙を上に被せて保湿しています。水やりも楽になりますね。新聞紙がいつも湿っているようにしておきます」
種子が発芽して双葉が開いた頃に、一回目の間引きをすると話してくれた。発育の悪い苗や、形が悪い苗、それに大きく育ち過ぎた苗を選んで取り除くらしい。
まだ少し時間があったので、ミカン園にも向かう事にするゴパルとカルパナであった。その途中でカルパナが話のついでに知らせてくれた。
「レカちゃんの所の紅茶園なんですが、三番茶の茶摘みを始めたそうですよ。行ってみますか?」
ゴパルが段々畑の縁を歩きながら少し考えた。
「うーん……今回は止めておきます。実はまだ、首都のクシュ教授に送信していないファイルがいくつか残っていまして。ポカラに居る間に仕上げて送信しておきたいんですよ。ABCからだと通信速度が遅くて、時々切れてしまいます」
今回撮影した映像ファイルもポカラから送信した方が速くて確実だ。なるほど、と納得するカルパナである。
「大変ですね。三番茶は雨期茶とも呼ばれていて、一番や二番茶ほどには風味が良くありません。今回は見合わせましょう」
カルパナが自身のスマホでレカにチャットで知らせた。すぐに返信が返って来た。それを読んで困ったような笑顔を浮かべる。
「案内しなくて済んだので、訪問中止を喜んでいますね……もう、レカちゃんてば」
雑談をしながら段々畑を巡っていくと、ミカン園に到着した。ここではケシャブ達がミカンの苗木を植えつけている最中だった。
互いに合掌して挨拶を交わし、カルパナがケシャブ達に作業を続けるように言う。そして、ゴパルに振り返って簡単に説明を始めた。
「苗木は接ぎ木して育てたものです。サランコットの南斜面は乾きやすいので、この雨期の時期に植えています」
苗木の植えつけ間隔は五十センチほどだ。植えつける前に苗木の根を調べて、傷んだ部分があれば切り取っている。
植穴には土ボカシを一キロほどと、KL培養液に浸けてアルカリを中和したもみ殻燻炭を同じく一キロほど先に入れていた。雑木の枝を乾燥させて適当に砕いたチップも混ぜている。こうしてから、ミカンの苗木を植えつけている。
今の時期は雨が多く降るので、苗木を植えつけた場所は周囲よりも若干盛り上がるように土寄せしている。
植えつけた後に、KL培養液と光合成細菌をそれぞれ水で千倍に薄めたものを散布して、根元に土ボカシを百グラムほど乗せている。最後に刈り草を分厚く根元に被せて終了だ。
苗木を植えつけた後に、イネ科の牧草をメインにした各種混合緑肥の種蒔きをする。マメ科の牧草も少し混ぜているという話だった。
カルパナが少しいたずらっぽい表情になった。
「ついでに、隠者さま提案の結界も張っていますよ。電柱も立てて送電線も引っ張ってきています」
ゴパルが気楽な表情で聞いている。
「重要な試験をしている場所だと知らせるには適していますよね。でも、あんまり多量の塩は使わないでくださいね」
カルパナが了解して、電柱と送電線を指さした。結界には麻紐を使っているので電気柵のような危険なものではない。
「ケシャブさん達もスマホを使っています。その充電が便利になったと喜んでくれていますね」
このミカン園は有機農業的な栽培は目指していない。そのため、カンキツグリーニング病対策の薬剤を定期的に散布する事になっている。カルパナが軽く肩をすくめて微笑んだ。
「人に悪い影響が出るような薬剤ではないとゴビンダ先生から聞いています。ケシャブさん達も気分が悪くなったりしていないと言っていますので、大丈夫そうですね」
ゴパルが少し淡々とした口調になってうなずいた。
「病原菌や害虫の遺伝子に直接働きかける薬剤ですからね。その遺伝子を持っていない私達には無害なんですよ。あー……バッテリーがそろそろ切れてしまう。今回はここまでにしましょうか、カルパナさん」
カルパナが近くの電柱を指さした。
「充電していきますか? ゴパル先生」
頭をかいて遠慮するゴパルだ。
「ホテルに戻ってから充電します。この電気代ってカルパナ種苗で支払っているんでしょ?」
カルパナが明るく微笑んだ。
「まあ、そうなんですけどね。温度差発電を取り入れていますから、電気代はそれほど多く支払っていませんよ」




