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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
ポカラは雨がよく降るんだよね編
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稲の日

 イベント会場はルネサンスホテルから少し歩いた先にある、ダムサイド地区の水田だった。既に大勢の人で賑わっている。これは水田に入って稲の苗を手植えするイベントなので、参加者は汚れても構わないような服装だ。

 田植えをする水田は数枚ほど準備されていて、地元の農家が稲の苗を用意してスタンバイしている。手植えなので、田植え機のような機械は使わないのが決まりだ。

 協会長はサンダルに半ズボン、ヨレヨレの半袖シャツにトピ帽という農家スタイルになっていた。隣で同じような姿になっているゴパルにそっと告げる。

「隣接する水田では、田植えをせずに泥かけ遊びをします。近寄ると泥だらけにされますから注意してくださいね」

 協会長が指さした水田を見ると、半袖シャツに半ズボン姿の外国人観光客の姿が多く見えた。ほとんどは欧米からの観光客のようだ。ゴパルが軽く肩をすくめる。

「彼らって、本当にこういう事が好きですよね」


 協会長が穏やかに微笑んで、イベント会場の中央ブースにゴパルを案内した。ここにも大勢の人達が居て、その中心に初老のグルン族の男がガハハ笑いをしているのが見えた。

 協会長がすすすすっと人混みをかき分けて、ゴパルをそのグルン族の男に紹介する。

「雨が降らなくて良かったですね、カルン様。一人紹介いたしますね、ゴパル・スヌワールさんです。KL事業の中核になってくれている人です」

 ゴパルが恐縮しながら、カルンに合掌して挨拶をした。

「初めまして。バクタプール大学の微生物学研究室で働いているゴパルです。稲の日のイベントが盛況ですね。皆さん楽しそうです」

 ガハハ笑いをしながら、カルンがゴパルに合掌して挨拶を返した。笑い方がディワシュやサンディプと似ている。そういえば、アンバル社長もこんな笑い方をしていたっけ……と思い起こすゴパルだ。

「そうだろう、そうだろう。楽しんでいきなさい。KL事業の話はワシも聞いている。期待しているよ!」

 そう言ってから、ゴパルの背中をバンバン叩いた。やはりゲホゲホと咳き込むゴパルである。


 挨拶が済んだので、ゴパルがほっとして中央ブースから離れた。カルンは今は協会長と熱心に話をしているようだ。このイベントの実行役はホテル協会だと聞いたので、協会長に同情する。

(なるほどなあ……息抜きして逃げ出したくもなるよね)

 そのゴパルも関係者に捕まり、田植えイベントに参加を強要されてしまった。農家から稲の苗を受け取って、泥沼状態になっている水田に入る。

 協会長もカルンと一緒に水田に入ってきた。残念ながら、ゴパルが居る場所とは離れた別の水田だったが。

 他の水田を見ると、カルパナやレカ、それに彼女達の兄や弟の姿も見えた。ディーパク助手の姿もある。

(みんな強制参加なのか……大変だなあ)


 田植えイベントは特に一斉開始の号令も何もなく、めいめいが勝手に田植えしていく。そのため、稲の苗の並びがメチャクチャだ。ゴパルも適当に百本ほど苗を手植えして、水田から出た。

(田植えは今でもカブレに行った時に手伝ってるから、まあこんなものかな)

 カルンも田植えを済ませて、水田から出てきた。やり遂げた表情をしていて、かなりのドヤ顔だ。隣の協会長はすっかり太鼓持ち役を演じていて、見ていると清々しさまで感じる。


 カルパナとレカも田植えを終えて水田から出てきた。その姿を見て、ゴパルが泥だらけの手で合掌して挨拶をした。

「こんにちは、カルパナさん、レカさん。雨が降らなくて良かったですね」

 カルパナが同じく泥だらけの手で合掌して挨拶を返した。

「そうですね。朝方までは降っていたのですが、止んでくれて良かったです」

 一方のレカは膨れっ面だ。

「雨が降って中止になればよかったのにー。おかげでドロドロだー」

 カルパナとレカの服装は、いつもの野良着版サルワールカミーズではなくてジーンズにTシャツだった。足元はサンダルだが。既にTシャツには転々と泥はねが着いているので、汚れても構わない服なのだろう。


挿絵(By みてみん)


 別の水田を見ると、カルパナの弟のナビン、レカの兄のラジェシュ、サビーナの兄のラビンドラ、それとスバシュの四人が田植えを終えた所だった。早くも若い娘達に囲まれている。カルナの姿は見当たらなかった。彼らも似たような服装だが、さらにラフな印象である。


 ゴパルが手に着いた泥を落としながらレカに同意しつつ、カルパナに視線を向けた。

「ヤマさんが早速ヒルに血を吸われて、傷口が悪化して海外で治療していました。泥の中にはヒルが絶対に潜んでいますから、用心してくださいね」

 カルパナがサンダルの泥を落としながらうなずいた。

「話は聞いています。災難でしたね。私達は見ての通り強制参加でしたので、泥だらけになるのは避けられません」

 同情するゴパルである。

「地元の人は大変ですね」


 政治家のカルンが壇上に立って何か演説を始めた。協会長の姿も見える。彼も退屈そうな雰囲気だ。表情は真面目なままだが。

 その話を聞き流しながら、カルパナが畑の近況をゴパルに知らせてくれた。ポカラは気温が高いので、もう泥が乾いている。

「冬トマトとアスパラガスの収穫が終わりました。少し期間を挟んでから、夏トマトの収穫が本格化しますよ。今の所は順調に育っていますので、どんな収穫になるか楽しみです」


 夏トマトは種の処理の段階からKLを使用している。そのため、期待に目を輝かせているゴパルである。

「いよいよですね。私も楽しみにしています。ですが、ブータンやスリランカへの出張も今後入ってきそうですし、肝心な作業を欠席するかもしれません。すいません」

 カルパナが穏やかに微笑んだ。

「お仕事ですから仕方がありませんよ。そういえば隠者さまが、スリランカの森の中で栽培するコーヒー園の事を褒めていましたよ。シャンジャ郡でもやるべきだ、とか仰っています」

 目を点にしているゴパルだ。

「もうスリランカ出張の情報を得ているんですか……凄い情報網ですね。パメの庵で座っているだけなのに」

 クスクス笑うカルパナである。

「そうですよね。コーヒー園の社長さんは仏教徒でヒンズー教徒ではないのに、どうやって情報を得ているのか分かりません。ああそうだ、もう一つ仰っていました。天然ゴム園の病気対策ですが、酷い病気には思い切った処置が必要だろう、という事です」


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