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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
氷河には氷があるよね編
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上って下って

 ネパールの山道では、よくある事なので、一つため息をついただけで歩き出す。

 赤白の縞模様が目立つ測量ポールを杖代わりにし、石板の階段をコンコン叩いて道を降りていく。

 段々畑の半分以上は、耕作放棄地になっていた。今は、灌木と草が生えているだけだ。

 爺さん達が放牧している山羊や雌牛の群れが、のんびりと草を食んでいる。その姿が、段々畑に点々と見えた。

「昨日の欧米人客は、野菜とか食べていなかったからなあ。ポカラや首都に野菜を出荷するには、ここは少し山奥だからねえ……おっと」

 ゴパルが、道の中央に落ちていたロバ糞を避けた。この道はロバの隊商が行き来するので、糞も多く落ちている。

 とはいえ、道幅が最大で二メートルほどしかないので、場所によっては糞で道が埋め尽くされている。その場合は、回避できないので踏んでいく。

「乾期になったら、これが乾いて粉状になって、舞い上がるんだろうなあ」


 ロバ隊は、エベレスト街道やランタン街道等でも、日常的に行き来している。

 そのため、ゴパルにとっては日常の風景なのだが、外国人の観光客にとっては非日常のようだ。ゴパルの後方で、欧米人観光客の罵声と笑い声が聞こえる。ロバ糞を踏んでしまったのだろう。それに加えて、下り坂にも文句を言っている様子だ。

「気持ちは分かりますよ、しかし、これもネパールなので」


 アンナプルナ連峰の地形は、東西方向に尾根が伸びている。

 南北方向であれば、上り坂だけで済むのだが、東西方向なので、尾根をいくつも越えて、上ったり下ったりを繰り返しながら進む必要があるのだ。

 ゴパルが後方の欧米人観光客に同情して、石板階段を降りていく。彼も既に、数回ほどロバ糞を踏みつけている。

 隊商のロバは、道中の雑草をオヤツ代わりに食んでいる。その糞が堆肥化した後には、野生のキノコが生える場合がある。これは水牛や牛の糞でも起きるのだが、ゴパルは採集しない方針のようである。

 実際に、幻覚や精神錯乱を起こす毒キノコが生える場合が多く、味も腐葉土臭くて美味しくない。


 下り坂を終えて、沢に架かった小さな橋を渡る。沢といっても、雨期なので流量は結構多い。

 この辺りは雑草も大きく茂っているので、ゴパルがリュックサックを下ろして採集道具を取り出した。

「十分間くらいなら、問題ないかな」

 飼料用に使われている雑草を中心に、十数種類の草や本の新芽と花を摘んで、プラスチック製の試験管チューブに個別に突っ込んでいく。その後、すぐに綿栓をしっかりと閉めて、リュックサックに入れる。


 途中で、後方から欧米人観光客が数名ほどやって来たので、簡単に説明した。アンナプルナ保護地域という国立公園内なので、採集には許可が必要だ。

「ですので、私の真似をして、草木を取らないでくださいね」

 欧米人観光客もゴパルの説明に、ある程度は納得してくれたようだ。ガイドは無関心の様子だが。

 彼らが橋を渡って、上り坂に文句を言いながら進み始めたのを見送る。吸血ヒルが数匹ほど、ゴパルのズボンや袖に付いてきたので、それらを落として踏み潰した。

「あ、あのイラクサは、良く育っているね。キノコも採りたいところだけどな……」

 結局、二十分以上もかかってしまった。スマホを取り出して時刻を確認し、慌ててリュックサックに採集物を収める。

「いかんいかん。道草をしている場合じゃなかった」

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