天然ゴム園
カカオ園の近くにある村の食堂でスリランカ料理を食べてから、今度は天然ゴム園へ向かう事になった。料理といっても田舎町なので、普通のスリランカカレーだった。
ラマナヤカが辛さを抑えるように注文したのだが、それでも辛くて目を白黒させたゴパルである。車に乗って走り出しても、まだ水を飲んでいる有様だ。
「地元料理はやはり辛かったですね。見た目は普通の鶏肉の香辛料煮込みだったのですが……」
ラマナヤカが運転しながら申し訳ない表情で謝った。
「すいません、ゴパル先生。もう少し観光客向けの食堂にすべきでしたね。ですが、この先の天然ゴム園のある場所は、さらに田舎なんですよ。激辛料理になりますから、カカオ園周辺で食事を済ませようと思ったのですが……」
天然ゴム園がある場所は丘陵地だという話だった。水田には不適な場所なので、小さな集落が点在しているのみだ。
途中でチヤ休憩を挟んで車を走らせると丘陵地に入った。熱帯雨林の森がさらに高く深くなり、人家が少なくなっていく。耕作放棄地も増えてきて、その大半が森に飲み込まれていた。ラマナヤカが車のヘッドライトを点灯させる。
「この辺りになると野生の象の群れが出没するんですよ。点灯したのは象除けのおまじないですね」
象といってもアジアゾウなので巨大ではないのだが、襲われるとひとたまりもない。
スリランカでは遺伝子組み換えやゲノム編集を施して、耐病性を高めたバナナのような多様な熱帯果樹が栽培されている。これらが、野生象の群れに襲撃されて食べられてしまう……という事故が多発しているという話だった。
農家に同情しながら聞くゴパルだ。
「耕作放棄地が増えると野生象も増えそうですね。インド軍が野生象を追い払うのに、激辛唐辛子を材料に使ったスプレー弾を使っていると聞きました。インドから試しに取り寄せてみてはどうですか?」
ラマナヤカが運転しながら小首をかしげた。
「唐辛子ですか……効きますかね? 拳銃弾も効かない相手ですよ」
ゴパルが目を泳がせながら窓の外を眺めて答える。
「効くと思いますよ。記憶が飛ぶほどですから……」
そのような話を交わしていると、風景が変わって一面のゴムの木の林になった。ゴムの木は葉が小さくて数も少なめなので、森の中が明るくなる。
ゴパルがキョロキョロと周囲を眺めて感心している。
「広大な林ですね。これがゴムの木ですか。あっ、木の幹に器が取りつけてある。あれに樹液を集めるのかな」
ラマナヤカが運転しながらうなずいた。
「はい。樹液を集める器ですね。ここは樹齢十年くらいの木が多いかな。面積は五百ヘクタール以上ありますよ。迷うと大変です」
この天然ゴム園は有機認証を得ているそうで、それで付加価値を高くして天然ゴムを売っているという話だった。ゴムの木は一斉造林したのではなくて、毎年コツコツと植え続けているそうだ。
そのため、区画ごとに樹齢がバラバラになっている。今の所は、樹齢三十三年の区画が最高齢らしい。それ以上になると樹液の出が悪くなるので、伐採して新しい苗を植えている。
ラマナヤカがポケットからスマホを取り出して地図を表示させた。印がついていて、そこへ向けて車を走らせていく。
「問題が発生している区画で、農場長と会う事になっています。ああ、ここですね」
ゴムの木の林の中に一台の車が停まっていて、外に一人の中年太りの男が立って待っていた。挨拶を交わす。
「農場長のアタウダと申します。今日はわざわざ来てくださって、ありがとうございます」
アタウダ農場長も肌が黒い。挨拶もそこそこにして、アタウダ農場長が近くに生えている太いゴムの木を指さした。
「実は原因不明の病気が発生していまして、とても困っているんですよ」
ここの区画では、ゴムの木の樹齢は二十年以上なので一抱えほどもある太さの幹だ。その幹が根元から褐色に変色していた。樹皮が割れてはがれ落ち、痛々しい。
「この区画が一番酷いのですが、園内全域で起きています。ざっと十五%ほどの木が病気にかかっている状況なんですよ」
ゴムの木は樹皮を切って、その傷口から出てきた樹液を採取する。これを加工して天然ゴムにして売る。その樹皮がはがれ落ちる病気なので深刻だ。
他の天然ゴム園でも同じ病気が発生しているらしく、殺菌剤や殺虫剤を手当たり次第に試しているらしい。アタウダ農場長の天然ゴム園は有機栽培なので、農薬は使えない。それで困ってKLの噂をラマナヤカから聞いたという流れだった。
ゴパルが困った表情で腕組みをする。蚊がたくさん飛んできたので手で払う。
「……KLは普通の菌を集めただけなんですよ。生物農薬の機能はもっていません。この病気に効くかどうかは分かりませんよ。有機農業でも使える農薬を使ってみた方が良いと思います」
アタウダ農場長が悲壮な表情になった。
「色々と試してみました。ですが効かなかったのです。KLを試しても効果が出なければ、諦めますよ」
さらに困った表情になるゴパルだ。小さく呻いてから答えた。
「微生物の世界では多数決で多くの事が決まります。今は病気をもたらすグループが多数派で、主導権を握っている状況ですね。KLを使う場合は、KLが多数派になるように使う必要があります」
蚊がさらに多く飛んできたので、車の中へ避難する事にしたゴパル達三人だ。スリランカではマラリアやデング熱等が流行している。この時代では予防接種やワクチンが開発されているので、それほど危険な病気ではなくなっていたのだが、それでも避けるに越した事はない。
車の中でゴパルが提案した方法は次のようなものだった。
病気にかかったゴムの木の汚れを掃除して、枯死している部分を削り取る。患部に厚手の布を当てて縛りつけ、散水パイプを巻きつける。KL培養液と光合成細菌を水で五十倍に薄めたものを散水パイプから毎日流し、布が常時濡れているようにする。
ゴムの木の根元に穴を掘り、KL培養液で中和したもみ殻燻炭を埋める。根元の保護のために落ち葉を分厚く敷き、KL培養液と光合成細菌を水で百倍に薄めたものを十五日おきに散水する。
肥料不足も心配なので、生ゴミボカシを仕込み、その生ゴミ液肥も散水パイプから定期的に流す。生ゴミボカシは土ボカシにして、ゴムの木の根元に置いていく。
「KL培養液や光合成細菌の液には塩が含まれているのですが、この濃度でしたら問題は起きないと思います。もし葉の色がおかしくなった場合には、希釈倍率を上げて百倍にしてみてください」
この天然ゴム園には二十二万本ものゴムの木が植わっているので、散水パイプの設置だけでも大仕事になる。
アタウダ農場長が自身のスマホで何やら計算していたが、納得したようだ。顔を上げてゴパルに真面目な表情でうなずいた。
「わかりました。やってみましょう。散水パイプ網の設置は必要になると思っていましたので、ちょうどいい機会です」
丘陵地なので大型タンクを丘の頂上に設置して、そこから流すという事になった。これならポンプ等に使う電気代を節約できる。
この天然ゴム園で使っている水は、北にある山脈の沢からパイプで引いているという事なので、その一部を延長して丘の頂上の大型タンクに直結する。
感心しながらも納得するゴパルだ。
(そうか。こんな山奥に公共の水道なんか通っていないよね。水道も自家製なのか、さすがだなあ)
この簡易水道は北の山脈の沢に大きな貯水タンクを設け、そこからパイプを引いている。サイホンの原理を使っているので、パイプ内に空気が入ったり貯水タンクよりも標高の高い場所でない限りは十分に水道として使える。ただ、殺菌処理をしていないので生水をそのまま飲む事はできないが。
このパイプを使った簡易水道は、ネパールでもよく採用されている。なので普通に納得しているゴパルだ。
KLを使う方針が決まり、アタウダ農場長がスマホをポケットに入れた。
「宇宙エレベータの建設需要で、作れば作るだけ天然ゴムが売れますからね。ポカラのホテル協会が関わっている投資銀行からも、超低利の融資が得られる見込みです。KLを試してみる価値は十分にありますよ」
ゴパルが目を点にした。
(まさか、ラビン協会長さん……ああでも、タカリ族だから融資はお手の物なのかな)




