昼食
ちょうど良い時間になったので、軽食も摂る事にしたようだ。注文したのはスリランカ版の汁無し素麺だった。これをご飯の代わりにしてカレーやアチャールを浸けて食べる。
ラマヤナカは辛党らしく、煮干しサイズの小魚に真っ赤な乾燥唐辛子の粉をこれでもかと振りかけて、さらに油で炒めたモノを、素麺に絡めてパクパク食べていた。
ゴパルは当然のように避けて、煮干しサイズと刻んだ香味野菜を煮込んだ普通の黄色いカレーを素麺に絡めている。ダルもあるのだが、ここではほとんど汁気がない状態のものだった。餡子のような感じである。これも素麺の上に乗せて食べる。
それなりに辛いようだが、許容範囲内だったようだ。ほっとして食べながらラマヤナカに話しかけた。
「スリランカ料理って辛いと聞いていたので不安だったのですが、これは大丈夫です」
ラマヤナカが軽く肩をすくめて笑った。
「確かに激辛料理がありますからねえ。慣れると大したことないのですが、苦手な方が多いですね」
まるで、今食べているその真っ赤なヤツは激辛ではないというような口調である。
その後はベントタへ向かったのだが、途中で寄り道をするラマヤナカだ。
漁港とそれに接している魚市場にやって来て、車を停めた。漁港は川の河口にあり、川の両岸には背の高いマングローブ林が生い茂っている。
車を降りて、ゴパルを魚市場へ案内するラマヤナカである。
「少々魚臭いですが、どうぞこちらへ」
この漁港では少し離れた場所にある砂浜で、地引網を使って毎朝小魚を獲っているという話だった。確かに漁港の奥には赤っぽい色をした砂浜があり、小魚を干しているのが見える。
ラマヤナカが漁港の人と挨拶を交わしてからゴパルに告げた。
「小魚だけではなくて、イカやカニ、貝も獲れます。ベントタに近いので、私達ホテル協会が全量を買い取っているんですよ。ここで魚のダシを作って、それを冷凍してポカラへ送る計画もありますよ」
感心して聞いているゴパルだ。
「そうなんですか。確かに、サビーナさんが魚料理で色々と苦労していると聞きます」
この漁港でのKLの使い方を聞かれたので、ゴパルがいくつか提案した。
漁具や漁船と港の床を掃除する際には、KL培養液を五百倍に水で薄めたものを使う。洗剤は生分解性に富んだ種類を使い、環境への負荷を抑える。悪臭が強い場所には、KL培養液を薄めずにそのまま散布し、最後に水をかけて流す。
魚のアラといったゴミは、そのまま放置すると腐敗するのでミキサーで粉砕してから土ボカシにする。
穫れた魚介は氷詰めしてコンテナでベントタのホテルやレストランまで運ぶそうなのだが、この氷を作る際にKL培養液を添加する……といった提案だった。
ラマヤナカは土ボカシの仕込み方も知っているようで、すぐに了解した。
「なるほど、分かりました。では、まずはその四点を実行してみますね。土ボカシは、契約農家の農地でやってみます。カルパナさんが行っている方法ですね。わざわざ土を買うのは面倒ですから」
漁港の近くには、エビと汽水魚を養殖している農家が数軒あるとも話してくれた。この時代では、大きな水槽をいくつも並べて養殖する方式が主流になっている。
これらへのKLの使い方も尋ねられたので、簡単に答えるゴパルだ。
「KLは微生物ですので、増えすぎると呼吸量が増えて水中の酸素濃度が下がります。水槽の水量の一万分の一くらいの濃度になるようにして、一日二回以上は水中の酸素濃度を調べてください。濃度が下がったら、送風量を増やして補うという形ですね」
この水槽方式は、多くの水槽を連結して水を循環させている。エサや糞、脱皮殻や粘液等は汚染源となるので、ろ過して取り除いてから空気を送って水を浄化する必要がある。その浄化の場面で、KLのような微生物に働いてもらい汚染物を効率よく分解させるという考え方だ。
エサにもKL培養液の原液を散布しておくという提案をする。エサは機械による自動給餌になるので、目詰まりしない程度の水分量にする必要があるが。エサがビショビショに濡れてしまうと、給餌機械の中で団子になってしまうためだ。
養殖場では水の溶存酸素濃度の他に、ペーハー値やアンモニア塩濃度、硝酸塩濃度といった項目を毎日測定している。異常な値が出ると水を入れ替えるのだが、空気を送って汚染を浄化してから排水する。
病気や寄生虫に対してはワクチンや駆虫剤が開発されているので、それを使っている。
このように養殖農家といってもマニュアル化された養殖方法をしている。このマニュアルを守らないと出荷できない仕組みだ。
そのため、マニュアルで指定された資材以外は、なるべく控えめに使った方が良いだろうとゴパルが指摘した。KLも当面は控えめな使い方に限定されるだろう。話し終えて少し考えるゴパルだ。
(ネパールの養殖農家もそのうちこうなるんだろうなあ)
ちなみに漁港がある河口を取り囲んでいる背の高いマングローブ林だが、これは植林して育てたらしい。
マングローブ林は根が込み合っているので、河川の水の流れが穏やかになり土砂が堆積しやすい。その土砂には大量の有機物が混じっているために、腐敗してヘドロ化していく。このヘドロの量が多すぎると死の川になってしまうのだが、適量であれば魚介類を呼び寄せる栄養豊かな川になる。
ラマヤナカがそのマングローブ林を見上げながら話を続けた。
「おかげでこの漁港の魚介の水揚げ量が増えました。スキューバダイビングやシュノーケリング客からも、魚が増えたと喜んでもらっています」
しかし、サンゴ礁はそれほど発達していないので、サンゴ礁目当ての客はモルディブの関連ホテルへ送っているらしい。そのモルディブには川がない上に外洋の真ん中なので、塩づくりが盛んだと話してくれた。
「既にサビーナさんから注文を受けているそうですよ。岩塩とはまた違った良さがあるとか」
ラマヤナカの話を聞いて感心しているゴパルだ。
(さすがサビーナさんだな。手が早い)
塩で思い出したので、ラマヤナカにKL培養液を作るために必要となる糖蜜や砂糖、それに海水についても説明をした。
これも既に知っていたようだ。ラマヤナカがニッコリと笑いながら答えた。
「既に南部の製糖工場と契約を結んでいます。製菓用の糖蜜ですので糖度も十分ありますよ」
頭をかいて頬を緩めるゴパルだ。
「ははは……私が出張してこなくても問題なかったようですね」




