二十四時間営業のピザ屋
オレンジ色で百二十五CC級のバイクの荷台に乗って、ゴパルがレイクサイドの二十四時間営業のピザ屋に到着した。
カルパナが向かいの駐輪場へバイクを押していくのを見送って、ピザ屋の店内をのぞく。
「うは。相変わらずの盛況だなあ」
この時間帯は学生の姿が少なくて、欧米からの観光客ばかりだ。中国人観光客は雨期に入るという事なので多くない。その分インド人が増えているが。地元ネパール人客もいて、特にバフンやチェトリ階級の客の姿が目に付く。チーズ好きが増えているという話は本当らしい。
店内の壁に掲げられている巨大なメニュー表を店の外から見上げると、ピザやパスタの種類が倍近くに増えていた。さらに煮込み料理や炒め物も充実してきている。
飲み物のメニュー表を見て感謝するゴパルだ。
(おお。バクタプール酒造の赤白ワインが載ってる。グラス単位にしてるけど瓶売りもしてるのか)
しかし、多くの客はワインよりもビールを好んで注文しているようだ。そのビールにはポカラの地ビールも含まれていた。人混みに隠れてよく見えないのだが、生ビールもジョッキで販売している。
(次々に商品化して売りに出してるなあ……さすが商売上手のタカリ族だな)
そのような感想を抱きながら、店の外から興味深い表情で店内の様子を眺めているとカルパナがやって来た。少し困ったような表情で微笑んでいる。
「ゴパル先生。傍から見ると不審者に思われますよ」
実際にはゴパルは常連客になっているので、警備員の人達は見て見ぬ振りをしているようだが。
頭をかいて両目を閉じるゴパルだ。
「すいません。ついつい採集旅行の癖が出てしまいますね。反省します」
店内は満席だったので、会員席に座るゴパルとカルパナであった。ゴパルが周囲をキョロキョロ見回して首をかしげた。
「あれ? アバヤ先生は来ていないんですね。珍しいな」
サビーナが夏服仕様のコックコート姿で厨房から出てきた。料理をたくさん作っているようで、白いエプロンが油であちこち汚れている。
「いらっしゃい、ゴパル君、カルちゃん。アバヤ先生は中国国境の市場へ行ってるって話よ。中国製の漢方薬を買い込んでくるんだって」
インドには独自の生薬を使う医療があるのだが、それを補なうために、中国製の漢方薬にも手を出しているのだろう。
ゴパルがサビーナに合掌して挨拶をしてから納得した。
「ああ、そういえば、ムスタンの国境が開いているんですよね。結構遠いとアルビンさんから聞いていますが、行ったんだ……」
ジョムソンを州都とするムスタン郡は、北を中国のチベットに接している。この国境は昔は塩の道として街道になっていたのだが、今は閉鎖されて通る事ができない。
しかし年に一、二回だけ、一週間ほど国境が通行できるようになっていた。国境周辺は半砂漠なのだが、ネパールやチベット人が屋台を設けて市場ができる。そこで何か気になる商品があるのだろう、アバヤ医師が買いつけに出かけたという話だった。
サビーナがジト目になって口元を緩めた。
「どうせ、九割以上は観光目的でしょ。でもまあ、あたしも岩塩を買ってくるように頼んでるけど」
買いつけた岩塩は、ジョムソンの倉庫に保管して湿気を防ぐという事だった。
チベットでは岩塩が採れる。今はネパールの首都カトマンズと中国チベットの街との間に、トラックが走るような道路が二本通っているので、岩塩も普通に輸入している。
なので、特に岩塩に困る事態にはなっていないのだが、ムスタン王国のあるジョムソン街道を通じてやって来た岩塩……というブランドがあるようだ。レストランの客寄せ小道具の一つである。
岩塩の他には中国製の家具や毛布が人気らしい。食品では中国麺や中国茶を、ポカラやジョムソンのホテル協会が買っているとサビーナが教えてくれた。
「でもまあ、ここのピザ屋では使わないけれどね。二十四時間営業の中華料理屋で使う程度かな。このピザ屋では、普通の輸入中国茶を使ってるわよ」
いわゆるウーロン茶やプーアル茶の事だろう。
軽く近況を報告してから、ゴパルが垂れ目をキラキラさせてサビーナに聞いた。
「サビーナさん。今日は何の試食ですか?」
サビーナがニヤリと笑って答えた。
「豚の頭料理よ、ゴパル君」




