街道へ出て
氷河へ向かう街道に出て進みながら、また一人の爺さんと挨拶を交わした。
「チョムロンへ向かう道は、これで良いのでしょうか? おじいさん」
爺さんが、歯の抜けたシワシワな口をしぼめて、梅干しでも食べたような顔になる。そのまま右手を、道の彼方に向けた。同時にアゴを、右手が示す方向にクイクイ動かす。
「ウ~チョ。すぐ近くだ」
典型的なネパール人の返事に、垂れ目を細めるゴパルであった。
ウ~チョと言うのは、離れた場所を示す単語なのだが、意味合いは、ここから見える場所なので簡単に着けるよ、という感じである。ウの音を、裏声で言うと完璧だ。
当然、そんな事は無いので、全くあてにならないのだが。普通は、谷や尾根を一つは越える羽目になる。
ゴパルもネパール人なので、そのような事なんだろうな……と理解する。
礼を述べて、街道を進むと、ガンドルンから出た。野菜やジャガイモが植えられている段々畑が、斜面に広がる風景になった。
道から見下ろすと、一番下の段々畑は、ここから数百メートルほど低い場所にある。段々畑の下は、小規模な土砂崩れの跡と、深い森になっていた。
その谷底には、モディ川の激流が流れていて、地響きを伴った低い音が聞こえてくる。
一方で、向かい側の斜面は、かなりの急斜面になっていて、段々畑もほとんど見られない。
「確か、谷の向かい側は、マチャプチャレ峰の裾だったかな」
マチャプチャレ峰は、アンナプルナ連峰の代表的な山の一つだ。ポカラから見ると、山頂が三角形なのだが、ガンドルンから見ると、魚の尾のような形に見える。
なので、山の名前も『魚の尾』になっている。霊峰なので登頂は禁止だ。残念ながら、今は雨雲に覆われていて全く見えないが。
ガンドルン側の斜面を見上げると、やはり段々畑が連なっていて、上の方は雲の中だった。こちらは、森が山の上に広がっているので、それほど大きくは広がっていない。
そのような風景を眺めながら歩いて尾根に出ると、不意に下り坂が現れた。しかも石畳の道は終わって、土道に石板の階段を埋め込んだ田舎道になる。
坂は、二百メートルほど下って沢谷に降り、そのまま次の尾根に向かって上り坂になっている。
その上り坂の先の尾根が、ゴパルが立つ尾根から見えた。肩を落とすゴパルである。
「せっかく上ったのに、また降りて上るのか……」




