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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
ポカラは雨がよく降るんだよね編
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パメのミカン畑

雨期が始まりました。マチャプチャレ峰とアンナプルナ連峰はお隠れ中です。

 ABCの低温蔵に戻って仕事をしていたゴパルが、ポカラへ下りてきた。

 ナヤプルから小型四駆便に乗ってポカラまで行き、その後はポカラ市内のタクシーを捕まえてダムサイドまで移動する。タクシーの運転手に料金を支払ったゴパルが、汗をシャツの袖で拭いて曇り空を見上げた。

(蒸し暑いなあ……いよいよ雨期か)

 北の方向を見るが、アンナプルナ連峰やマチャプチャレ峰は白い雲に覆われていて見えない。雨も降り始めているようで、森の木々の緑が若々しい色合いになっている。

(森の菌も、乾燥好きから湿気好きの種類に移り変わる頃だね。時間があったら採取してみようかな)


 ルネサンスホテルの駐車場には、オレンジ色をしたカルパナのバイクが停めてあった。それを見て我に返るゴパルだ。

(おっといけない。カルパナさんを待たせてしまったか)

 ルネサンスホテルのロビーに入ると、カルパナがいつもの男スタッフと受付けカウンターで談笑しているのが見えた。すぐにゴパルが合掌して挨拶する。

「こんにちはカルパナさん。雨期が始まりましたね。ABCでは雨が雪に変わって結構積もりましたよ」

 カルパナも穏やかに微笑んで合掌して挨拶を返した。

「ポカラでも雨が降り始めました。ですが今日は晴れるそうですよ」


 ゴパルがいったん二階の角部屋に上がり、荷物を下ろして半袖シャツに着替えてから駆け足で戻ってきた。低温蔵で仕事をしているダナから預かってきた手紙と小包を、いつもの男スタッフに渡す。ポカラから郵送した方が確実に届くためだ。

 カルパナからヘルメットを受け取り、それを頭に被った。無線器のスイッチも入れる。

「お待たせしました、カルパナさん。今日はミカン畑の撮影でしたよね」

 カルパナもヘルメットを被り、無線器を通じて答えた。

「はい。雨期が始まった直後にする『芽かき』という作業をしていますよ」


 芽かき作業というのは、ミカンの木の枝に生えている木の芽の中で必要なものだけ残す事を指す。一般的に残す芽は、後のミカンの木の枝ぶりを考えて一つの枝で五つから六つ程度にする。ただ、このミカン畑の場合では最終的に残す芽は一つだ。

 枝の先から芽が均等の間隔になるようにするが、同じ方角に芽が向かないようにした方が良い。また、元気な芽が均等間隔で出ている事はまずないので、多少は融通を効かせる。

 このミカンの木は接ぎ木苗なので、台木の継ぎ目から十から十五センチ上までの芽は全て取り除いてあった。

 ミカンに限らず多くの果樹でもいえる事だが、葉の数が多いほど果実の質が良くなる傾向がある。そのため、普通はできるだけ芽を残すようにするのだが、ミカンの場合では欠点がある。

 小さくていじけたような芽を残してしまうと、次の年にたくさんの花が咲いてミカンの木の体力を奪う原因になるのだ。ミカンの木の体力を温存させるために、花の蕾を大量に摘み取る事になる。

 また、花が多く咲くと枝が伸びなくなる。芽かき作業にはその事態を未然に防止する目的があるのだ。


 ミカン畑に到着したカルパナが、芽かき作業をしているケシャブ達作業員に合掌して挨拶を交わす。

 そして、早速スマホで撮影を始めたゴパルに、接ぎ木苗を植えつけて一年目のミカン畑を指さした。ここでも芽かき作業をしている。

定植ていしょくして一年目のミカンの木でも花が咲く事があります。芽かきをして、枝を伸ばすように誘導しているんですよ」

 枝に残った芽が生長して新枝になり、それが十五センチ以上に伸びてきたら、枝の先端を上に向かせて固定する。ミカンの芽は、上向きなほど元気に伸びていく性質があるためだ。枝が伸びると根も伸びていく。

 このミカン畑ではミカンの木に支柱を当てていて、その支柱に大きな輪をいくつも取りつけている。枝をその輪の中へ入れて上向きに固定していた。なので、一年目と二年目のミカンの木の見た目が竹ホウキ状に見える。

 新芽は春、夏、秋とそれぞれ生えてくる。放置しておくと枝だらけになり、次の新芽が発生しなくなってしまう。そうなると花芽が大量に発生して、ミカンの木の体力が削られる事になる。病害虫が発生しやすくなり、ミカンの果実の質も悪くなるのだ。


 そのため、こうして芽かきをする事で対処しているというカルパナの話だった。

「一本の枝に一つの芽だけを残すという方法ですね。こうすると枝の伸びが速くなるんですよ」

 確かに定植して一年目のミカンの木でも、樹高が二メートルに達しようとしている。新枝の方も、今年の雨期明けまでには二メートルほどの長さに生長するだろうというカルパナの予測だ。


 他のミカン畑も撮影して記録していくゴパルである。

 定植してから二年目の畑でも芽かきを行っている。ここでも、最終的に良い芽だけを一つ残す方式だ。枝が輪の中に収められているので、より竹ホウキ状に見える。五から六本の枝がほぼ同じ高さに揃っていたので、なおさらそう見える。

 カルパナが簡単に補足説明をした。

「二年目の畑では、去年の夏に伸びた芽が育った場所まで枝を切り戻しています。こうした方が元気の良い枝になりますね。花の数も減ります」


 最後に定植してから三年目の畑に向かった。

 ここでは竹ホウキ状ではなく、支柱を二本クロスさせてエックス型に木の形を整えてあった。支柱に固定されているのは二本の枝だけで、他の枝は横方向に伸びている。それらの枝は支柱で固定されていない。

 芽かき作業とエックス型の支柱設置作業をしている作業員達に合掌して、カルパナが挨拶を交わす。そして、少し嬉しそうにゴパルに微笑んだ。

「この三年目のミカンの木では、次の年からミカンを実らせるつもりです。今の所は病気も害虫も出ていませんね。期待できそうです」

 ゴパルもスマホで作業を撮影してから、垂れ目をキラキラと輝かせた。

「来年ですか。待ち遠しいですね。ラビさんの話ですと、農家がミカン復活事業に期待していると聞きました」


 今回復活させるミカンやレモンの品種は少ない。そのため、もっと多くの品種を復活させてほしいという要望書を、農家が大量に送ってくる……という話を、ゴパルがラビ助手から聞いていた。

 ラビ助手としては、ミカンだけでなく他の果樹や穀物も担当しているので、少々面倒臭がっている様子だったが。


 ただ、ミカンやレモン、オレンジの場合には、他の果樹とは違う育種上での難しさがある。

 一般的な植物では、種子には両親の遺伝子が引き継がれている。これを交雑胚と呼ぶ。ところがミカンやレモンのようなカンキツでは、片親の遺伝子しか機能しない種子が生まれやすい。これを多胚性と呼ぶ。多胚性の種では育種に使えない。

 種子が交雑胚か多胚性かの判別は、発芽して苗が育ち、ミカンやレモンの実ができて試食してようやく分かる。そのため、カンキツの育種は大変だった。

 この時代ではカンキツの遺伝子研究が進んでいて、この胚の判別を種から芽が出た段階でできるようになっていた。そういった背景があり、多くのミカンやレモン品種を復活させる事業が始まったのだったが、それでもやはり面倒な作業が多い事には変わりがない。

 面倒なので断りたいなあ……と、ラビ助手がグチをゴパルに漏らしていたが、カルパナには黙っている事にした。ネパールはカンキツ栽培の適地なので、百以上も品種がある。


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