レカの話と焼きコーン
ロープウェイはレイクサイドからサランコットの民宿街までを結んでいる。今は一本だけの路線なのだが、これを二本に増やすのだろう。レカによると、二十四時間営業にするらしい。
(確か、ロープウェイってデートスポットでもあったような気が……ポカラが学生の街だといっても、そこまでするのか。凄いな)
気になるのは電気代なのだが、ポカラ工業大学が実証試験を行うという話をレカがしてくれた。メガネの奥の二重まぶたの黒褐色の瞳をキラキラさせている。
「空気と水からアンモニアガスをタダで作るのだー。すごいだろー」
実際には触媒を介して、空気中の窒素ガスをアンモニアガスに変換するシステムである。常温常圧に近い環境で、触媒をリサイクルしながら運転するので正確にはタダではない。水も大量に使う。
アンモニアガスは可燃性ではあるのだが、どちらかといえば貯蔵用の目的で製造する。このアンモニアガスをさらに分解して水素ガスを取り出し、それを燃やして発電する。
問題となるのは、アンモニアガスから水素ガスを生産する際に、外部から熱エネルギーを与える必要がある点だ。これをゴビンダ教授が解決したのかな? と予想するゴパルである。
一番手っ取り早い方法は、排気ガス中に含まれているアンモニアガスを燃やす事だろうか。アンモニアガスから水素ガスを取り出すにしても、効率が百%になる事は原理的にありえないためだ。未反応のアンモニアガスが排気ガス中にどうしても含まれる。
ゴパルが感心して聞いているので、レカが調子に乗ったようだ。他の話も喜々として話し始めた。
「食用廃油からバイオディーゼルを作るのもするって言ってたー。燃料用の藻類とかー、リチウムとかマグネシウム電池もやるってー、ディーパクせんせーがー」
静かに聞いていたカルパナが、ゴパルに少し困ったような表情で微笑んだ。
「小型四駆便のエンジンを改造する話が持ち上がっています。実際に運転させてみてデータを収集するとか」
初耳な情報なので、目を点にしているゴパルだ。
「え? そんな計画があるんですか。上手くいけば燃料不足問題を軽減できるかも知れませんね」
カルパナがさらに困ったような笑顔を浮かべた。
「バイクから車に乗り換えようかと父や叔父達に相談したのですが、なぜかこんな大掛かりな話になってしまいました……」
レカがドヤ顔になる。
「ディーパクせんせーに相談したら、トントン拍子に進んだー」
どうやら火を焚きつけたのはレカだったようである。納得したゴパルが、カルパナにとりあえず微笑んだ。
「もしかすると、安く車が手に入るかも知れませんね。これから雨期が始まりますし、ちょうど良かったのかも」
カルパナが微妙な表情で微笑みながら、首を曖昧に振った。
「そう考える事にします……」
そう言ってから、民宿の軒先を借りて焼きコーンを売っていた老婆から一本買った。コンクリートの民宿基礎の上に直接枯れ枝を置いて火を点け、その上に金網を乗せてコーンを焼いている。おかげで所々黒く焼け焦げているのだが、全く気にしていないカルパナだ。
コーンはスイートコーンのような柔らかい品種ではなく固いので、手でコーンの粒をむしって口に放り込む。近くにはチヤの屋台も出ていたので一杯頼んだ。
「コーンと言えば、こういう固いものですよね。この時期の楽しみです」
ゴパルとレカも当然のように焼きコーンを一本ずつ買い、チヤを注文した。おかげで老婆も店じまいになったようである。適当に枯れ枝を散らして火を消し、カルパナに合掌して礼を述べてゆっくりとした足取りで去っていった。
ゴパルが焼きコーンを手でむしりながらカルパナに聞いた。スイートコーンではないので甘くなく、非常に食べ応えがある。
「あのお婆さんですが、地元の方ですか?」
カルパナが否定的に首を振った。
「いいえ。雰囲気からすると西ネパールから流れてきたのかも知れませんね。コーン自体はサランコットの農家が栽培している品種ですよ。農家から買うか分けてもらって、それを焼いて売っているのだと思います」
レカがジト目になってコーンをバクバク食べている。
「西ネパールは面倒事が多いー。ネワール族が住みづらい集落も多いしー」
西に行くと昔ながらのヒンズー教徒が多い。彼らは宗教や地元の慣習に厳格だ。例えば豚肉や水牛肉を食べたりする事も嫌われる。
最も厳しい地域では、ある時期の女性は家に入る事ができずに、外の小屋や野ざらしの場所で寝泊まりする。そんな環境で衰弱して、病気にかかって死亡したりする事件が起きている。
これは極端にしても、何かの問題を起こしてポカラへ逃げてくる人が多いようだ。現にレカのリテパニ酪農で働いている人達の多くは地元に居場所がなくなり、ポカラへやってきている。一方では、酒でトラブルを起こして追い出されたグルン族も多いようだが。
少し沈んだ雰囲気になっていると、民宿のオヤジ達を叱りつけてきたサビーナが戻ってきた。ジト目でゴパル達三人を見つめる。
「コラ。わしにばかり仕事させるなコラ。あっ! 勝手に焼きコーン食ってるっ。わしにも寄越せ!」
『あたし』ではなく『わし』と言っているので、相当怒っているのだろう。
即座に察したゴパルが謝った。
「すいません、サビーナさん。料理の事は疎いので邪魔になるかと思いまして……」
サビーナがカルパナから半分に折った焼きコーンを受け取って、ご機嫌な表情になった。
「指導してるのは料理じゃなくて衛生。これから雨期に入るから、下痢とか流行りやすくなるのよ」
そう言ってから、半分に折れた焼きコーンでゴパルを指した。
「……って、病原菌ならゴパル君も詳しいじゃないの! さぼるなコラ」
ひたすら謝るゴパルであった。はっきりいって、サランコットに来てからまるで役に立っていない。焼きコーンを食べているだけの山羊状態だ。
「仰る通りでございます、サビーナさん。すいません」




