サランコットの民宿街
ラメシュが首都に戻って仕事をして、クシュ教授にからかわれている頃、ゴパルも下山してきた。
雲の量が多くなってきていて、もはやセヌワからでもマチャプチャレ峰やアンナプルナ連峰の頂が見えなくなっている。この雲が育つと雷雲になっていくのだろう。
今回はポカラへ直接向かわずに、途中のナウダンダでバスを乗り換えてサランコットの民宿街へ向かう。
ナヤプルでは今回もディワシュとサンディプに捕まってしまい、シコクビエの焼酎と豚チリを食べてきている。この居酒屋では離れの倉庫でヒラタケを栽培しているので、その記録を撮るという建前だそうだが。
ナヤプルで別れる際に、ディワシュがゴパルの肩をポンポン叩いた。
「サランコットへ行くんだってナ。野菜売りしている俺の友達に会ったらチャイ、よろしく言っといてくれや」
サランコットの民宿街では以前に集団食中毒事件があり、その対策としてカルパナが指導しているパメの野菜農家から出荷していた。
最初はサンディプとディワシュが野菜をトラックに乗せて運んでいたのだが、今ではディワシュの友人であるグルン族の男が代わりに担当している。
しかしナウダンダに到着して、そこの茶店オヤジに聞いてみると、彼の配達時間は早朝と昼過ぎらしい。ちょうど昼の配達を終えて帰っていったばかりだったようだ。
少し落胆するゴパルである。
(どんな具合なのか聞いてみたかったんだけどな。仕方がない、次回に回そう)
乗り合いバスでサランコットの民宿街へ到着すると、近くの民宿からカルパナが出てきた。ゴパルを見つけて微笑んで合掌する。服装はいつもの野良着版サルワールカミーズだ。ストールも肩にかけている。
「こんにちは、ゴパル先生。先に調査を始めていますよ」
両目を閉じて頭をかくゴパルだ。
「すいません、遅れてしまいました」
カルパナが穏やかな口調で答えてゴパルを手招きした。
「ジヌー温泉宿から来たのでしょ? 歩いたりバスに乗ったりしますから、どうしても予定の時刻には着けないものですよ」
ゴパルの場合は、ナヤプルの居酒屋で酒盛りをしていなければ、余裕で時間前に到着できているはずなのだが。
恐縮しているゴパルに、今度はレカとサビーナが声をかけてきた。こちらは呆れた口調である。
「やっときたー。どこで道草食ってたー、この山羊ー」
「おっそーい! のろまな山羊は、と殺して枝肉にして売るぞコラ」
平謝りするゴパルであった。なお、ゴパルの体はようやく売り物になる品質になったようである。
その後はゴパルも合流して、民宿を回って状況を調べていく事になった。
食中毒はあれから発生していないのだが、厨房や食堂、トイレやシャワー室の衛生状態は改善途上らしい。サビーナが容赦なく民宿のオヤジ達に指摘している。
レカはちゃっかりとチーズや牛乳、ヨーグルトの売り込みをしていた。新作が色々とできているらしい。スマホ盾を巧みに使いこなして、民宿のオヤジ達と商談しているレカを感心しながら眺めるゴパルだ。
(そうか……クシュ教授から色々と追加の菌が送られているんだっけ。新商品が多くなるわけだ)
雨期直前からはインド人観光客が増え始めてくる。雲海好きが結構いるようだ。
食事もインドやネパール料理の注文が増えてくる。欧米や中国人観光客と違い、酒をあまり飲まない客が多い上に乳製品と野菜の需要が増えるのが特徴だ。
ネパールを訪れるインド人観光客は年間で百万人を超える。陸路で入国して、そのまま自家用車やバイクで走り回る人が多い。越境バスも走っているが、これは親戚家族を含めての大人数になりがちである。ツアー旅行はあまり人気がない。
平均滞在期間は一週間未満で、高級ではない普通の民宿に泊まる傾向がある。旅行者は若い男が多めだ。そのせいもあるのか、平均的な支出額は一万円台に留まっている。
サランコットの民宿街にも、こういったインド人観光客が滞在している。一通りの民宿を回り終わり、カルパナがメモを手にして興味深くうなずいた。
「やっぱり客層が変わると、野菜の需要も変わりますね。来年の作付けの参考になりました」
レカも同じようにメモを手にしていて、首を無意味に振っている。
「だよねー。パニールとヨーグルトの注文ばかりになるなー」
そう言ってから、ゴパルに小声で話しかけてきた。もうかなりゴパルに対しての警戒感がなくなっている様子だ。
「わたし達、ロープウェイで来たんだけどねー、ラインを増やすみたいだよー」




