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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
暑いと夏野菜を植えたくなるよね編
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風邪が治って

 ラメシュの風邪は大した事にはならず、三日もすると治っていた。今は低温蔵でゴパルや交代で登ってきたスルヤと一緒に作業をしている。

 ラメシュが今行っている作業は、酵母菌や乳酸菌の個別培養とその保存だ。この菌は、パメで採取したズッキーニの雄花から得られたものである。スルヤは馬乳酒やヤクチーズの保存と菌の採取を、ゴパルは紅茶の低温熟成や豚の発酵肉の状態を調べている。


 ラメシュが一息ついた頃、民宿ナングロのアルビンがチヤを持ってやって来た。

「チヤ休憩でもしてください。こちらも民宿の補修工事が終わった所ですよ」

 水文気象部の気象予報局によると、来週から雨期が始まるだろうという話だ。あまり当てにならない予報なのだが、遅かれ早かれ雨期が始まるのは間違いない。

 アルビンがゴパルにチヤを手渡す。

「ラメシュの旦那が風邪で倒れている間、お疲れさまでした。ちょいと砂糖と脱脂粉乳を多めに入れときましたぜ」

 ゴパルがチヤをすすりながら、気楽な口調で答えた。

「ラメシュ君には下山した時に、その分だけパメで仕事をしてもらいますから気にしていませんよ」


 チヤを一口飲んだラメシュがジト目になっている。

「風邪をひくのは不可抗力ですよ。でもまあ、下山する途中ですしパメに寄ってきます。セヌワとナウダンダで、シイタケ原木の状態も確認しておきたいですしね」

 スルヤが不満そうな表情でチヤをすすった。こじんまりとした体格なので、いつもながら存在感が乏しい。

「ゴパルさんの仕事を引き受けるなんて、お人好しだなあラメシュは。そんなゴパルさんは、ポカラのポーク祭りに参加するんですよね。博士課程の僕達を使役しすぎだと思いますが」

 ゴパルが微妙な表情でチヤをすする。

「でもさ。あの豚肉をたくさん食べたいと思うかい? どうやら、養豚団地でもKLを使うような話が聞こえてきているし、面倒事が増えるだけのような気がするよ」


 スルヤがラメシュと顔を見合わせて、ゴパルと同じような微妙な表情になった。口元をモゴモゴさせている。

「う……あのベーコンは最悪でしたね。僕も下山した際にルネサンスホテルへ泊まるんですが、時々ディナービュッフェに出てくるんですよね。客の反応も毎回不評だそうですよ」

 アルビンがニヤニヤしながらチヤをすすった。背中まで伸ばしている束ねた黒髪の先が、ヒョイヒョイ跳ねている。

「俺達グルン族に任せてくれれば、美味いベーコンを作ってやれるんですけれどね。やっぱり、チベット系の連中は豚飼育の経験が浅いんですよ」

 レカナート市の養豚団地は、ギャクサン・ラマ社長が経営している。ラマ姓はチベット系で、彼はチャーメ出身である。


 ラメシュがチヤを飲み終えて軽く背伸びをした。身長が百八十センチほどあるので、この四人の中では一番背が高い。メガネをシャツの裾で拭いて低温蔵の外を見た。晴れているがかなり雲が多い。

「では、私はそろそろ下山しますね。今晩はジヌーに泊まる予定です」


 ラメシュの服装は軽登山靴に長ズボン、長袖シャツに薄手のジャケットだ。すっかりアンナプルナ内院の涼しさに順応しているようである。ポカラや首都は気温が高いので、半袖シャツを何枚か用意してリュックサックに詰め込んでいる。

 アンナプルナ内院では雨期直前という事もあって、観光客の姿は少なめだった。雨期に入ると高山植物の花が数多く咲くので観光客も一時的に増えるそうだが、すぐに大雨が降り始める時期になるので減ってしまうらしい。

 ヒンクの洞窟にある茶店で一息ついてから、一気にセヌワまで下りていくラメシュだ。何度も上り下りした道なので足取りも軽い。

(さっきの茶店のオヤジさんも言ってたけれど、強力隊の仕事もできそうな勢いだな……バイトでも考えようかな)

 まあ実際には、強力隊は四十キロ以上の荷物を担いで山を上り下りしている。今のラメシュの体力ではバイトは無理だろう。


 セヌワではカルナとニッキが出迎えてくれた。昼食を手早く摂ってからセヌワ集落近くにある森の中へ入る。シイタケのほだ木が組んであり、ラメシュがそれらを叩いて菌糸の張り具合を確認していく。

 一通り確認してから、ラメシュがニッコリとカルナとニッキに微笑んだ。

「良い感じで菌糸が張っていますね。順調ですよ」

 ほっとしているカルナとニッキだ。


 ラメシュが周囲の風景を見渡してから話を続けた。

 この時期は雨期直前なので乾燥している。松林の緑も元気が無く、岩だらけの険しい斜面を覆う雑草や潅木も茶色がかって見えている。

「これから雨期が始まりますので、ほだ木を組んでいる周囲の雑草や潅木を刈っておいてください。この斜面であれば上昇気流が強いので風通しは良好だと思いますが、念のためです」

 雨期の湿気が高いと雑菌が繁殖しやすくなる。その予防措置である。

 了解するニッキとカルナだ。ニッキが太くて短い眉を上下させてニッカリと笑った。

「了解だ」


 早速カルナが鎌を使って、ほだ木周辺の雑草を刈り始めながらラメシュに聞いた。

「ラメシュ先生はポカラのポーク祭りには参加しないのですか? ゴパル先生は参加するって聞いていますけど」

 ラメシュも草刈りを手伝いながら、軽く肩をすくめて笑った。

「残念ですが参加しません。ちょうどその頃は首都の研究室ですね。クシュ教授が持ち込んだ、バングラデシュ産のエリンギの組織培養をする予定ですよ」

 どうやら他に何種類か野生のエリンギを持って帰ってきたらしい。キノコは一般に亜熱帯性や熱帯性になるほど多様化する。見た目は同じでも、毒を有していたりする場合があるので注意が必要だ。


 ラメシュの返事を聞いたカルナが、退屈そうな表情になった。鎌の動きも緩慢になる。

「そうか……だったら、今回はコンサートに行くだけにしようかな」

 バドラカーリーのヒモバンドのステージがあるらしい。ニッキが自身のスマホで時刻を確認してラメシュに告げた。

「ラメシュ先生。後は俺達がやっておくんで、ポカラへ下りてくれや。ナウダンダでもチャイ、シイタケのほだ木を見るんだろ」

 頭をかきながら鎌をニッキに返すラメシュである。

「そうですね……では、お言葉に甘えて下山しますよ」


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