マナンへの空の旅
翌朝の始発便でマナンへ飛ぶゴパル達であった。
天気予報通りよく晴れていて、気流もそれほど乱れてはいない快適な空の旅だ。参加人数がゴパルを含めて六人も居るので、ほぼチャーター便のようになっている。
離陸して少し経つと、席を立って歩き回れるようになった。早速ゴパルが操縦席の方へ行って、飛行風景をスマホで撮影し始める。この飛行機は小型のプロペラ機で、運転席と客席の間にドアが無い。
CAも一人居るのだが、既に飴玉と使い捨てコップに注いだジュースを配り終えていたので、カルパナやサビーナ達と談笑している。二人の協会長は、今後の予定の段取りを詰めるために色々と話し合っている様子だ。
ゴパルが操縦席の窓から見える雄大なアンナプルナ連峰の雄姿を撮影しながら、感嘆の声を上げた。
「うは……物凄い迫力ですね。アンナプルナ連峰の東側ってこんな景色なんですか」
飛行機はアンナプルナ連峰を反時回りで飛んでいる。ガンドルンからでは西半分しか見えないのだが、この東半分も目を奪われる荘厳さだ。
尾根が比較的なだらかなので、転覆した巨大な船の船底のようにも見える。ただ、この四十キロほど続く尾根筋は標高七千メートル級なので、普通の人が行っても酸欠で倒れてしまう場所だが。
眼下の景色はポカラのような亜熱帯の森ではなく、最初から温帯常緑樹の森だった。山の標高が上がるにつれて、これが落葉樹の森に変わり、竹やシャクナゲの森が混ざって針葉樹の森になっていく。
その森も森林限界を越えると、大草原と高山性の潅木が点在する姿に変わる。今は雨期前なので茶色がかっている草原だ。草原の上は氷雪と岩塊だけの世界になる。
そのような植生のグラデーションを撮影していると、背後からレカがゴパルにすり寄ってきた。彼女もスマホで風景を撮影するつもりのようだ。ゴパルにはスマホ盾を使わなくても大丈夫になったようで、ニマニマ笑いをゴパルに向けている。
今日は洗濯してパリッとアイロンがけしたサルワールカミーズにジャケットの姿だ。ストールもクシャクシャではない。
「わたしにも撮らせろー」
素直に撮影場所をレカに譲るゴパルだ。
「今日は晴れて良かったですね、レカさん。アンナプルナ連峰の東側は、首都へ飛ぶ飛行機の窓からも見た事があるのですが、近くで見ると迫力が段違いですね」
レカが口元を大きく緩めた。
「こんなもんじゃないぞー。ほら、ラムジュンヒマールが見えてきたー、本番はここからだぜゴパルせんせー」
ゴパルが視線を外に向けると、アンナプルナ連峰の東端にあるラムジュンヒマール峰が眼前に見えてきた。
この峰は測量がいい加減なせいで標高表記に諸説ある。6900メートル台で、頂上付近がギザギザしている独特な形をした峰だ。
飛行機はこのラムジュンヒマールを左に見ながら、反時計回りに急旋回して谷に突っ込んでいく。このまま真っすぐに飛ぶと、谷向こうのマナスル連峰に激突してしまうためだ。
ちょうどアンナプルナ主峰とダウラギリ主峰の間のツクチェの谷間に似ているが、こちらの方が森で覆われている。谷底は標高千メートルほどなので、六千メートルほどの深さの谷だ。
飛行機は深い谷の中を上流に向かって飛んでいく。東西に巨大な氷雪の壁がそびえ立ち、谷底は森で覆われている。
ジョムソン街道と異なるのは、北にも七千メートル峰がそびえ立っていて行き止まりになっている点だろうか。
飛行機が左へ左へと谷を飛び、ついにアンナプルナ連峰の北側に出た。風景が一変して荒涼とした岩砂漠と松林になる。ただ、気温が高いためか広い草地も結構見えている。アンナプルナ連峰の北側にも六千メートル峰が続く山脈があるので、やはり谷の中を飛ぶ形だ。
飛行機が針路を西にとり、谷に沿って上流へ向かう。目をキラキラさせて撮影を続けているゴパルとレカである。
「凄い空路ですね。谷伝いに飛ぶとは。雨期になったら飛ばなくなるのが理解できます」
ゴパルに同意しながら、メガネの奥の瞳をキラキラさせているレカが答えた。
「だよねー。ジョムソンと違ってー、秘境って感じが凄いよねー」
ジョムソンやツクチェも十分に秘境のような感じがするゴパルだが、ここは素直に同意している。
間もなくすると着陸態勢に入ったので、席に戻って座るゴパルとレカであった。二人ともに満足な表情である。
レカがシートベルトを締めながら、ラビン協会長に話しかけた。
「良い絵が撮れたー。もう帰ってもいいよねー」
ラビン協会長がサマリ協会長との話を終えて、苦笑しながらレカに振り向く。
「本番はこれからですよ」
マナン空港はマナンからかなり離れた場所にある。地名としてはフムデと呼ばれているのだが、空港町と呼ぶ事の方が多いようだ。
空港には簡易舗装された滑走路があるだけで、結構バウンドして着陸した。飛行機が無事に止まり、冷や汗を拭くゴパルだ。
「そういえばジョムソン空港も簡易舗装の滑走路でしたっけ。空路はあまり使いたくないですね……」
カルパナが席から立ち上がって、軽く背伸びをして答えた。
「陸路はかなり疲れますよ。やはり空気が薄いかな。高地に来たっていう感じがして良いですね」




