翌朝
結局、深夜まで仕事をしてしまったゴパルであった。時間を見て慌てて眠る。
翌朝は、やはり雨であった。当然ながらアンナプルナ連峰はカケラも見えない。
洗面所で顔を洗ってヒゲをそり、ノートパソコンをリュックサックの中に突っ込んだ。充電池の充電も完了していた。スマホの充電も終えて、レインウェアの防水ポケットに突っ込む。
「さて、朝食をとってくるかな」
民宿のロビー兼食堂には、まだ誰も来ていなかった。
欧米人客達は、まだ部屋で寝ているのだろう。宿のオヤジのアネルは、もう起きていて、ゴパルの姿を見つけるなり、手を振って挨拶をしてきた。
「おはようございます、ゴパル先生。予定通りですね。朝食はチャイ、用意できていますよ、どうぞ」
室内は、昨日の夜からずっと明かりが点いたままだ。テレビだけはスイッチが切られていたのだが、アネルがすぐに電源を入れた。ネパール語での朝のニュースを、アナウンサーコイララがしている。
ゴパルも挨拶を交わして、昨日、夕食をとった席に座った。
「おはようございます、アネルさん。では、朝食を出してくれますか?」
こういった民宿での朝食は、普通はどこでもアメリカ風が多い。
トーストが数枚と、缶の果物ジュース、インスタントコーヒーかティーバッグの紅茶だ。もしくは、輸入オートミールに牛乳である。
卵料理はオムレツ、目玉焼き、スクランブルドエッグのどれかを選ぶ。民宿によっては、卵料理付きはオリエンタル風として、ちょっと高価な設定にしている場合もある。
民宿での料理は、ゴパルが昨日訪問した公園事務所によって、統一メニューができている。なので、どこの宿でも、同じ料理を食べる事ができるはずなのだが、実際はそう甘くはない。
特に、地元民が経営する民宿では、対応できない場合がある。ノウハウが乏しいので仕方がない。
この民宿は、良い環境で食事を出していると思えるゴパルだ。缶ジュースはオレンジにして、オムレツを頼む。もちろん、刻んだ青唐辛子と玉ネギ入りだ。
チーズを混ぜたオムレツもメニューにあるのだが、朝からチーズは、お腹に溜まるので遠慮する。
「了解でさ。それでは、ちょっくら待ってくださいナ」
昨晩の注文の通りに、一枚だけはトーストしていない食パンだった。その食パンを紙袋に入れる。
アネルが、他のトーストした食パンを数枚と、青唐辛子が入ったオムレツ、オレンジジュースとインスタントコーヒーをまとめて持ってきた。
ゴパルが紙袋に入れた食パンに興味が出たようだ。太い眉を上下に動かしている。
「ゴパル先生。その食パンで、何をするつもりなんすか?」
ゴパルがオレンジジュースを一口飲んで、紙袋をポンと叩いた。
「カビを採集する予定です。青カビが生えやすいのですよ。これで、野生の青カビ株を採集できれば良いのですが。白カビや酵母菌も採集できますよ」
カビと聞いて、さらに首をかしげるアネルである。
「カビ……っすか?」
ゴパルがジュースを飲み終えて、トーストにイチゴジャムとバターを塗りながら、口元を緩めた。
「食用にできるカビがあるのですよ。運が良ければ、薬用にできるカビも採集できます」
へー、と素直に感心しているアネルであった。そこへ、昨日の欧米人客が眠そうな目をこすりながら、ロビー兼食堂へ入ってきた。すぐに挨拶をするアネルだ。意外に流暢なアメリカ英語で話しかけている。
「おはようございます。よく眠れましたか? 朝食は用意できていますよ」
ゴパルが、スプーンをナイフの代わりに使って、オムレツを切り分け、フォークで突き刺して口へ運ぶ。
ちゃんとバターを使っていて、香りが良い。青唐辛子の青ピーマンのような香りは、卵に包まれたせいで弱まっているが、それでも十分だ。
パクパクとオムレツを食べて、全てのトーストを平らげ、インスタントコーヒーに牛乳を注いで飲む。
「さて、出発するかな」