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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
暑いと夏野菜を植えたくなるよね編
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タマネギ畑とミカン

 続いて巡回した先はタマネギ畑だった。既に収穫が始まっていて、乾いた畑の上に転がっている。

 カルパナが少し申し訳なさそうにして、タマネギを指さした。

「この畑では、栽培の途中からKLを使っています。ですので、あくまでも参考程度に撮影してくださいね」

 了解したゴパルがスマホで撮影を再開した。カルパナが簡単に説明を始める。

「タマネギですが、全体の八割くらいの株が倒れたら収穫を始めます。雨期が始まるまでに全て収穫する栽培暦になりますね」


 茎が倒れたタマネギは、晴天が続いて畑の土が乾燥している間に抜き取って収穫する。まだ茎葉に水分が残っているので、そのまま畑に放置して二、三日間ほど天日乾燥させている。

 葉が乾いたら五、六株単位でまとめて縛り、雨の当たらない風通しの良い場所に吊るす。この際に、茎を五センチ以上残しておくと腐りにくい。

 ただ、こうして吊るしても、ポカラの雨期は湿度が高いので注意が必要だ。そのため、大玉のタマネギから先に料理して食べた方が良いだろう。小玉は比較的長く保存できる。


 ゴパルがタマネギ畑を撮影し終えてから、カルパナが話しかけてきた。

「サビちゃんが希望していた早生わせのタマネギですが、良さそうな品種が見つかりましたので次回植えてみます」

 そのタマネギは、西暦太陽暦の四月中に収穫できる品種らしい。七月末から苗畑の準備を始めるという事なので、栽培暦を組み替え直す必要がある。


 タマネギと聞いて、ゴパルが軽く肩をすくめた。

「本当に私達ってタマネギにうるさいですよね。それだけ料理に欠かせないって事なんですが」

 カルパナが穏やかに微笑んだ。

「そうですね。一応は不浄な野菜なんですけれどね。エシャロットも良さそうな品種が見つかりました。これも種苗が届き次第、ナウダンダで植えてみようと考えています」

 今までも少量だけ栽培していたそうだが、気候が合わないのか収穫量が少なかったらしい。ちなみにタマネギとエシャロットとラッキョウは別々の品種だ。


 ゴパルも喜びながら、とりあえず聞いてみた。

「しかし、突然色々と種苗が手に入るようになりましたよね。何かあったんですか?」

 カルパナがニコニコしながら答えた。

「小麦とトマトの成功が効いているみたいです。趣味の野菜栽培ではなくて、商業栽培している農家という認識になったのかも」

 知名度は重要らしい。

「ジェシカさんの話では、今ではどこの国の種苗会社も世界中に圃場を設けているそうです。遺伝子資源を増やすため……だとか。ネパールでの圃場の候補として、私の農場が彼らの目に留まったのかも知れませんね」

 カルパナは有機農業を指向しているので、在来種や固定種の栽培依頼が来るようになったらしい。風土の異なるネパールでこれらを栽培すると、運が良ければ亜種が生まれる可能性がある。

 実際にカルパナが行っている自家採種では、ニンジン等で亜種が生まれている。


 他の段々畑も巡回して撮影し、最後にミカン園に到着した。園内には作業員の姿はなく、ひっそりとしている。

 カルパナが申し訳なさそうな表情になって説明した。

「剪定作業が終わりましたので、しばらくの間は水やりと追肥だけになります。撮影ネタが無くてすいません」

 ゴパルがスマホでミカン園の写真を数枚撮って、気楽な口調で答えた。

「私に作業日程を合せる必要はありませんから、気遣いは不要ですよ。元気そうに育っているので、それで十分です」

 最近実施した追肥では、ミカンの木一本当たり土ボカシを五百グラム平均で根元に置いたという話だった。

 水やりでは、生ゴミ液肥と光合成細菌、それに食酢を五百倍に水で薄めたものを散布している。生ゴミ液肥や光合成細菌には塩分がそれなりに多く含まれているのだが、乾期でも特に悪影響は出ていないようである。


 それについては、ゴパルが少し考えてから推測した。

「サランコットの斜面は表土が薄いですからね。それに傾斜も急ですので、養分が流出しやすいのだと思います。元々痩せた土地だと聞いていますから、少々多めに肥料や塩を使っても悪影響が出にくいのかも」

 実際には、腐植ふしょくや土壌有機物が多い土地の方が過剰施肥や塩害に対しての耐性が高い。

 ゴパルには専門外の知識なので思いきり間違えて回答しているのだが、カルパナは特に指摘しなかった。代わりに他の作業について話した。

「ゴパル先生の仰る通り、まだ土が痩せていますね。ミカンにはカルシウムが必要ですので、炭酸カルシウムの粉末を薄くミカンの葉に振りかけています」

 有機農業を目指すのであれば、ここでは貝化石の粉末を使う場面だろう。しかし、このミカン園では、遺伝子組み換えやゲノム編集を経た品種を植えているので有機農業にはならない。そのため、貝化石は使用していない。


 ゴパルがミカン園を撮影し終えた後で、カルパナが段々畑の上の方にある桃園を指さした。遠いのだが、よく見ると数名の作業員が何かの農作業をしている。

「さくひめという桃の品種ですね。桃の実に被せていた袋を外して、代わりに透明の強化プラスチック製の袋に取り替えています。袋にはたくさんの穴を開けてありますが、それでも袋の中が蒸れてしまう場合がありますね」

 袋を取り替えるのは、桃の実の色を良くするためらしい。日に当てる事で桃色になる。野鳥が多く棲んでいるので、食べられないようにするための袋だ。


 桃園は聖域扱いされているので、撮影を控えるゴパルである。

「桃が色づき始めましたか。間もなく収穫ですね。隠者様も楽しみにしているのでは?」

 カルパナがクスクス笑った。

「そうですね。最近はお弁当を届けるたびに、桃の育ち具合を尋ねてきますね」


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