食堂で食事と雑談
その後、暇になったので仮眠をしているとサムテンから電話がスマホにかかってきた。外を見るともう夕方だ。電話に出て、すぐに民宿の食堂へ向かうゴパルである。
食堂には既にサムテンが居て、手を振ってゴパルを呼び寄せている。
「こっちですよ、ゴパルさん。ゆっくりと休めましたか?」
ゴパルが席について頭をかいた。
「おかげ様で。この時期でも冷房が不要なんですね。過ごしやすい町です」
北インドやテライ地域では最高気温が四十五度に達したとニュースになっていた。乾期とはいえ、それなりに湿度があるので熱中症になる人が続出しているらしい。チャットを通じて、カルパナからもポカラが暑いという知らせが届いている。
夕食のメニューは、首都で食べた時と大差なかった。ただ、赤いご飯ではなくて普通の白ご飯であるが。他はほぼ一緒で、ダル、皮付き豚肉の煮込み、牛肉の煮込み、それに唐辛子のチーズ煮込みである。
サムテンがその唐辛子のチーズ煮込みを指さして、注意を促した。
「エマダチですが、地方なので本格的な辛さになります。まずは少量だけ食べてみてくださいね」
続いて豚の煮込みを指さす。
「パクシャ・パです。皮には豚の毛が残っているので、皮を取り除いて食べた方が良いと思います」
そして最後にグラスにたっぷりと注がれている、どぶろくを指さした。
「プナカ産です。ネパールでも確か同じような酒がありますよね」
ゴパルが素直にうなずいた。どぶろくの香りをかいで、一口飲む。
「はい。チャンとかジャールと呼ばれています。んー……やはり風味が違いますね。菌の種類がちょっとだけ違うのかな。クモノスカビは地域によって特徴が出ますから、プナカの立派な特産品ですね」
ここでゴパルが少し考える仕草をした。
「サムテンさん。この種菌ですが、少し分けてもらっても構いませんか? 低温蔵で保管してみようかと思います」
サムテンがうなずく。
「農政省から許可を得る必要がありますが、多分大丈夫でしょう。欧米の研究機関にも提供していますし。ゴパルさんがネパールへ帰国するまでに、いくつか用意しておきますね」
感謝するゴパルだ。
「急なお願いですいません。低温蔵ですが、もう既に酒蔵みたいな有様になっていまして……お酒への情熱って凄いものがありますね」
サムテンがニッコリ笑った。
「ですよね。低温蔵ですが、稼働状況の情報を王立種苗センターとしても興味を持って共有しています。クシュ教授からゴパルさんの報告コピーを送ってもらっているんですよ」
目を点にしているゴパルだ。
「そ、そうなんですか。うかつな事は書けないなあ……」
サムテンがクスクス笑う。
「いいえ、ぜひ今のままの報告を続けてくださいな。本音が書かれた報告書って非常に役に立つんですよ」
ゴパルが照れて言葉に詰まっているので、サムテンが話を続けた。
「実は王立種苗センターも低温蔵の建設を検討しています。ちょうど標高四千メートル以上の峠がありますし、そこまで舗装道路が伸びているんですよ。車で行き来できる場所です」
首都からはかなり離れていますけれどね、と苦笑する。
「今はただの峠で茶屋しか無いのですが、良い地域振興や雇用先にもつながるかと」
ゴパルが感心して聞いている。
「さすがですね。そんな場所まで車で行けるんですか。私なんか歩いて坂を上り下りしているんですよ」
そう言ってから、ゴパルが次にエマダチを少量口にした。次の瞬間硬直している。
「……げほげほ。さすが地方に来ると本格的な辛さになりますね。これは全部食べるのは無理かな、すいません」
エマダチは唐辛子のチーズ煮込みだ。ブータンの大衆的な料理でもある。
一応はタマネギ等を刻んで加えているのだが、野菜のダシに唐辛子を使っているので辛い。チーズも薄いスープ状なので、辛さを和らげる効果も弱くなっているようだ。
一方のサムテンはエマダチをツマミにどぶろくを飲んで、幸せそうな表情をしている。辛い料理は自重しているとか何とか言っていたはずなのだが。
「唐辛子は辛いのが難点ですが、ダシとしてよく使っています。そういえば、辛味抜きする方法があるそうですね」
クシュ教授はどこまで話しているんだろう……と思いながらゴパルが気楽な表情で答えた。
「はい。ポカラのカルパナ・バッタライさんという現地協力者の方が教えてくれました。私も知らなくて。おかげで、実家の母が辛味抜きに夢中になっていますね」
ゴパルがスマホを取り出して、映像を交えながらサムテンに方法を教えた。感心して見ているサムテンだ。ちなみに今は、二人ともにスプーンとフォークを使って食事をしているので、手が汚れていない。
「ほええ……そんな技があるんですか。早速私も試してみますよ。唐辛子の食べ過ぎで胃を悪くしている知人が多いもので。辛味がなくなれば胃の荒れも改善されて、医者にかかる面倒も減るでしょうね」
サムテンによると、どうやら生の唐辛子をそのままかじって、それでツァンパを食べているらしい。エマダチや肉料理はちょっとした御馳走扱いだと話してくれた。
エマダチの話題のついでに、ゴパルがリテパニ酪農で試作中の発酵チーズ各種についても現状を話した。サムテンも興味深く聞いている。
「低温蔵での研究の大きな柱になりそうですね。私達ブータン人もチーズが好きなんですよ。ヤク乳のチーズが人気ですね」




