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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
暑いと夏野菜を植えたくなるよね編
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パメで道草

 飛行機の時間は今日の夕方なので、パメに寄る事にしたゴパルであった。荷物を持ったまま、カルパナ種苗店までタクシーでやって来ている。

 事前にチャットで知らせていたので、カルパナが店先で出迎えてくれた。ゴパルに合掌して挨拶をする。

「こんにちは、ゴパル先生。ブータンへ行くそうですね」

 ゴパルが料金を支払ってから、合掌して挨拶を返した。

「はい。急に決まってしまいまして、こうして慌てて山から下りてきました」

 スバシュが三階から下りてきたので、カルパナが手招きした。そして、一緒に二人でゴパルに礼を述べる。

「食用ランの買いつけもするそうですね。私やスバシュさんもブータンビザの申請をしているのですが、なかなか許可されなくて。わがままを言って申し訳ありませんが、現地の食用ランの品質を確かめてきてくださいね」

 スバシュも神妙な表情でゴパルに頼んだ。

「私はキノコ担当なんですが、後任がなかなか育ってくれませんので兼任しています。食用ランはインドでも売っているんですが、熱帯性なんですよね」

 チャパコットのハウスで栽培試験をしているのだが、思うように育ってくれないらしい。スバシュがニッコリと笑った。

「ゴパル先生がブータン産の温帯性ランを買ってきてくれると助かります。雨期が始まると、ブータン行きの飛行便が飛ばなくなるんですよ」


 チヤ休憩を終えてから、カルパナに頼んで段々畑の記録撮影をする事にしたゴパルだ。

 カルパナが自身のスマホで時刻を確認する。

「飛行機の時間まで、そんなにありませんね。一時間くらいで切り上げましょう」

 最初にカルパナが案内してくれたのは小麦畑だった。

 見事に黄金色に熟しているのを見て、感心するゴパルだ。すぐにスマホで撮影を始める。フェワ湖からの上昇気流によって、小麦畑が黄金色の波を打っている。

「病害虫の発生がありませんね。実証試験の成功おめでとうございます、カルパナさん」

 カルパナが照れた。西暦太陽暦の五月下旬なので日差しが強いようだ。彼女も結構日焼けしているのが分かる。ゴパルも日焼け止めを塗って対応しているのだが、それでもかなり日に焼けているが。

「ありがとうございます。収穫まで無事にたどり着きました」

 予定よりも一週間ほど生育が早いそうだ。そのため、首都に居る育種学研究室のゴビンダ教授と相談して、いつ収穫するか決めるという事だった。

 風に揺れてザワザワと乾いた音を立てている小麦畑を、嬉しそうに眺めているカルパナである。

「遺伝子を色々と操作されている小麦ですが、それでもこうして実ってくれて良かったです、ゴパル先生」


 ゴパルが小麦の穂や葉の接写撮影を終えて、軽く頭をかいた。

「本来の小麦では見られない遺伝子がいくつも組み込まれていますからね。有機農業を目指しているカルパナさんにとっては、難しい問題ですよね」

 カルパナが風に揺れる小麦畑に触れながら、穏やかな表情でゴパルに振り返って微笑んだ。

「農家の暮らしが最優先です。病害虫が居なくなった後で、昔ながらの小麦を植えれば私はそれで満足ですよ」


挿絵(By みてみん)


 カルパナの話によると、伝統的な小麦の品種の種子は、ゴビンダ教授の育種学研究室で保存管理しているらしい。思わず内心でため息をつくゴパルだ。

(私にはそんな話してないですよね、ゴビンダ教授、ラビさん……しかし、低温蔵で種苗の保存をしたがっていたのは、そういう事情があるのかな。首都で保存していても、長期停電になったら危うくなるしね)


 小麦畑を撮影記録した後は、ニンジンの種蒔き前に行う畑の準備風景や、ミカン園の剪定作業を撮影した。

 ニンジンの種を蒔く予定の畑では、伸び放題に生やしていた雑草や刈り草を、生ゴミボカシと一緒に土にすき込んでいた。

 ゴパルが土を手に取って感心している。まだすき込んで間もないので、緑色をした雑草や刈り草、それに生ゴミボカシの塊が残っている。しかし、既に真っ白いカビに覆われていた。

 その臭いをかいで、満足そうにうなずく。

「腐敗ではなくて発酵系の臭いですね。長年有機農業を目指しているおかげで、土が柔らかいですよ。これなら、ニンジンの種も容易に発芽してくれるでしょう」

 ニンジンの種は、適度な水分を含んでいる細かい粒子の土でよく育つ。固い土や、土塊がゴロゴロ転がっているような土では、乾燥してしまったり土塊の下に潜り込んだりして発芽が揃わない。一方で発芽さえしてしまえば、後は比較的育てやすい野菜だ。

 カルパナが再び照れながら答えた。

「苦労しました。ですがKLを使うようになってからは、かなり楽になりましたよ。この白カビが消えてから、ニンジンの種蒔きを始める予定です」

 ニンジンの種は種皮が薄い。そのため、白カビが活発な時に種蒔きをしてしまうと、種が分解されてしまう恐れがある。


 ミカン園は苗木づくりの畑を除いて四つあるのだが、その全てで枝の剪定作業が行われていた。ケシャブ達に合掌して挨拶を交わしたカルパナが、撮影を再開したゴパルに説明する。

「剪定作業ですが、今の時期はとても弱めに行っています。枯れ枝や、日に当たらない枝を切る程度ですね」

 特に枝の先端は切らないように注意しているそうだ。この時期に切ってしまうと、切り口からたくさん枝が生えてきて好き勝手に伸びてしまうらしい。


 ゴパルが撮影を終えて、不思議そうな表情を浮かべている。

「そういうものなんですか。ミカンってネパール人の誰もが知っている果物ですが、栽培については知らない事ばかりですね」

 カルパナが軽く肩をすくめて、困ったような笑顔を浮かべた。

「農家でも同じですよ。ミカンの苗木を植えたら、それっきり放置する農家がまだ多いですね」


 他の野菜も撮影していくゴパルだ。カルパナが案内しながら時刻を確認した。

「時間があれば、レカちゃんの紅茶園にも行きたかったのですが……次回に回しましょう」

 今週は、二番茶の収穫が終わった木に対して、土ボカシを与えているという話だった。量としては、千平米あたり十トン程度になる。

 加えて、廃棄牛乳や畜産排水をKLで発酵させた液肥と、光合成細菌に卵を加えた液を散布しているらしい。

「バーク堆肥も順調に腐熟が進んでいるとレカちゃんが話していました。肥料問題があちこちで解決してきていますね、ゴパル先生のおかげです」

 今度はゴパルが照れている。

「使い方を発見したのは、カルパナさんやレカさん達ですよ。私はKLと光合成細菌を提供しただけです」


 ゴパルも時刻を確認して、少しため息混じりで背伸びをした。

「そろそろ飛行機に乗る時刻ですね。頑張ってブータンへ行ってきます」

 カルパナがクスクス笑いながらうなずいた。

「はい。いってらっしゃい」


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