鶏肉のカレー
「はいよっ」
アネルがご機嫌な口調で答えて、すぐに食事を持ってきた。
いわゆる定食料理で、一つの大きな金属製のプレートの上に、白ご飯と、豆スープのダル、ウリの香辛料炒め煮、大根の香辛料漬け、そして茶碗サイズの器に鶏肉のカレーが山盛りで乗っている。
炊きたてなので、ご飯とオカズから白い湯気が立っていて、香辛料と肉の香りが鼻をくすぐる。
プレートの横には、同じく金属製の大きなコップに入った水が添えられた。
ゴパルの垂れ目が細くなり、笑みがこぼれる。席をいったん立って、手を洗いに向かう。
「これも美味そうだ」
ダルは灰黒っぽい色合いで、黒ダルと呼ばれているものだ。とろみがあり、それほど豆の粉っぽさが感じられないダルである。
ウリの香辛料炒め煮は、ヘチマに似た野菜を、熟す前に収穫したものを使う。なので、種も白いままで柔らかく、そのまま食べる事ができる。ターメリックをやや多めに使い、炒めた後で水を少し加えて煮込む料理だ。
これは野菜料理なので、ワインとの相性はあまり良くない。無理やり合わせるのであれば、タヴェル・ロゼかジゴンダスあたりだろうか。
手早く手を洗ってきたゴパルが、席に座る。
鶏肉カレーの具材から、鶏の頭を半割りしたものと、足と手羽先が見えている。鶏の頭と手羽先はきちんと羽毛がむしり取られていて、くちばしは切り取られていた。足も爪部分は切り取られている。
アネルが再び調理場から、ひょっこり顔を出した。
「ゴパル先生。大丈夫ですかナ? 旨味重視なんで、頭と足を、そのまま入れてますが」
ゴパルが早速、鶏の頭をつまみ、口に含んで微笑んだ。骨が多いので、そのまま噛み砕いて食べたりはしない。
「これは嬉しいですね。地鶏は、こうして食べると、さらに美味さが増しますよね」
そう言いながら、積極的に鶏頭と足を、口に入れてモゴモゴしているので、ニッコリと笑うアネルであった。
「そりゃあ良かった。じゃあ、ごゆっくり」
地鶏のカレーであるが、地鶏は大きく育ち過ぎると肉が固くなるので、若い地鶏を使う。もちろん、育ち過ぎた地鶏も、圧力鍋を使ってじっくりと煮込んで食べる。
今回は柔らかい若い地鶏なので、圧力鍋を使わずに、普通のフライパンを使って調理していた。
首を切り落として血抜きをした地鶏を、湯に入れて洗いながら羽をむしる。さらに薪かまどの火で炙り、産毛等を焼いて除去する。
田舎ではガスボンベが普及してないので、灯油コンロを使う場合が多いのだが、そうすると灯油臭さが肉に付いてしまう。
ククリ刀を使って器用に鶏をさばいて、食べるには不味い部位を取り除く。
この時に、くちばしや、足の爪等も切り落とす。そして、関節部分に刃を入れて切り分け、さらに三口サイズくらいの大きさに、肉を骨ごと叩き切っていく。
頭も縦に真っ二つに切る。尾や腹の部分に付いている薄黄色の脂肪も、ある程度除去する。
最後に水で洗って、ゴミを洗い流しておく。鶏の臭いが強い場合には、豚チリの際と同じく、湯通ししたり、ごく軽く油で揚げておいたりする。
ククリ刀は、木の葉が歪んだような形状の、万能型山刀である。
大人の腕くらいの太さの木であれば、これ一本で伐採できる。その一方で、このような鶏の解体にも使う。即席ラーメンの袋や、粉末スープの袋を切って開ける際にも使う。
そのククリ刀の峰で、解体した三口サイズの肉をガンガン叩く。これで、肉の中にある骨が割れて、骨の旨味が出やすくなる。
その後、好みの香辛料と岩塩粉をまぶして、少し寝かせ、肉の下準備が終わる。
肝臓や砂のう、心臓等も、取り出しておいて、半分に切って内部を掃除しておく。特に砂のうは、十分に内部を掃除しておくべきだろう。
次に、普通サイズの玉ネギと、ショウガ、ニンニクを、細かく包丁で切っておき、菜種油をしいたフライパンでじっくりと炒める。
そして、鶏肉を入れて、軽く焼き色が出るまで一緒に炒める。この際に、フタをして、二から三分間隔で肉を返しながら、肉に火を通していく。
その間に、香辛料の調合を行う。
基本的には、ターメリック、クミン、シナモン、カルダモンの粉を使い、赤唐辛子粉やコショウ、クローブ等を好みで加える。あまり辛くない調合にするのが良いとされている。
これらを混ぜ合わせて、香りの具合を味見してから、少量の水を足してペースト状にしておく。小麦粉は使わない。
肉に火が通ったら、調合した香辛料と岩塩粉を加えて、よく絡ませる。汁気を多くしたい場合には、水を多めに加えるのだが、食用油の追加はしない。酒類や酢も使わないのだが、トマトや牛乳のヨーグルトを加える店はある。
アネルの民宿では、ヨーグルトだけを少量使っているようだ。口当たりがまろやかになり、酸味が出る。
最後に、軽くフライパンで加熱して出来上がりだ。加熱し過ぎると、香辛料の風味が飛んでしまうので、ほどほどにしておく。
脂が強くないので、ショウガが効いた、さっぱり風味の鶏カレーである。
赤ワインとの相性で考察すると、この鶏料理でもタヴェル・ロゼが無難だろうか。この民宿では使っていないが、トマトが入っていれば、ジゴンダスあたりも良いだろう。
一方で、シナモンが入ってるので、白ワインとは少し相性が悪い。
シナモンの量をかなり抑えて、バターを多く使っていれば、米国産のシャルドネや、フランスのブルゴーニュ地方産のマコンで楽しめるだろう。調理をもう少し工夫すれば、フランスの北ローヌ地方産のコンドリューや、シャトーグリエといった、ヴィオニエも面白いはずだ。




