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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
暑いと夏野菜を植えたくなるよね編
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鴨肉のコンフィ

 レカとカルパナが喜々として食べ始めた。カルパナが一口食べて幸せそうな表情になる。

「鴨肉は鳥ですので、私でも気軽に食べる事ができますね。脂もそれほど多くはありませんよ」

 ゴパルとディーパク助手が顔を見合わせて、ニッコリと笑った。

「ですよね、カルパナさん。あんまり脂ぽさは感じられませんよね」

「ポカラ工業大学近くにある食堂の飯の方が油まみれですよ」

 さらに一口食べたゴパルが頬を緩めた。北インド産の赤ワインを飲んで、さらに緩めていく。酒飲みのオッサンの顔になってきた。本人は気がついていないようだが。

「美味いなあ。油で肉を煮込む料理はネパールにもありますから、親しみがわきますね」

 レカが呆れながらも微笑んだ。

「ほんとーにゴパル山羊せんせーは、美味いしか言わないなー。あっ、マスタードが酸っぱくてうまーい」

 スルヤ教授がサラダを食べながら笑っている。

「山羊先生か……面白い呼び名をもらったね、ゴパル君」


 この料理だが、簡単に作り方を紹介しておこう。

 鴨の腿肉は皮付きのものを使う。毛抜きを使って皮面を掃除してから仕上げにバーナーの炎で炙る。腿肉には余分な脂身が付いているのだが、これは取り除かずにそのまま使う。

 この腿肉に、砕いた岩塩と白コショウ、黒コショウ、ニンニクの薄切り、タイム、ローリエをまぶしてラップで包む。

 十二時間ほどすると塩漬け状態になるので、ラップを外して流水でさっと表面を洗う。この後に油で煮込むので、水分をしっかりと拭き取っておく。


 温度を七十から八十度に保った鴨の脂にこの腿肉を入れて、五時間浸けておく。低温で揚げるといった感じだ。鴨の脂が無い場合には、豚の脂にフォワグラを足して代用すると良いだろう。


 揚げ終わったら肉を取り出して、再びハーブや香味野菜のみじん切りをまぶしてラップで包む。これを冷蔵庫の中に入れて一日休ませておく。

 店によっては、こうせずに鴨の脂に漬け込んだまま冷蔵庫に入れて休ませるのだが、サビーナの店では野菜で包む方式を採用しているようだ。


 休ませたら冷蔵庫から取り出して、野菜のみじん切りを拭いて取り除く。これをオーブンに入れて焼き、火が通ったらバーナーで腿肉の表面を炙る。

 野菜のみじん切りは裏ごししてから、赤ワインと鴨のダシを加えて煮詰める。これをソースにして盛りつけた皿に注ぎ、上にパリッと香ばしく焼けた鴨の腿肉を乗せて完成だ。

 なお、煮込みに使った鴨の脂は繰り返して使い、一部はフレンチフライ用に回している。


 スルヤ教授が話していたのは、鴨の脂に浸けた状態で鍋ごと冷蔵庫に入れて休ませる方法を指しているのだろう。


 鴨肉のコンフィを全員がほぼ食べ終わった頃に、サビーナが厨房から顔を出した。大忙しのようで、白いコックコートが所々汚れている。スルヤ教授とディーパク助手に合掌して挨拶を交わした。

「廃油を燃料にするのには、あたしも期待してるのよ。この店だけでも、かなりの量の廃油が出て処分に困ってたのよね。土ボカシにするには土が足りないし」

 首を引っ込めているゴパルだ。彼としては自信満々の案だったらしい。


 そんなゴパルを愉快そうに見てから、視線をスルヤ教授に戻すサビーナだ。

「燃料が安く大量に使えるようになれば、長時間煮込み料理も気軽にできるようになるわね。頑張ってねスルヤ先生とディーパク先生」

 どうやらゴパルと違って、きちんと『先生』扱いをしているようだ。ゴパルは『君』どまりである。

 ディーパク助手が食べ終わり、皿に残ったソースを丁寧にバゲットを使って拭き取って食べながら、サビーナにニッコリと笑いかけた。

「今晩は美味しい料理を出してくださって、ありがとうございました。バイオディーゼル製造そのものは赤字になりますが、副産物の売り上げで黒字にできると思いますよ。油煮込み料理を、これからも作ってください」

 満足そうな笑みを浮かべるサビーナだ。

「そうするつもりよ。それじゃあ、後はチーズかデザートね。好きな物を選んでちょうだい」

 そう言って、再び厨房内へ戻っていった。見送ったゴパルが感心している。

「相変わらず、忙しそうですね」


 サビーナが厨房の手前で給仕長を呼んで、何やら指示を出している。先程までとは変わって、厳しい表情だ。

 サビーナが視線を一人の新米給仕に向けたのを見て、レカがニマニマ笑いを浮かべた。目の前のゴパルにそっと告げる。

「あー……やっぱりバレちゃったかー。あの新米給仕ー、さっきからずっと常連客にだけ張りついて接客してるー。他の客の事を見てないんだなー」

 常連客はポカラの富裕層で、金払いが良い客らしい。ゴパルが目を凝らして、それでも横目でさりげなく見る。

「ん? どこかで見たような……あ。アンバル運送の社長さんか。一緒に居るのは……あ。ガンドルンの公園管理事務所長さんだ」

 何やら政治的な臭いを感じたのか、それっきり目を逸らすゴパルであった。

 隣に座っているカルパナも気づいていた様子で、ゴパルと同じように見ないふりをしている。そして、話題を戻した。

「ゴパル先生。廃油の土ボカシ化ですが、私はとても助かっていますよ。畑の表土を使っているのですが、雑草の種も一緒に発酵してしまうようです。草取りが楽になったと農家の人達から聞いています」

 カルパナの気遣いに感謝して、ついでに照れるゴパルであった。

「開発者なんですが、KLには驚かされる事ばかりですね。これからもKLの隠れた良さを見つけてあげてください。私もガンバリマス」

 カルパナがクスクス笑いながら微笑んだ。

「頑張りは知っていますよ。だいぶ体つきがスリムになってきていますよね」


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