段々畑の巡回
その後は段々畑に上り、それぞれの畑を巡回して撮影する事になった。特に小麦畑にゴパルが注目している。
「病害虫が出ませんでしたね。驚くべき事です。収穫量も期待できそうですね。予定だと二週間後に収穫かな」
小麦がすくすくと生長して穂が出揃っていた。本当に虫食いや赤サビ、赤カビ、いもち病が発生していない。
まだ若干緑色が混じっているが、黄金色の穂に触れながらカルパナが穏やかにうなずいた。
「収穫はもう少し早まるかもしれません。めん用の小麦ですので、めん加工業者と交渉をしているとビシュヌ番頭さんが話していました。パン工房長さんともジリンガパスタで使えるかどうか、試作してもらう予定だそうです」
めんに加工する上では、小麦のタンパク質含有量が十二%以上必要になるらしい。それを満たしているかどうかを検査して、実際にめんを作って試食する必要があると話してくれた。
「ですが、試食係には私やゴパル先生は呼ばれないと思いますよ。ジリンガパスタっていう名前が良かったみたいで、マガール族の偉い人達が試食をぜひやりたいと熱望しているんです」
ちょっとがっかりするゴパルであった。
「んー……残念。地域興しに直結しますから本気にもなりますよね。収穫量はどのくらいの予想なんですか?」
カルパナが少し小首をかしげて考えてから答えた。
「そうですね……今、農業開発局にお願いして予測をしてもらっています。その結果待ちですね」
商業的にはタンパク質の含有量が基準値以上で、千平米あたりの収穫量が450キロ以上となる事が望まれる。
ゴパルが小麦畑を眺めながら、一応注意事項を知らせた。
「小麦は連作障害が出る作物です。ここで次回栽培できるのは三年後になりますね」
カルパナも同じように眺めながらうなずいた。
「そうですね。輪作に組み込むように指導するつもりです」
次に向かったのはトマト畑だった。前回見た時は苗を植えつけたばかりだったが、今はもう大きく生長している。一段目の花が咲いていた場所にはもうトマトが実っていた。まだ緑色のままで熟していないが。
カルパナがゴパルを畑の中へ案内した。
「今はトマトの脇芽を全て摘み取る作業をしています。一本にして真っすぐに伸びるような仕立て方ですね。念のために鎌を使わずに手で芽を摘んでいます」
鎌で切ると、その切り口からウイルスが侵入して病気にかかる恐れがある。手で摘み取る際にも、タバコを吸う事は厳禁だ。雨水に含まれるウイルスにも警戒する必要があるので、作業は晴天の日に限定して行う。
脇芽は長さが三センチくらいに伸びた段階で摘み取る。ポキッと簡単に折れるので作業自体は楽なのだが、傷口には手で触れないようにする。
トマトはツル植物ではないので、支柱に麻紐を使って誘引して固定する必要がある。その際には、花房の下では固定しないようにする。また、風に揺れる事を想定して、固定は緩くする事が基本だ。カルパナの場合は、数字の8の字型に緩く固定している。
ゴパルが畑の土の状態を触って確認しながら聞いた。
「土が結構乾いていますが、これで構わないのですか?」
この畑では刈り草を分厚くトマトの株元周囲に敷いているのだが、それでも乾き気味である。
カルパナが脇芽をいくつか摘み取りながら答えた。
「三段目の花房ができるまでは、水やりを控えています。そうする事でトマトの根がよく張るんですよ」
そう言ってから、トマトの頂上部を引き寄せてゴパルに見せた。細かくて鋭い毛がびっしりと生えている。
「トマトの頭が萎れていじけない程度に水を控えます。パメはサランコットの南斜面ですので、土が乾きやすいんですよ。乾き過ぎないように注意しながらの水やりになりますね」
感心するゴパルだ。
「さすが農家ですね。カブレの親戚にも教えてあげようかな」
その後もあちこちの畑を見て回るゴパルとカルパナであった。
ズッキーニ畑でも大きく生長してきているので、支柱を立てて支える作業をしていた。作業をしているケシャブ達に挨拶して、軽く雑談を交わすカルパナだ。
ゴパルはズッキーニを撮影していたのだが、話し声が耳に入ってくる。チャパコットのマガール族がワリンで起きた支援隊の事件に怒って、近くの仏塔を破壊しようとして騒ぎになったらしい。
この仏塔は日本の仏教団体によって建てられたものだ。日本式の仏塔でもなく、チベット式やタイ式でもない変な仏塔なのだが、フェワ湖とサランコット全景を一望できる景勝地だ。そのため、ピクニックの定番地になっている。ついでにパラグライダーの離陸場所でもある。
(色々な事が起きるものだよね。ええと、今回は土ボカシをズッキーニ一株当たり百グラムほど使用……と)
スマホのメモ帳に作業記録を書いて、撮影も済ませた。
その後は、ミカン園の苗木に使う台木用と穂木用の苗の定植作業を撮影したりした。
定植する畑には、生ゴミボカシと刈り草を大量に入れているという説明を聞く。これにKL培養液と光合成細菌とを散布して、畑をまるごと発酵させている。
野犬や野ネズミが生ゴミボカシを掘り起こして食べた跡が見られるが、苗木を植える前なのでそのまま放置しているようだ。
段々畑なので排水は良好なのだが、それでも雨期に備えて暗渠を掘ってある。これは畑に深い溝を掘り、その中に雑木の枝を投入してから土を被せて埋め戻す手法だ。こうする事で土中の水はけが良くなる。この材料にKLで中和処理したもみ殻燻炭を混ぜている。
さらに隠者の案に従って、畑の隅には米ぬか嫌気ボカシを混ぜた岩塩も埋設して、麻紐を張って結界を設けてあった。電線を引いた電柱もわざわざ立てているので本格的だ。
今回も桃園は遠くから見るだけだった。カルパナが説明してくれたが、今は土ボカシを桃の木の根元に置いているそうである。
「土ボカシはどこでも好評ですね。レカちゃんのオリーブ園でも使っていますよ。花がたくさん咲くそうです」
オリーブの花は去年伸びた枝に咲く。今年伸びた枝には咲かない性質がある。なので、カルパナが軽く肩をすくめて微笑んだ。
「レカちゃんの感想ですので、本当にオリーブの木の生長が良くなったかどうかは、まだ分かりませんけれどね。でも、期待して良いと思いますよ」
オリーブ油の風味に変化が出てきていると、以前にサビーナさんが言っていたっけ……と思い出すゴパルだ。
(なるほど。木の生長が良くなれば、オリーブ油の生産量も増えるかも知れないのか。それなら期待するよね)
カルパナが自身のスマホで時刻を確認した。
「そろそろポカラ工業大学へ向かいましょうか。燃料の製造実験で何か進展があったそうですよ」




